サルでもできる

「ただいま」


 ミナセが仕事から戻ると、事務所の中が重苦しい空気に包まれていた。

 正面を見ると、ヒューリが背中を向けて立っている。その向こうには、組んだ両手に顎をのせて、ヒューリを見つめるマークがいた。


「あ、お帰りなさい」


 リリアが遠慮がちに声を掛ける。

 すでに全員戻っていて、ソファでマークとヒューリのやり取りを聞いていた。


「じゃあ、その後おじいちゃんとは話ができていないんだね」

「はい」

「サラさんに話はしたのか?」

「いいえ。お仕事中だったみたいで、会えませんでした」

「そうか」


 どうやらサラさんのおじいちゃん絡みのようだ。


「どうしたんだ?」


 ミナセが、手前にいたミアに聞く。

 ミアが、小さな声で答えた。


「何でも、人参の先っぽが折れてたらしくて、そしたらお皿が割れちゃったみたいなんです」

「……すまない。フェリシア、通訳を頼む」

「えぇっ! 今ので分からないんですか!?」

「ミア、ここは私に任せて!」


 フェリシアが、経緯をミナセに伝えた。


「なるほどね、よく分かった」

「うぅ……」


 落ち込むミアの肩を、フェリシアがそっと抱く。


「フェリシア、甘やかし過ぎ」


 シンシアが、冷たい視線を二人に向けていた。

 そんなのどかな会話とは対照的に、マークとヒューリの周りには緊張感が溢れている。


「今日はもう遅いから、お詫びは明日行くとして」


 マークの表情は険しい。


「ヒューリは今回の件、どうして起きてしまったんだと思う?」

「それは、私が思わずカッとなって……」

「どうしてカッとなったんだ?」

「ずっと文句ばっかり言われていたから、イライラしてたんだと思います」

「あのおじいちゃんのことは、最初から分かっていたはずだよね?」

「それはそうですけど」


 ヒューリは、怒られながらも若干ふてくされていた。

 そんなヒューリに、マークが厳しい言葉を続ける。


「ヒューリ。お前はこの仕事、最初からやる気がなかったんじゃないのか?」

「そんなこと! ……そりゃあ、あのおじいちゃんは嫌だったですけど」

「それじゃあ困るんだ。きちんと心構えを持って仕事をしてくれないと」

「そんなっ! 私だって、一生懸命頑張ってるんですよ!」


 ヒューリが、大きな声で言った。


「嫌だったけど、でも、我慢して頑張ってやってたんです!」


 みんなも嫌がるサラさんのおじいちゃん。

 人参のことさえなければ、何事もなく仕事は終わっていたはずなんだ。

 お皿を割っちゃったことは悪いと思うけど、あれだけ文句を言われたら、誰だってイライラするはずだ!


 ヒューリは、心の声が顔に出ているんじゃないかと思うくらい、不満いっぱいの表情で主張した。

 そんなヒューリに、マークが鋭い視線を向ける。


「いいか、ヒューリ。よく聞け」


 その主張を、マークがバッサリぶった切った。


「頑張るだけなら、サルでもできるんだよ」

「サ、サル!?」


 ギャラリーがどよめいた。


 頑張るだけならサルでもできる……


 全員が無言で復唱している。

 目をまん丸くするヒューリに、マークが言う。


「俺たちは、仕事をしてるんだ。頑張ることは大切だけど、結果が出せなければその意味は半減する。頑張るだけで褒めてもらえるのは、子供のうちだけなんだよ」

「うっ!」


 ヒューリが言葉を詰まらせる。


「今回の仕事では、どういう結果を出すべきだったのか。そのために何をすべきだったのか。頭を冷やしてよく考えるんだ」


 ヒューリは何かを言い掛け、でも何も言えず、最後はうなだれて、小さく答えた。


「……はい。すみませんでした」

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