失声症

 翌日リリアは、みんなにシンシアのことを話した。何だか切なくて、一人で抱えているのが苦しかったのだ。

 話を聞き終わったマークが、リリアに言った。


「それは、失声症だね」

「しっせいしょう?」


 リリアが聞き返す。


「そうだ。人間は、過度なストレスにさらされた時、心や体に変調をきたすことがある。シンシアの場合は、それが声を出す部分に出たんだろうね」

「それって、治るんですか?」

「基本的には治る。もともと喋れてたんだから。ただ、時間は掛かるかもしれない」


 難しい顔のマークに、リリアが重ねて聞いた。


「どうすれば治るんですか?」

「シンシアは、言ってみれば心が傷付いている状態だ。その傷が癒えれば、自然と声が出るようになるとは思う」

「心の傷……」

「体の傷と同じで、時間が経てば治ることもあるだろうね。ただ、体の傷が、きちんと手当をしなければ治りが悪かったり、逆に悪化することがあるように、心の傷も、きちんと手当をする必要はあると思う」


 マークの答えに、リリアが首を傾げた。


「心の傷を手当するんですか? でも、どうやって……」


 微笑みながら、マークが言う。


「簡単に言うと、優しく接してあげることだね。悲惨な過去を忘れることなんて、なかなかできるものじゃあない。だから、本人が安心できる暖かい環境で、治るまで寄り添ってあげる。孤独にさせることなく、本人が嫌がらない距離でそばにいてあげる。それが一番だと思うよ」

「寄り添ってあげる……そばにいてあげる……」


 リリアが、マークの言ったことを独り言のように繰り返した。

 突然。


「分かりました!」


 それだけ言うと、勢いよく外に飛び出していった。


 ヒューリが呆気にとられている。

 リリアの出て行った扉を見つめながら、ミナセが言った。


「もしかすると、そのシンシアっていう子は、リリアに似ているのかもしれませんね」

「ご両親を亡くしているっていう意味ですか?」


 マークが尋ねる。


「それもあります。ですが、それだけじゃなくて、うーん、うまく言えないんですけど、ご両親を亡くしたことで心を閉ざしてしまっていると言うか、何も考えないようにしてると言うか……」


 それを聞いて、ヒューリがミナセを見た。


「でもリリアって、ご両親を亡くした後、少なくとも表面上は、明るくて元気な子だったんじゃないの? あの子とは対照的だと思うけど」


 入社前のリリアのことは、ヒューリもミナセから聞いている。表向きは、明るくて元気な食堂の看板娘だったとミナセは言っていた。


「まあ、表面上はね。だけど、尾長鶏亭にいた頃のリリアは、孤独だったんだと思うんだ。リリアは、いつも一人で泣いていた。両親がいなくなってから、リリアに愛情を注いでくれる人は誰もいなかったんだ」


 少し前までのリリアの姿を思い出しながら、ミナセが言う。


「本当は、リリアも誰かに救いを求めたかったんだ。それができなくて、四年以上も我慢していた。だから、もしかしたら、そのシンシアって子も救いを求めてるんじゃないかな」

「一座の人は”そっとしておけ”って言ってたらしいけど、本当は逆ってこと?」

「少なくとも、リリアはそう感じたってことだと思う。あの子に必要なのは、そっとしておくことじゃなくて、誰かがそばにいてあげることだって」


 二人の会話を聞いていたマークが、ミナセを見て微笑んだ。


「ミナセさんがリリアにしてあげたみたいに、ですね」

「えっ! いやっ、それは……」


 慌てるミナセを、ヒューリが笑う。


「ミナセって、優しいよねぇ」

「うるさい!」

「おっ、照れてる。かわいいねぇ」

「ヒューリ!」


 ミナセが、顔を赤くしてヒューリを睨む。

 そんな視線を意に介さず、ヒューリはニヤニヤしながらミナセを見ていた。


「まあまあ」


 微笑ましいやり取りにマークが割って入り、そして二人に向かって話をする。


「いずれにしても、リリアは真剣にあの子のことを考えているようです。そんなに変なことはしないと思いますが、場合によっては、あの子や一座に迷惑を掛けてしまうかもしれません。俺も気を付けますけど、二人も気に掛けてあげてください」

「分かりました」

「了解です」


 マークの言葉に、二人はしっかりと頷いた。


 リリアの想いは大切にしてあげたい


 三人の気持ちは同じだった。

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