お誘い
その日以来、リリアはほとんど毎日テントを訪れるようになった。仕事があるのでいつも同じ時間とはいかなかったが、公演の時間もバッチリ把握して、ちゃんとシンシアと会える時間に行っている。
いつもクッキーを持って行くのは財政的に厳しいので、必然的に手料理が多くなったが、必ず何か食べるものを持っていった。
会社のみんなもリリアに協力してくれた。今日は、マークがお客さんからいただいたドライフルーツを持ってきている。
「シンシア、今日も来たよ!」
元気に声を掛けると、シンシアは、リリアを黙って見つめた。
相変わらずの無表情だったが、拒否されている訳ではないことはリリアにも分かっている。
二人でドライフルーツを食べていると、役者用のテントから出てきた女が声を掛けてきた。
「あんた、また来てるのかい?」
シンシアが喋れないことを教えてくれた人だ。
「あ、お邪魔してます!」
リリアが笑顔で挨拶をする。
「ほんとに、何しに来てるんだい? あんたが何を話したって、シンシアは何にも答えられないっていうのに」
たしかにその通りだった。
来る度リリアは、シンシアにいろいろな話をした。その日あった出来事や会社のみんなのこと。持ってきた料理の作り方や工夫したこと。
話すのはリリアだけ。シンシアは、それを黙って聞いているだけだった。
「いいんです。私が好きで来てるだけですから」
屈託なく笑うリリアに、女は感心したような、呆れたような顔をする。
「そう言えば」
リリアが、シンシアを見て言う。
「とっても美味しいパスタのお店があるんだけど」
今日のメインテーマである。
「もしよかったら、シンシア、一緒にどうかな?」
リリアは、なるべくさらっと言い切った。
言い切った後で、じつは結構ドキドキしている。
「シンシアって、外出とか、できる?」
リリアがシンシアの顔をのぞき込む。
シンシアは、リリアを見て、そしてうつむき、指をもじもじさせ、そばにいる女をチラリと見た。
その様子を見て、女は驚いた。
「シンシア……」
女がシンシアをじっと見つめる。
やがて。
「ちょっと待ってな。団長に頼んでみるから」
そう言うと、奥へと歩き出した。
「あ、すみません」
リリアが礼を言うが、振り返ることもなく女はスタスタと歩いていった。
シンシアは、何だか落ち着きのない様子だ。相変わらず指をもじもじさせている。
少し待つと、女が戻ってきた。
「土日はダメ。平日の、午前か午後のどちらかだけ。午後だとしても、夕方には戻ること。それでもいいなら、行ってこいってさ」
「ほんとですか!?」
リリアが女の手を握り締める。
「えっと……」
「シャールだよ」
「私、リリアって言います。シャールさん、ありがとうございます!」
リリアは、満面の笑みでシャールに礼を言った。
シンシアが、シャールを見ている。
その顔が、ほんのわずかだが上気しているのが分かった。
リリアが、素早く自分の予定を思い出しながらシンシアに聞く。
「じゃあ早速、明日の午後どう?」
シンシアが、コクリと頷く。
「やったあ! じゃあ明日、お昼過ぎに迎えに来る。お金の心配はしなくていいからね。私のおごり!」
リリアは本当に嬉しそうだ。
「あ、社長に半休もらえるようにお願いしないと。私、今日はこれで帰るね!」
そう言いながら、リリアは駆け出していた。
「また明日!」
リリアの姿が人混みの中に消えていく。
「ほんとに変な子だねぇ」
つぶやくシャールのその横で、シンシアが自分の服をいじっていた。
それを見たシャールが、シンシアの頭に優しく手を置いて言った。
「お母さんに作ってもらったワンピース、まだあるでしょ? あれなら大丈夫だよ。髪は、私が何とかしてあげる」
シンシアがシャールを見上げる。
シャールは、ちょっと楽しそうに笑っていた。
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