フェリシアの過去ー2-
フェリシアに転機が訪れたのは、十二才の時。
フェリシアを引き取った商人が、病気で急死したのだ。それをきっかけに、その家は急速に没落していく。
フェリシアも近いうちに家を追い出される、そんな話が出始めた頃、ある貴族がフェリシアを引き取った。
その貴族とフェリシアには面識があった。商人の命令で、何度かその屋敷を訪ねたことがあったからだ。
貴族は、すでに美女としての片鱗を見せ始めているその容姿と、そして魔法の才能に目を付けていた。引き取ったその日から、優秀な教師をつけてフェリシアを鍛えていく。
索敵魔法、隠密魔法、幻惑魔法、そしてフライなどの移動魔法。
さらには、体術、暗器の使い方、罠の設置や解除の仕方、毒に関する知識、そして、上流階級のマナーを叩き込んでいった。
貴族が狙っていたのは、フェリシアを優秀なスパイ、優秀な暗殺者にすることだった。
やがてフェリシアは、動物を殺すことから始めて、ついには罪人を殺すことを命じられる。
心の中で、何かが叫んでいるのは分かった。だが、幼い頃から主への絶対服従を強要されてきたフェリシアにとって、主の命令を拒否するという発想はなかった。
貴族に処女を奪われた時ですら、拒否するという選択肢をフェリシアが思い浮かべることはなかった。
スパイとして、暗殺者としてフェリシアの日々は過ぎていく。それでもフェリシアは、驚くべきことに正気を保っていた。
これほどの環境にあってもその心が壊れなかったのは、幼い頃からフェリシアに愛情を注いでくれたシスターたちのおかげなのかもしれない。
フェリシアは、その年齢を感じさせないほどに賢く、強く、そして美しかった。
政敵に近付き、あるいは屋敷に忍び込んで情報を盗み出す。邪魔者を陥れ、あるいは闇夜に紛れてそれを排除する。
貴族にとってフェリシアは、非常に有能な、非常に得難い武器となっていった。フェリシアを使って、貴族はキルグ帝国の中で確固たる地位を築いていく。
フェリシアに再び転機が訪れたのは、十六才の夏。
フェリシアを引き取った貴族が戦死したのだ。
相手国は、ヒューリの生まれた国クラン。
前線を視察している時に、クラン軍の奇襲にあってあっけなく死んだ。奢り高ぶった貴族が、ごくわずかな供のみを連れて、不用意に最前線に立った結果だった。
貴族が死ぬと、その家もまた急速に落ちぶれていく。権謀術数で成り上がった貴族の家を支えてくれる者など、誰もいなかったのだ。
再び路頭に迷うかと思われたフェリシアを引き取ったのは、隣国カサールからその貴族の屋敷に招かれていた、老齢の魔術師だった。
魔術師は、フェリシアの魔法の才能を高く評価していた。
カサールに移り住んだフェリシアは、その魔術師から、過酷までの教えを受けることになる。
その苛烈さは、死んだ貴族の比ではなかった。
新しい魔法を覚えさせて、ワイバーンの巣の中に叩き落とす。
新しいマジックアイテムが完成すると、それを持たせてミノタウルスの集団に放り込む。
貴重なアイテムを手に入れるために、単身迷宮に挑ませる。
それは、もはや気違いのやることだった。
それでも、フェリシアに拒否という選択肢はない。何度となく死を覚悟し、その都度それを乗り越えて、フェリシアはしぶとく生き残っていった。
フェリシアが、十九才になったばかりのある日。
昼になっても寝室から出てこない主の様子を見に行くと、そこには、目を見開いたまま事切れている遺体があった。
フェリシアは驚いた、しかし、それ以外の感情は何も浮かばない。
死。
それは、フェリシアにとってあまりにありふれたものだった。
だが、フェリシアはここで悩む。
私はどうしたらいいの?
幼い頃から、自分の意志で自分の行動を決めたことなどほとんどない。
あの男の相手をしろ
あいつを殺せ
あのアイテムを取ってこい
フェリシアは、いつも誰かの指示に従って生きてきた。
その束縛が、突然解けた。
フェリシアは、魔術師の遺体のそばで丸一日悩んだ結果、旅に出ることにした。
目に付くアイテムや魔導書、ポーション、そして金を片っ端からマジックポーチに放り込み、フェリシアは西に向かって歩き始めた。
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