第63話 泪side
―午後六時半・郊外某所。
「和真先輩。此方は全て片付きました」
泪の周囲には、男達の亡骸が血溜まりの床に転がっている。あの後目の前で仲間を切られた残りの男達はこぞって逆上し、手持ちのバットや床に散乱していた、武器になりそうな鉄の棒などを手に、自分達の仲間を殺した張本人である、人殺し=赤石泪へ向かって襲いかかって来た。
しかしやる事なす事中途半端な人間が、闇の底に浸かり込んだ相手に、太刀打ち出来る筈がない。襲い掛かった全員がなす術もなく、泪に触れる事すらも出来なかった。感情と気配を消した泪の機械の如く精密な一撃によって、男達はひとりひとり確実に次々と動脈を切られていき、大量の血を吹き出しながら床に伏した後間もなく全員が息絶えた。
普段から自分の服装に関心がない泪に代わり、砂織が選んでくれた白いコートは、すっかり男達が流した大量の返り血にまみれてしまった。
『悪いな。いつもお前にばかり無理させて』
「大丈夫です、先輩が気にする事ありません。少しばかり問題が起きてしまいましたが…」
聖龍摘発の証拠となる、被害者の画像やメンバーの個人情報データ転送には成功したが、思わぬ騒ぎにあった挙句相手に見つかり、その反動でメンバーを数人殺してしまったなど、和真には到底説明出来ない。もちろん和真達には言っていないが、自分が【元に戻れない】事も、完全に理解している。
それ以前に和真達は、泪が【元の日常に戻れない】真実すら、知らないのだから。
『こっちも聖龍のアジトの情報解析と、構成員の詳細分析も大方完了してる。後、宇都宮がそっちに向かってるから気を付けろ』
「了解しました。すぐに退き上げます」
短い返事の後、和真との通話を終える。自分の身内がターゲットに入っていると知ってからの、和真の行動は恐ろしく早かった。ここ数日で聖龍の活動の全体を把握し、かつ中心となっている構成員の情報まで、拾い集めてしまったのだ。宇都宮一族さえ聖龍に関わっていなければ、自分の愚かな行為をしなくとも、聖龍は完全に壊滅に追いやられている。和真の逆鱗に触れなければ、聖龍は地下に潜伏しただけの、小さなあぶれ者集団のままで済んだのだ。
和真達や聖龍の今後を考えつつ携帯を締まった泪は、今だ椅子に拘束状態のままになっている友江継美の方を見る。
「芙海……ふ、み……ふみ……ふ…み……ふ、み……ふ……み……」
壊れたテープレコーダーのように、妹の名前を呼び続ける友江継美。長時間聖龍に弄ばれ続けた彼女は、全身を赤に染め、鉄の臭いにまみれた自分の姿すらも、全く認識出来ていないらしい。この場で救急を呼べば、大騒ぎになるのは確実であり、泪自身の本来の素性も発覚する危険性がある。なにより意識が朦朧としている状態の彼女を、鉄の臭いにまみれた自分が外に連れ出しても全く意味はない。
これ以上この場所に、留まっているのは危険だと判断した泪は、死の空気を漂わせる凄惨な状態のアジトを後にした。
「宇都宮……夕妬」
血塗れのコートを着た状態で、階段を降りた泪の目の前に、宇都宮夕妬がいた。どこかから走って来たのだろうか、夕妬の息が荒いことからして、既に継美の件を誰かから聞かされ知ったのだろう。
「……継美は? 継美はどこ? 継美は? 継美は?」
息を調えながら立つ夕妬の表情には、明らかに余裕がない。仮にも財界の一族でありながら、聖龍のメンバーだけでなく専用の護衛も連れてきて居ない事から、友江継美が監禁されているこの場所を掴むのに、相当切迫詰まっていたと思われる。自分の思い通りにならない所か、夕妬が自らの権力を使い、宝條学園や神在を潰そうとする隙を突き、逆に自らが執着していた者を、容易く奪われ壊されると言った、失態を犯してしまったのだから。
「友江継美は……彼女はアジトの奥の部屋です。それにしても貴方は、宝條学園や神在市を潰す事にばかり、目を向けすぎましたね。友江芙海だけでも自分達の手元に置いておけば、彼らを牽制出来るとでも思っていたのでしょうが、あの彼らがその穴を見逃す筈もありませんし、貴方自身聖龍の悪評を、知らなかった訳ではなかったと言わせません。彼らは狙いを定めた獲物を己の手で食い尽くす為なら、自分達の雇い主にすら牙を剥く集団。そんな聖龍を己一人の力で、安易に操れると過大評価しすぎた因果応報です」
夕妬は悶々とした表情で唇を噛み締めながら、泪の話を無言で聞いている。聖龍を自身一人の力でどうこう出来るだろうと、無意識に過信をして居たらしく、泪の話を黙って聞いているその表情は、やはり憤っているように見える。泪は夕妬の表情の変化にまるで興味がないのか、淡々と言葉を続ける。
「宇都宮本家は余程、分家で特に厄介者の貴方を、排除したがっているようですが……当たり前ですね。一族にとって完全な不利益しか与えない貴方を、本家当主が見逃す筈がない。
元々貴方が宇都宮一族分家唯一の跡取りだからこそ、貴方がどんな悪辣な行為をしても、本家の制裁からは見逃されて来た。ですが一人の人間を手に入れる為だけに一族の権力を使い、ここまで騒ぎを大きくした以上、宇都宮本家も当主も黙って傍観していないでしょう」
「何故……? どうして……どうして君はそこまで、宇都宮の事を知っているんだ」
夕妬の内情はある程度知っている。夕妬が幼少から欲しいものを与えられなかった事も、それに酷く愛情に飢えている事も。その『母性』や『愛情』を友江継美に対して、求めている事も知っている。だが継美は芙海がいる限り、決して夕妬には振り向かない。継美一人の為だけに夕妬にとって最大の障害でもある芙海を、継美を思うばかりに完全に排除出来なかった夕妬は、結果的にお互いの利害の為に、利用を目論んでいた連中によって継美を壊された。
泪の思いもよらない発言に、夕妬は再度形の良い唇を噛む。表情こそ冷静さを保っているものの、振り絞って出した声は僅かに震えており、いつもの余裕もなくしている。
現在。家族の強引な交渉により退院した友江芙海も、再び行方を眩ましている。継美は学校を休み妹を捜していたらしいが、夕妬の命令で友江家を常時監視し、芙海を探していると感付いた古参派の一人が、夕妬の命令を無視し、古参メンバーだけに姉妹の件を報告した。そして夕妬よりも一早く郊外で何の聞き込みもせず、一人で妹の行方を捜索していた、友江継美をあっという間に捕縛・拉致したようだ。
友江芙海がこの場にいないと言う事は、彼女の行方は古参メンバーにも、掴めていなかったようだ。だが彼女は本来退院して良い病状ではなく、退院していても学生証は何らかの理由で取り上げられている以上、遠くへ行けない筈だ。更に友江芙海は東皇寺学園直々に、退学処分を通告されていると聞いている。自身の知らぬまま学園を追いやられ、信じていた夕妬には裏切られ、家族からは愛玩物扱いされるまま、居場所を失なった彼女の行き先は、今も真っ暗で何も見えないままなのだから。
「僕は……継美を……っ」
「僕は貴方の目的も、貴方がた一族のやろうとしている事にも興味ありません。僕はあくまで僕だけの目的を果たすまでですから」
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