ミナセの思い
沈黙の後、マークが、ミナセの目を真っ直ぐに見て聞いた。
「覆面の山賊を殺さなかった理由を、教えてもらってもいいでしょうか」
今回の報告の肝。
なぜ殺さなかったのか。
どこの国でも、山賊は捕まれば死刑となる。よほどのことがない限り、情状酌量は行われない。
飢饉で食うに困ったからとか、ひどい環境で育ったからとか、そういう事情も考慮されることはなく、初犯であっても死刑を免れることはない。
だから、山賊討伐を請け負った冒険者も、山賊と遭遇した護衛たちも、その命を奪うことに躊躇いなどなかった。
捕らえて衛兵に差し出すという面倒なこともしない。賞金目当てなら、倒した証拠を持ち帰れば十分なのだ。
逆に、山賊もまさに死ぬ気で襲ってくるし、勝てないと分かればさっさと逃げていく。
山賊に対して”殺せるのに殺さない”という選択肢はないのだ。
それを、ミナセはやった。
場合によってはミナセにあらぬ疑いが掛かるかもしれないし、エム商会の信用問題にもなる話だ。
マークが静かに答えを待つ。隣に座っているリリアまで緊張しているのが分かった。
ミナセがテーブルを見つめる。
両手をぎゅっと握り締める。
そしてミナセは、意を決したように顔を上げた。
「それは、私が、彼女の話を聞いてみたいと思ったからです」
「話を聞いてみたい?」
マークが首を傾げた。
腹をくくったミナセが、しっかりとマークの目を見て答える。
「はい。彼女の戦い方は、一見荒っぽいようにも見えましたが、そこにはきちんとした基礎がありました。それは、しっかりとした教えを受け、厳しい修練を積んでその体に刻み込んだものだと思います」
戦いの中で、ミナセはそれを確信していた。
「実戦を重ねるうちに様々な戦い方を身に付けていったのでしょうが、それらは、すべて基礎の上に成り立っているものです」
ミナセがもう一度拳を握り締める。
「彼女が、最初から山賊だったとは到底思えません。厳しい修練をこなすだけの忍耐力と志、激しい戦いを生き抜くだけの精神力。それを持っていたはずの彼女が、なぜ山賊をするまでに落ちぶれてしまったのか。それがどうしても知りたかったんです」
ミナセの声には力がこもっていた。
その声が、急に力を失う。
「もしかしたら、私にも同じことが起きていたかもしれませんので……。だから、彼女の話を聞いて自分の戒めにしたい。そして、できることなら彼女を元の道に戻してあげたい。そんな風に、思ったんです」
ミナセの声が、小さくなっていく。
「つまりはその、私の勝手な都合と言いますか、とても個人的な思いで、彼女を見逃してしまいました」
マークの目を見ることができなくなって、ミナセがうつむく。
そして。
「申し訳ありませんでした!」
突然ガバッと立ち上がり、腰を直角に折り曲げて、ミナセが頭を下げた。
そう、まさに個人的な思いなのだ。
彼女を窪地に突き落とした時、会社に迷惑が掛かるかもしれないという考えがちらりと頭をかすめた。
彼女が気付いた後、今まで通りに山賊を続けたとしたら。
ミナセがわざと殺さなかったことを、誰かに伝えたとしたら。
だが、それでも彼女の話が聞いてみたい。戦いの場ではなく、別の場所でもう一度会って、ゆっくりと話がしてみたい。
そう思ったのだ。
頭を下げ続けるミナセに、マークが声を掛ける。
「とりあえず、座ってください」
「はい」
ミナセが、そっとソファに腰を下ろした。
肩をすぼめて小さくなっているその姿は、まるで叱られている子供のようだ。普段のミナセを知る人が見たら、さぞや驚くことだろう。
重苦しい空気に、リリアまでうつむいている。
それをちらりと見て、マークが続けた。
「ミナセさんは、どうしても彼女の話が聞きたかったんですよね?」
「はい、そうです」
「彼女の話を聞いたら、その後はどうするつもりだったんですか?」
「あの……あまり深くは考えていなかったのですが、何となく、彼女と一緒に頑張れたらいいな、と思いました」
「一緒に頑張る?」
「はい。えっと、その、良きライバルというか、良き仲間のような関係になれたらいいなと、思ったんです」
「仲間?」
答えを聞いたマークが、意表を突かれたようにミナセを見つめる。
そして、突然笑い出した。
「はっはっは。山賊と仲間になりたいと思ったんですか!? いいですね!」
マークの反応に、リリアがびっくりしている。
ミナセは、真っ赤になってさらにうむついてしまった。
山賊と仲間になりたい
それだけを聞けば、とてもまっとうな発言とは思えない。
もちろん、ミナセが”山賊になりたい”と言っている訳ではない。しかし、”山賊を仲間として迎え入れたい”という意味にはなる。
ミナセは、自分の言葉が非常識なことくらい分かっていた。
ただ、あの目を見た時思ったのだ。
剣を交えた時感じたのだ。
彼女は、私と似ている。
彼女ともっと話がしたい。共に技を磨き、剣士として、人として共に研鑽していきたい。
そう思ったのだ。
思ったままを素直に言っただけなのに、そんなに笑わなくても……。
上目遣いで、うらめしげにマークを睨むが、マークはやけに楽しそうだ。
ミナセに睨まれながら、マークはしばらく笑っていたが、やがて笑うのをやめて、ミナセに謝った。
「すみません。ミナセさんを馬鹿にしたとかじゃないんです」
ほんとですよ、と言いながら、その顔はまだ笑っている。
その顔のまま、マークは真っ直ぐに座り直して、ミナセに言った。
「話は分かりました。俺も、彼女の話を聞いてみたくなりました」
「はいっ!?」
その言葉には、ミナセが驚く。
「今回の件は、シュルツさんが各所に報告した通りです。ミナセさんが覆面の山賊を討った。だから、もう覆面の山賊はこの世にはいません」
「いいんですか? その、私の個人的な思いで……」
「いいんです。世の中が何で動いているか知っていますか? すべては個人的な思いなんですよ。偉大な王が国を統一するのも、悪い人間が悪いことを企てるのも、みんな個人的な思いです」
やけに力強くマークが語る。
「その思いを共有する人がいれば、それが仲間となり、集団の意志になっていく。始まりは、すべて個人的な思いからなんです」
それはそうかもしれないけれど
「ミナセさんが仲間にしたいと思うような人なら、人物としては間違いないでしょう。俺も、彼女の話を聞いてみたいと思いました。だから、俺はミナセさんの同志です」
きっぱりと言い切るマークは、とても嬉しそうだ。
その時、リリアが隣で勢いよく挙手をする。
「私も、お話が聞いてみたいです!」
「リリア!?」
なぜリリアまで?
「相手は山賊だぞ。怖くないのか?」
「平気です。だってその人、誰も殺してないんですよね?」
「それは、まあ、そうだけど」
「きっと、凄く優しい人なんだと思います!」
リリアはニコニコと笑っている。
「だから、私もお話を聞いて、お友達になれたら嬉しいです!」
友達って……
ミナセが呆れ顔でリリアを見る。
「全員の思いが一致しましたね。これで、みんな同志です」
マークが締めくくるように宣言する。
「もし彼女が尋ねてきたら、ちゃんと歓迎してあげましょう」
まったく予想外の展開に、ミナセは二人の顔を見つめることしかできない。
社長が山賊と話をしてみたいと言っている。
リリアにいたっては、友達になりたいと言っている。
こんなことが衛兵にバレたら。
得意先に伝わったら。
今から衛兵のところに行きましょう。正直に全部話して……
とか、
このことは、ここだけの秘密です。ミナセさんは山賊を倒したつもりだった。生きているなんて想像もしていなかった。これで話を通しましょう
などという結論になってもおかしくはなかったのだ。
それが、こんなにも明るい結論に至るなんて。
ただ。
何と言うか。
「その人って、どんな顔をしてるんでしょうね?」
「きっと美人さんだと思うよ」
盛り上がる二人を見て、ミナセは思うのだ。
この場所は、とても暖かい
笑い合う二人に釣られて、いつしかミナセも、同じように笑っていた。
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