第64話 勇羅side



―午後九時・水海探偵事務所待ち合い室。



「泪さん遅いね…」

「うん…」


聖龍の悪手から逃れる為にロッカーに隠れさせられ、トラブルでロッカーごとゴミ廃棄処理場にまで運ばれいた翠恋を無事に保護し、彼女とは神在駅前で別れた勇羅達。丁度良いタイミングで別れた翠恋とは、入れ替わる様に現れた雪彦達と合流し、現在単独行動を行っている泪を待つ為に、水海探偵事務所へ行く。響達とは病院前で別れたらしい。


雪彦達と会う数十分前、翠恋には泪の件は、周りの誰にも話さない方が良いと釘を指しておいた。勇羅達の説明に翠恋は訝しげな顔をしたが、泪に対して後ろめたい事をした自覚が合ったのか、複雑な表情をしながらも翠恋は納得してくれた。


「泪先輩の事だから心配はないと思う」

「……」


探偵部の中でも単独行動が出来るのは、前部長だった和真の後を引き継いで、部長の座を任された泪位だ。細身だが高い身体能力と、あの破天荒な和真と行動を共にして、培(つちか)った分析力と観察力。更に並外れた洞察力を持ち、非常時にも常に冷静さを保てる、泪だからこそ単独行動が許される。


何より泪も和真や麗二と同じ異能力者であり、和真が言うには泪は、和真以上に強い念動力と異能力の持ち主なのだとか。更に数週間前の出来事で鋼太朗と瑠奈は、過去に泪と面識が会ったらしい。勇羅が知っているのは、二人が昔泪と面識がある事だけで、それ以上に関して多くは語ってくれなかった。


あの後泪の昔の事を二人に何度か聞いてみたが、瑠奈は最低限の事しか知らないと答え、鋼太朗に至っては完全に口を濁すので、いつの間にか泪が、和真や麗二と同じ異能力者である事すら、勇羅は無意識に頭の隅に追いやっていた。和真もまた、泪と会った事について詳しく話してくれなかった。泪を救った和真と勇羅が知っているのは、泪は線の細い体格を持ちながら、常人とタメを張れる身体能力と強力な異能力を持っている事。そして家族を含めた昔の記憶を、失っている事くらいだった。


壁時計を見ると、時計の針は既に午後九時を指している。時計を見たと同時に勇羅の携帯から、いつもの特撮番組の着信音が鳴り出し始める。着信画面を確認すると、相手は数時間前に駅前で別れた響からだった。


『もしもし。勇羅君』

「逢前先輩、どうかしましたか?」

『すぐにテレビかネット付けて。今ニュース観てるんだけど、聖龍のアジトの一つがとんでもない事になってる』


聖龍と聞いて、勇羅は待ち合い室の角隅に設置してあるテレビを付ける。テレビの電源を入れると、丁度ニュース番組がやっているチャンネルだった。


「何かあった?」

「今、逢前先輩から電話あった。聖龍の件でとんでもない事があったって。とにかくニュース見てくれってさ」


とんでもない事と言っていたので、響との通話を繋げたままの勇羅を含め、待ち合い室にいた全員がテレビのニュースに注目する。番組の中では、一つ目のニュースを終えたニュースキャスターが、次の原稿の読み上げに取りかかりはじめる。


『それでは次のニュースです。本日午後七時。△△県○○市郊外アパートにて、複数の遺体が発見されました。遺体の身元は…―…―』


「い、遺体って…!?」

「○○市って、東皇寺学園のすぐ近くだよ! な、何で……こんな…」


突然の出来事に、この場にいる全員が何も言葉が出なかった。東皇寺学園の存在する学園都市近隣。場所は聖龍のアジトらしき建物で発生した殺人事件。しかも事件の内容は、複数の人間が殺害されている。


「おい、ネットニュースも見てみろ。今テレビで流れてる事件、かなり情報が錯綜してるみたいだ」


麗二は自分の端末でも、例のニュースを観ていたらしく、麗二の端末を覗き見ると、今もニュースで流れている殺人事件の一件に対し、様々な考察が複数書かれているようだ。今日起きた事件に対し複数の犠牲者が出ている事。その考察には、有名な異能力者狩りに巻き込まれたやら、小康状態を保っていた連続殺人事件の再発やら、まだ詳しい原因も明かされていないのに、面白半分にでたらめな事ばかりが書かれている。


「先輩…これって、一体何が……」

『僕も家に帰って、さっきこのニュースを知ったばかりだ。ただ被害者全員の身元が、聖龍のメンバーだって事だけははっきりしてる。そいつら警察に何度も検挙されてて、捜査を管轄してる警察内でも、既に名の知れた奴ばかりだとか…』


響の口から語られるのは、事件の犠牲者は全員聖龍のメンバーであり、犠牲者全員の年齢が三十代後半から五十代。宇都宮夕妬を支持しているらしい、十代から二十代の若者が一人もいない事から、古参メンバーである可能性が極めて高い。


警察は既に殺人事件として、事件を捜査しているらしいが、彼らを殺害した犯人の動機は一切不明。犠牲者が全員警察に、悪い意味で名が知れ渡っている事から、何者かによる聖龍への復讐の可能性もあり得る。だが復讐にしては、方法があまりにもストレート過ぎていて、更に遺体を隠す事をもしていない為あまりにも不自然すぎる。


『それから友江姉妹の事なんだけど、今日は継美さんが学校欠席していて…。そして分かったのが、妹が昨日の晩にまた家を飛び出したらしい。それで彼女、親の反対を押しきってまで妹を捜しに行くとか言い出したようで…。朝から家を出ていったっきり、自宅に帰って来ていないらしい』

「つ、継美さんが欠席って…」


退院したと思いきや、再び家族に反発し消息を絶った友江芙海。そして芙海だけでなく姉の継美までもが、聖龍の欲望に巻き込まれているようだ。


「友江さんとは接点ないって聞いたけど、なんでそこまで知って…」

『友江さんの母親からの連絡網が、ウチにも回って来たんだよ。どうも母親は委員会のコネを使って、三年の教職員や生徒全員に電話掛けてるらしくてさ。今はLINEがあるのに電話からの連絡網だなんて今時古くさいよ』


電話越しで伝わる響の愚痴る声。友江一家の理不尽なグダグダにまで巻き込まれ、かなりまいっているように思える。勇羅の耳に雪彦の携帯からも、着信が鳴り出している音が聞こえた。雪彦が携帯の画面を確認すると相手は和真からだった。


「もしもし…。お、お兄さま?」

『ユキか! よかった。ユウの携帯が話し中だったから、お前の方に掛けた』


和真の声は電話越しから、何か切迫詰まっている様に聞こえる。雪彦は和真の状況からただ事ではないと察した。


「…先輩。また何かあったらすぐに連絡下さい」

『わかった。こっちも知り合いに頼んで、聖龍や東皇寺の情報集めるよ』


響に礼を言うとすぐに携帯を切る。勇羅が通話を終えた後も雪彦は和真と通話中だが、どうも雪彦の様子がおかしい。雪彦は険しい表情で、何度か頷きながらはいを繰り返した後。わかりましたと言い、和真との通話を切った。


「雪彦先輩。どうかして…!」


和真との話し合いを終えた雪彦は、通話を切った瞬間に、携帯を持つ手がガタガタと震えていた。最新機種と思わしきスマートフォンを握る手は、怒っているかの様だった。


「………京香お姉さまが聖龍の奴らに拉致された」


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