どう思う?
「不思議な話ね」
フェリシアが、素直に感想を言う。
「まったくだ」
話を終えたカイルが頷いた。
「うちの団員たちは、山岳地帯近くの村の付近で待機させている。俺たち二人は、ロダン公爵への報告と、再戦の準備のために戻ってきたところだ」
「それだけ危険な目に遭って、まだ討伐を続けるつもりなの?」
「当然だ。一度受けた依頼を簡単に投げ出したとあっちゃあ、うちの名声に傷が付く」
カイルが胸を張って答えた。
そのカイルを横目に、アランが言う。
「というのもありますが、じつは、今回の依頼を達成しないと財政的にピンチなのですよ」
あっさり暴露してしまったアランを、カイルが睨んだ。
「まあ、それはともかく」
無理矢理カイルが話を進める。
「次は、しっかりとした陣地を構築してやつらを迎え撃つつもりだ」
「あの魔物たちは、馬鹿みたいに前に進むことしかしませんからね。柵や壕で動きを止めて、魔法で仕留めるという方針で臨みます」
「なるほどね」
フェリシアが頷く。
「でも、それだけ方針が決まっているなら、それで戦えばいいじゃない。私の出る幕なんて……」
「じつはな、火力が足りないんだよ」
「火力?」
「そうだ。前の戦いで、持っていた虎の子の矢をほとんど使い切っちまったんだ」
鏃に魔法を仕込んだ特別製の矢。
それは、簡単に補充のできない貴重な代物だった。
「あの狂った魔物たちに白兵戦を挑めば、こっちにも大きな被害が出る。だから、できるだけ離れた位置から仕留めたい。普通の矢では効率が悪すぎるから、あの矢がない以上、魔法での攻撃が主体になる」
「待機させている本隊からの情報によると、やつらはすでに数を回復しています。うちの魔術兵の数は、約四十人。全滅させるには、単純計算で一人五十体を倒さなければなりません。ちょっと難しい数字です」
魔物は通常、一定の時間もしくは一定の期間が過ぎると復活する。ウルフやゴブリンのような低級の魔物は、復活するまでの時間が短かった。
別の場所にいた魔物が合流したとは考えにくいので、森の中か、その近くに魔物の発生する場所があるのだろう。
「復活しちゃったのは仕方がないとして」
説明を聞いたフェリシアが、ちょっと不思議そうに聞く。
「一人で五十体を倒すのって、そんなに難しいの?」
「難しいです」
首を傾げるフェリシアに、アランが大きく頷きながら答えた。
攻撃魔法は数多く存在するが、仮にファイヤーボールを主体に攻撃した場合、新兵と熟練兵を平均すれば、一発で仕留められるのはせいぜい二、三体。それも、密集している魔物に直撃した場合の話だ。
いくら柵や壕に群がってくるとはいえ、魔物たちがじっとしているはずもない。一発で一体しか倒せないこともあれば、外れることもあるだろう。
「やつらは、とにかく前に進むことしか考えていない。おそらく、壕に落ちた仲間を踏み越え、柵に群がる仲間の背を乗り越えてくるだろう。オークが柵に取り付けば、あの馬鹿力で柵が破壊される可能性だってある」
カイルが話を続ける。
「俺たちには、砦並みに頑丈な建物を作る資材もノウハウもない。だから、俺たちが作る陣地はそれなりのものになる」
「つまり、魔力を回復しながら、時間を掛けて攻撃していくことができないのです。一斉にやってくる魔物を、一気に叩く必要があります」
「ふーん」
二人の話を聞いたフェリシアは、やっぱり不思議そうな顔をしながら頬杖をついた。
二千の魔物を一気に倒すとなれば、ごく短い時間に、一人当たり二十五発以上のファイヤーボールを打ち続けることになる。
ファイヤーボール以上の威力をもつ魔法はもちろん存在するが、その分魔力消費が大きく、次の発動までに時間も掛かる。数十体の魔物を一気に制圧する場合には有効だろうが、相手が二千となると効率が悪い。
「とにかく、一旦は魔物を全滅させたい。全滅させた後、また新たな魔物が湧いてくる可能性はあるが、それはまた別の話だ」
「魔石を回収して、ロダン公爵から報酬をいただく。それさえできれば、とりあえず一息つけます」
傭兵団らしい割り切りだ。
だが、それが現実というものだろう。
「そこで、あんただ」
カイルが身を乗り出した。
「あんたなら、威力のある魔法を連続して打つことができるだろう?」
「今は抑えているようですが、かなりの魔力をお持ちのようですし」
二人が熱い視線をフェリシアに送る。
その視線を受けながら、フェリシアがのんびりと答えた。
「どうしてそう思うの? さっき私が使ったのって、スタンとフレームアローよ。あれくらい、誰でもできるじゃない」
「できねぇよっ!」
「あら、そうなの?」
「そうなのじゃねぇよ!」
カイルの突っ込みに、アランも頷いた。
「たしかに、スタンもフレームアローも第一階梯魔法、いわゆる初級魔法です。無詠唱で発動するのも難しくはないでしょう」
スタンは、魔力を相手に叩き付けて、ごく短い時間行動不能にする魔法。フレームアローは、ほとんどの魔術師が最初に覚える攻撃魔法だ。
いずれも習得が容易な第一階梯魔法。アランの言う通り、訓練次第では無詠唱でも発動はできる。
「ただ」
アランが身を乗り出す。
「フレームアローを、十秒もの間途切れることなく、さらに男たちにギリギリ当てないよう連射し続けるなんていうのは、見たことも聞いたこともないですよ」
「しかも、茶を飲みながらな」
呆れたようにカイルが付け加えた。
「フェリシアさん。どう考えても、お前さんはとんでもない魔術師だよ。だから俺たちは声を掛けた」
「報酬は払います。どうか、我々に力を貸していただけないでしょうか?」
二人が揃って頭を下げた。
フェリシアは、そんな二人をじっと見つめて、困ったような顔をしている。
「無理なお願いをしてるってのは重々承知している。そちらの条件は可能な限り飲むつもりだ。だから、どうか頼む!」
カイルがさらに深く頭を下げた。
「うーん、どうしたらいいのかしら」
フェリシアは本当に困っているようだ。
当然と言えば当然だろう。見ず知らずの男たちから、命がけの仕事を依頼されているのだ。受ける義理などまったくない。どんなに報酬をもらっても、死んでしまっては元も子もないのだから。
フェリシアは悩む。
その視線が、ふと近くのテーブルに注がれた。
「ねぇ、あなたたち。あなたたちはどうしたらいいと思う?」
「えっ、私たちですか!?」
視線の先で、リリアとシンシアが驚いていた。
カイルとアランも驚いている。
「こらこら。自分の命運を他人に委ねるんじゃない」
カイルが半ば呆れ顔で言う。
「まあいいじゃない。ねぇ、どう思う?」
フェリシアは取り合わず、リリアたちに再び問い掛けた。
リリアとシンシアは、何だか凄い話が始まってしまったと思いつつ、立つに立てずにそこにいた。そして、フェリシアがどう答えるかに耳を澄ましていたところだった。
それが、まさか自分たちに話が振られるなんて。
「えっと、その……」
戸惑うリリアの前で、シンシアは目を白黒させている。
その二人に、フェリシアが答えを催促した。
「素直に答えてくれればいいのよ。あなたたちならこの話、どうする?」
フェリシアの目は真剣だ。遊びで聞いている訳じゃないらしい。
二人は唸った。腕を組み、首を傾げて考えた。
やがて。
「シンシアは……この子はうまく喋ることができないので、私が代表して答えます」
リリアがシンシアを一度見た後、フェリシアに向き直る。
「私の会社の社長がよく言ってるんです。”できることがあるなら、やってみるべきだ”って。だから、もし私がお役に立てる可能性があるのなら、私は、その話をお引き受けすると思います」
リリアには戦いの経験がない。だからこそそんなことが言えたのかもしれない。
人の役に立ちたいという素直な思いを、リリアはそのまま答えにした。
シンシアも同意見だったのか、小さく頷いている。
二人を黙って見つめていたフェリシアが、にっこりと笑った。
「分かったわ、ありがとう」
フェリシアが、カイルとアランに向き直る。
そして、はっきりと言った。
「その話、お引き受けするわ」
「……本当に、いいのか?」
いろいろな意味を込めて、カイルが確認する。
「ええ。そのかわり、条件があるわ」
あっさりと肯定して、フェリシアが話を進める。
予想外の展開に戸惑いながらも、カイルとアランは姿勢を正した。
「私は魔術師だから、白兵戦は得意じゃない。でも場合によっては、乱戦になったり、私が魔物の群に飛び込まなきゃいけなくなることがあると思うの」
「そう、かもしれない」
「だから、そんな状況になっても魔法を集中して使えるように、私を守ってくれる人を、二人か三人用意してちょうだい。それが条件。報酬は、あなたたちが無理なく払えるくらいのお金でいいわ」
「……」
カイルもアランも驚いていた。
自分たちが頼んでいるのは危険な仕事だ。いざとなったら自分の安全を優先するとか、高額な報酬が欲しいなどと言われても仕方がないことのはずなのだ。
だが、フェリシアの提示した条件は、自分の役割を果たすためのものだ。それは、身の安全より、報酬より、仕事の完遂を優先する姿勢と言える。
カイルが、ニヤリと笑った。
「フェリシア。俺はあんたを気に入った!」
さっきまで”さん付け”だったのが、呼び捨てになっている。
カイルは興奮していた。
「あんたが仕事に集中できるように、あんたを守る人間は必ず用意する」
カイルが、立ち上がってフェリシアに右手を差し出した。
「泊まっている宿を教えてくれ。報酬の額は後で知らせる。あんたと仕事ができるのを楽しみにしてるよ」
カイルはご機嫌だ。
「私も楽しみにしています。よろしくお願いします」
アランも立ち上がる。
「こちらこそ、よろしく」
フェリシアも立ち上がり、二人の手を順番に握って笑った。
二人の少女が、すぐ側で呆然としている。
「もしかして、私、とんでもないこと言っちゃった?」
リリアのつぶやきに、シンシアはその手を握ることくらいしかできなかった。
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