第84話 櫂side



「……話せば話すほど、とことん悪趣味な趣向をした女だ。これからお前ら、どんな目に遭うか理解も出来てないようだ」


女の愛で解放されるとの言葉に反応したのは時緒だ。女の理不尽かつ一方的な会話に持っていて、時緒の表情は明らかに不快感に満ちている。


『それは誰に、何を意味してどのように言っているのかしら。大体愚かなのは貴方達のような、地べたに這いつくばる下民共。友江芙海も宇都宮夕妬も、誰も私の愛しい継美を理解していない。世界でひとりぼっちの継美を、誰一人理解しようとしない愚かで哀れな人達。あぁ、可哀想な継美…』


正式に依頼を受ける前。伊遠と宇都宮一族本家の女の情報を話し合ったが、やはり櫂達の予想していた通りだ。宇都宮夕妬に渡したくないばかりに、夕妬が一年以上に渡って執着していた、友江継美を自らの手元に置くとは。他の被害者や妹の芙海を用済みと言わんばかりに、この場へ何の処置もせず置き去りにした当たり、彼女のやり口は夕妬以上に悪質だ。彼女の行為は宇都宮本家へブレイカーの主力部隊か、聖域の構成員を送り込まれて自爆します、と言っているようなものである。


「ウチの組織の中でもあんたの事はとにかく有名だが、これは噂通りの好色女だ。余程自分の魅力に自信があると見える。ま。俺の方は大方の目的はとっくに達成したし、お前らの道楽に付き合ってやる」

「どうせ、ただで帰してはくれないだろ」


『そうね。この世界の絶対的支配者である、宇都宮一族の秘密を知ってしまった貴方達を、ここから決して生かして帰さないわ。貴方達は私の愛する、『ルナ』に決して勝てない。だって私の愛する可愛いルナだから…』

「!?」


女の声が止んだと同時に、当たりの空間は異常な雰囲気に包まれる。時緒が腕に付けている、腕時計型の思念探知機が付けている物ごと、時緒の手首越しから上下に、激しく振動し異常な反応を示している。見た目こそは普通の革製の腕時計だが、それはある事を誤魔化す為のカモフラージュ。その実態は時計の機能を内在した、高性能の念動力探知機だ。


「異能力者の思念波だな……。後ろか!!」


櫂と時緒は、突如背後から飛んで来た無数のナイフを、まるで攻撃が来る事を予測していたかのように反射的に避け始める。この手の奇襲には慣れているのか、何者かの念動力によって次々と飛んで来る、様々な種類の刃物を二人は機敏な動作で回避していく。かわされた刃物は獲物を失い、真っ直ぐと壁に向かって飛んでいき、次々に音を立てながら刺さっていく。壁に刺さった刃物の中に、様々な長さの包丁やサバイバルナイフは当たり前。中には卸売業専門の肉切り包丁や日本刀など、明らかに人に向けるようなものではないものまであった。


「何てもん飛ばしてやがる…」

「……あいつか」


念動力で飛んで来た全てのナイフを避けきった、櫂と時緒の視界に映ったのは一人の小柄な少女。少女は無骨で閑散とした建物には、まるで似つかわしくない服装。全体的に白とピンクを基調とし、胸元には赤い紐リボン。上下にはレースやフリルを、たっぷりと使用した可愛らしいワンピース。そして薄紫色のボブカットの髪を、サイドの二つおさげに纏め、人形を思わせるようなあどけない顔立ちをした美少女だった。


「る・る・るぅー…♪ る・る・るぅー♪ ら・ら・るぅー? くすくすくすっ…んもー。だぁーいきらいな櫂の為に、『プレゼント』いっぱい投げたのに、櫂ったら結局全部避けちゃいましたねぇ~」

「あの女…」


二人に全ての攻撃を避けられたにも関わらず、少女はくるくると踊りながら無邪気に笑う。場にそぐわない笑顔には、この殺伐とした場所さえ、何とも思っていないような薄気味悪さすら感じる。


「くすくすくすっ…。ルナの自慢のプレゼント、全部避けちゃうなんてぇ~。やっぱり櫂は酷いですよぉ~」

「何がプレゼントだ。毎回毎回、悪趣味なもん手当たり次第に投げつけやがって」


櫂は少女の顔に見覚えがあった。今回の任務中以前に、何度も櫂とやり合っている女だ。


「お前。あの女知ってるのか」

「……あれは宇都宮直属の異能力者だ。証拠隠滅を想定して、宇都宮の連中が差し向けて来たんだろう」


少女が宇都宮直属の、異能力者とはあくまで表向き。実際は彼女の存在自体が、政府にとって『トップシークレット』なのだから。そして遠目でしか見た事がないが、少女は茉莉の従姉妹によく似ている。髪型と体格は違うが、髪の色と顔立ちと声は全く同じ。だが決定的に違うのは、『彼女自身』は櫂の事を、名前を含めて『一切知らない』と言う事だった。


「くすくすくす…あはっ。んもー…。んもぉー。酷い酷い酷いひ・ど・い・なぁー? ルナはぁー、櫂とずっとずっとずうぅぅぅぅっと。戦いたかったんで・す・よ・ぉ~~?」


ずっと戦いたかったとの言葉に、櫂は顔を歪める。これまでルナと呼ぶ少女と、何度もやり合っているが、戦闘などと言った言い方では生ぬるい。彼女とは必ず殺し合いにまで発展する。自分をルナと呼ぶ少女は、くすくすと無邪気に笑っているが、この殺伐とした場所に似合わない、少女少女した服装と愛らしい姿からは信じられない程の、異常な殺気を放っている。笑い続ける少女の異常性に気付いたのか、時緒も自然と戦闘体制の構えをとる。


「そのガキ臭い顔とその人を馬鹿にするような笑い声…。やっぱ不愉快だ」

「くすくすくす…だぁぁぁってぇー? 櫂ったら全然ルナの事、構ってくれないんですよぉー。ちょっとはルナの事を、構ってくれたって良いじゃないですかぁ~」


人を小馬鹿にするようで挑発じみたルナの口調に、櫂は更に殺気を強める。櫂の殺気に反応し、少女からもまた異様な殺気と思念が放たれる。


「あはっ、あはっ…あはは……。あはっあはっあはっ、あはっ、あははははははっ! 怒った怒った怒った怒ったあぁぁ~!! 櫂がおこったぁぁぁ~! ららるーららるーららるーら・ら・る・ぅ~~~!!!」


「何だあの女は? 思念の数値がおかしすぎる。普通の異能力者とは、まるで毛色が違うが……殺して構わねぇな」

「…構わねーよ。『あれ』は『表に出してはいけない』奴だ」


既にナイフを持ち、戦闘の構えを取る時緒に櫂は感情なく言い放つ。櫂に問う時緒の表情が普段とは全く異なっている。普段の浅枝時緒ならば女性の異能力者に相手に対し、どこか狂気じみていてかつ、女を殺せる事が嬉しくてたまらないと言った、嬉々とした話し方になる時緒。しかし今回の目の前の異能力者が、本能的に異常である事を察しているのだ。


「利害の一致ってある意味では便利だね」

『良い子ねルナ。私の愛するルナ。さぁ、あの醜い男達を跡形もなく始末してお仕舞いなさい』

「はぁ~い。ルナ、小夜ちゃんの為にいっぱいいっぱい頑張っちゃうよぉ~。ら・ら・る・ぅ~」


ルナと呼ばれた少女はくるくると踊りながら、全身からあどけない少女とは思えない程の、強力な思念波を放出する。櫂と時緒は防御体制をとり中腰になりながら、強大な思念波に吹き飛ばされないよう、全力で足腰に力を入れる。


「くそっ!」

「あの女、また!」


いつの間にか壁に刺さっていた刃物は全て、ルナの周りを取り囲むように浮いていた。ルナから発せられる強力な思念波に耐えている二人を尻目に、突然と直線上に飛んで来た無数のナイフを、二人は即座に防御体制をとり止め、咄嗟の動作で飛んで来た複数の刃物を避けはじめる。


「あははっあははっあはははっあはははははっ!! 楽しい楽しいた・の・し・い~!! もっともっと!! もっともっともっともっとおおぉぉぉぉぉ!! 早く早く早くはやくうぅぅぅぅ!! もっとルナと遊んでよ!!遊んで!! 遊んでぇ!! もっともっともっと殺させてよぉぉ~!!

ルナの思いを、櫂のぶっといのでいっぱいいっぱいいっぱい満たしてえぇぇぇ!! あはっ、あはっ、あはっ、あはっ、あはっあはははっあははっあははははははははあぁぁぁぁ~!!」


「……イカれてやがる」


年端のいかない少女とは思えない運動能力や反射神経。そしてあまりにも人間離れした狂気的な反応に時緒が悪態を吐く。逆に櫂の方は酷く冷静だ。『表に出してはいけないもの』の相手をしたのは、一度や二度ではなかったからだ。ましてや『見知った顔』をしているだけに、宇都宮の一族はとことん趣味が悪すぎる。


「…さっさとこい。てめぇの存在は、跡形も残さず始末してやる」


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