最終日

 ミナセは、マークと並んで夕闇迫る町の通りを歩いていた。二人は、ミゼットの店から事務所に戻る途中だった。


 あの戦いが終わって、すぐに衛兵たちがやってきた。誰かが通報していたのだろう。

 現場に転がっているとすれば女の死体だと思っていた衛兵たちは、三つの死体のそばで一人佇むミナセに目を丸くしていた。

 ミナセとミゼット、それに目撃者の何人かに話を聞いて、ミナセが一人で男たちを倒したことは分かったようだったが、素直には納得できなかったらしく、事情聴取は意外なほど長引いた。

 同時に現場検証も行われたが、男たちの依頼主を特定できる証拠は何も見付からなかった。もちろん、ミゼットが借金をしていた会社が怪しいのだが、確たる証拠がなければ衛兵も動くことはできない。


「何かあったら、すぐに連絡をください」


 そう言って衛兵たちは帰って行った。

 あんな事件の後ではミゼットも商売をする気が起きなかったらしく、店も早仕舞いとなり、「また明日」と言って、ミナセは店を出てきていた。

 マークはと言えば、たまたまミナセの様子を見に来てあの事件に遭遇したらしい。ミナセの身分を証明する意味も含め、事情聴取に最後まで付き合い、今に至っている。


「今日は本当にお疲れ様でした」


 マークがミナセをねぎらった。


「いえ、仕事ですから」


 静かにミナセが答える。

 命のやり取りをした後とは思えないほど、ミナセの表情は落ち着いていた。


「それにしても」


 言いながら、マークが突然ミナセに熱い視線を向けた。


「どうして最後の攻撃、真後ろからの剣撃がかわせたんですか?」


 ずっとこれが聞きたかったと言わんばかりに、勢い込んで質問する。


「あぁ、あれですか?」


 その勢いに驚きながらも、ミナセは丁寧に答えた。


「私の流派は”先読み”を得意としています。相手の体の動きはもちろん、魔力の流れなども読み取って、相手が次にどう動くのかを見極めます。特に魔力は、見るものではなく感じるものなので、真後ろだとしても分かるんです」

「なるほど」


 マークが頷く。


「あの男が放り投げた長剣からは、強い魔力を感じました。だから、男を目で追いながら、ずっと後ろの気配に注意していたんです。ゴーレムに変化したのには驚きましたけど、言ってみれば魔力の塊のゴーレムの動きは、人間の魔力を感じ取るよりもかえって簡単に分かりました」

「じゃあもしかして、男たちが身体強化魔法を掛け終わるのを待っていたのって……」

「強い魔力をまとってもらった方が、動きが読みやすいんです。人間の動きを魔力で増強するのが身体強化魔法なので、動かそうとする箇所に魔力が瞬間的に集まります。魔力の流れを感じ取れれば、相手の動きは目で見るよりも早く分かります」


 ミナセは簡単に話しているが、魔力の細かい流れを感じ取るというのは、かなり高度な技術と言える。

 魔力を感じることのできる人間は珍しくないので、それが背後であっても、”そこに魔力が存在する”ことくらいなら分かる人間はいるだろう。

 だが、”ゴーレムが自分の頭目がけて剣を振り下ろすことを感知し、それを紙一重でかわす”ことができる人間は、果たして世の中に何人いるのだろうか?


「ということは、人間よりも、魔物のほうが戦いやすいんですか?」


 続けてマークが質問をする。


「まあ、そうなります。私が最も苦手とするのは、純粋に自分の身体能力と技で攻めてくる相手ですね」


 ミナセは、自分の弱みをあっさりマークに伝えた。とは言え、ミナセ以上の身体能力と技の持ち主がそうそういるとは思えない。

 メイスと斧の男を倒した時のミナセの動きは、離れて見ていたからこそどうにか追えたが、近くにいたのでは、逆に何が起きたのか分からなかっただろう。

 現時点で、ミナセは十分達人の域にいると言えた。

 それでも。


「私は、もっと強くならなければなりません」


 何かを見据えるように、遠くを見ながらミナセが言う。

 その言葉に何か言い掛けて、しかしマークは、黙ったまま歩き続けた。



「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 ミナセとミゼットが挨拶を交わす。


「最後の一日、よろしく頼むよ!」

「はい、分かりました!」


 昨日の事件の後ではあったが、二人はいつもと変わらない様子で仕事を始めた。

 話せば切りがないし、思い出せば気分も塞ぐ。いつも通りに振る舞うことが一番だと、二人は分かっているようだった。


 今日も朝から忙しい。

 さすがに疲れは溜まっていたが、ミナセは気を抜くことなく接客を続けた。


「ミナセちゃん、今日が最後だね。寂しいなぁ」


 今日もやってきた雑貨屋の主人が、心から残念そうに言う。


「ずっとこの店で働くなら、見合いの相手を紹介してやってもいい」


 床屋のおやじがボソッとつぶやく。


「あははは」


 いつもながら返答に困る言葉に、ミナセは苦笑するしかなかった。


「はいそこっ、ちゃんと一列に並んで!」


 雑貨屋の主人が、店員さながらの活躍を見せつつミナセに話し掛ける。


「それにしても、ミナセちゃんは強いよねぇ。昨日の男たち、凄く強そうだったのに」

「いいえ。私なんて、まだまだです」


 ミナセが恥ずかしそうに目を伏せた。


 治安がよいとはいえ、アルミナの町でも昨日のような事件は時々起きる。一般市民であっても、流血騒ぎにはそれなりに慣れていた。

 加えてこの世界では、身を守るために相手を倒すことは当然だと捉えられている。ミナセが男たちを倒したことに眉をひそめる者はいなかった。


 謙遜するミナセを見ながら、嬉しそうに主人が続ける。


「この辺りじゃあすっかり噂になってるよ。とびっきり強い美人剣士が惣菜を売ってるって」


 惣菜を売る美人剣士。

 それは、たしかにそうそう見られる光景ではないだろう。


 まだ半日しか経っていないというのに、昨日の事件は近隣にずいぶん広まっているようだった。そのせいか、今日は昨日にも増して客が多い。


「あれが美人剣士さんだね」

「ほんとにきれい」

「ほんとにお惣菜売ってる」


 せっかく板に付いてきたミナセの笑顔が、少し堅くなっているのは仕方がないことではないだろうか。


「そう言えば、今日は社長さん来てないねぇ。昨日までは毎日来てたのに」

「えっ?」


 突然つぶやいた雑貨屋の主人を、ミナセが驚いて振り返る。包み掛けていたお惣菜を落としそうになって、慌ててそれを持ち直した。


「あの黒髪の男か? そういやあ、一日に二、三回は見掛けたな」


 床屋の主人がそれに応じた。


「そうそう。いつも物陰からこっそり覗いていたからね。怪しい奴だと思ってたけど、ミゼットさんに聞いたら、ミナセちゃんとこの社長さんだって言うじゃないか。危うく衛兵に通報しちまうところだったよ」

「おじさん、それ本当……」


 ミナセが言い掛けた、その時。


「こら、また仕事さぼって! さっさと店に戻りな!」


 突然やってきた大柄な女性が、雑貨屋の主人の襟首を掴んだ。


「あ、お前、ちょっと」


 どうやら奥さんのようだ。


「ちょっとじゃないよ。ミナセちゃんの仕事の邪魔だよ」

「いや、これはミゼットさんに頼まれて……」

「言い訳するんじゃないよ! 悪かったね、邪魔して」


 ミナセに向かってにこりと笑った奥さんが、そのまま主人を引きずって歩き出す。ズルズルと引きずられていく主人の目は、ちょっと悲しそうだ。


「俺も、帰る」


 自分の店の入り口でこちらを睨んでいる女性に気が付いて、床屋のおやじもしぶしぶ戻っていった。

 目の前の客に総菜を渡しながら、ミナセは考える。


 昨日だけではなくて、毎日?


 警備という名の店番を押し付けていったマーク。

 スカウトのやり方も強引なら、仕事の振り方も強引だと、じつは少し不満に思っていた。

 だけど。


「お姉さん、弁当二つね」

「はい、かしこまりました」


 今日も慌ただしく時間は過ぎていく。

 そんな中、ミナセは気が付いた。物陰から、怪しい人影がこっそりこちらを覗いている。


「ありがとうございました!」


 元気にミナセが頭を下げる。

 その顔には、微笑み。ミナセの顔には、営業用とは少し違う微笑みが浮かんでいた。


「いらっしゃいませ!」


 疲れを感じていたはずなのに、不思議と体が軽くなったような気がして、ミナセは首を傾げ、そしてまた小さく微笑む。


「コロッケ二つとこっちの煮物ね」

「はい、かしこまりました!」


 ミナセの声と笑顔が、列の後ろにまた人を並ばせていた。



「いやあ、ほんとにお疲れさんだったねぇ」


 お茶をすすりながらミゼットが言う。


「ミゼットさんもお疲れ様でした」


 やはりお茶をすすりながら、ミナセが答えた。


 最終日、店の売上は過去最高を更新した。

 商売人のミゼットが、最後のチャンスとばかりに大量のお惣菜を用意しておいたこともあって、閉店まで売りに売りまくった。

 開店前に、ミナセが「こんなにたくさん……」と呆れたほどの大量の商品が、見事に完売である。


「この一週間で、ひと月分は稼いだね」


 ミゼットが嬉しそうに言う。


「主人のケガも治ったし、もうあいつらが来る心配もない。明日から安心して商売ができるよ」


 そう言うと、ミナセの肩をポンと叩いた。


「あんたに来てもらって、ほんとによかったよ」

「お役に立てたのなら何よりです」


 ミナセが、ちょっと恥ずかしそうに笑う。


「何かあったらまた頼むよ」

「はい。いつでも声を掛けてください」


 こうして、ミナセの初仕事は無事終了した。

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