第57話 勇羅side



―午後三時・神在総合病院。


「身体に何も異常がないから、退院させるだなんて…。芙海のあの症状じゃ、仮退院でも絶対にあり得ません。あの娘、学校の中庭で騒ぎを起こした時も…」

「彼女。昨日の夜中も大声を出しながら、何かを求めるように個室のベッドで暴れて…。それに日中余りにも、短い間隔で病室内で騒ぎを起こしていて、いつ彼女が病室の外へ飛び出してくるか分からないから、周りの患者さん達にも不安が広まってるし、昨日付けで彼女を隔離病棟へ、移す話になってたわ」


神在総合病院に入院していた、友江芙海の突然の退院。中毒による症状の重かった彼女が、仮退院を許可されるには、相当な期間を要するものであり、最悪の場合専門の治療が行える施設の整った病院へ、転院をも検討する予定だったらしい。友江芙海が退院した時の、詳しい事情を聞きに行く為、勇羅達一行の他には、駅前で運良く鉢合わせた響や彩佳、二羽も同伴していた。二羽達もまた、重病人である筈の友江芙海が、病院を退院した状況を知りたいと言う。


「あの件で運ばれた患者さんの中で、最後に保護された彼女が一番症状が酷かったし、患者の為にも充分な治療が必要だからって、病院の方でも治療に専念するように、ご両親にも強く引き留めたわ。でも母親が彼女の自宅療養を強く要望していて、やむを得ず許可を出してしまったって」

「そんな……」


勇羅達の質問に答えているのは響の姉・奏だ。東皇寺の事件に関しては病院内でも、医師に職員。看護師を始め病院全体で、厳重なまでの黙秘体制が敷かれていると言う。しかし答えられる範囲でなら質問に答えられると奏が申し出た。


「姉さん。友江芙海の退院許可を要望したのは」

「さっきも話した通り、友江さんのご両親とお姉さん。正確には彼女のお母様ね。芙海さんの担当医も、その母親に押しきられた形で…」


響や二羽の話では友江姉妹の両親は、過剰なまで二人の娘に執着していたと聞く。長女・継美の自由を奪い徹底して束縛しつつ、親に対して従順な模範的優等生でいるように。溺愛する妹・芙海には、芙海の欲しいものを何でも買い与えながらも、常に親の目の届く所にいる、親にとって都合の良い子どもでいるように。そこに姉妹の意思は欠片も存在せず、二人は常に両親の思い通りに動いているだけ。


「継美さんは?」

「彼女も母親と似たような意見しか言わなかったわ。『他人が家の事情に口を挟まないでください。芙海は私達家族が助けます』と……私が東皇寺の件について話せるのはここまで」


弟や勇羅一行へ友江芙海の退院説明を、終えた奏は深い溜め息を吐く。どうやらここまでの話だとやはり姉の継美も母親の言いなり。先日勇羅達に見せた、妹への異常なまでの執着と狂気的な言動といい、まるで姉妹は歪(いびつ)な、籠の中に飼われている鳥だ。姉の性格や趣味に少々癖はあるものの、両親にも周囲の友人にも恵まれ、ごく普通の家庭に育った勇羅は、友江一家の関係に薄気味悪さを感じた。


「ふふ。こんにちは」


背後から挨拶の声がしたので、奏以外の全員が反射的に振り向くと廊下に人がいた。勇羅達の背後に立っていたのは、今この場で一番会いたくない人物がその場にいた。


「う、宇都宮……夕妬」


何故宇都宮夕妬が此処に居る。本来なら彼は、勇羅と別行動をとっている砂織達を、襲撃に向かっている筈ではないのか。


「あんた…」

「お久しぶり…って、僕達もう会ってるね」


夕妬はチロりと舌を出し、小悪魔のような悪戯っぽい笑みを浮かべる。響や雪彦に至っては、既に敵意を剥き出しにして、夕妬を睨み付けている。夕妬は自分を敵意全開で睨み付ける、雪彦達には全く目もくれず、ぽかんと立ち呆けている奏の方を見つめる。


「あなたが逢前奏? ふふっ…やっぱり思った通り綺麗な人だね」


初めから奏の事を、知っているかの様に接する夕妬に対し、響の夕妬に対する視線が、更に敵意を篭ったものと化す。京香や砂織の件といい、彼は他人のものへ平気で手を出そうとする当たり、命知らずにも程がある。


「あんたがこの場に居るって事は、姉ちゃん達は…」

「……彼らには失望したよ。本当、つまらなかった」


やはり聖龍による砂織や和真への襲撃は失敗したようだ。それ以前に夕妬は砂織達に対して、自分は初めから興味を持っていない、と言う風な口調だった。


「裏で悪名高い連中を侍らせて、和真お兄さままで始末しようだなんて…。宇都宮一族のお坊っちゃまって、本当性根が腐ってるね」


口を開けたのは先程まで奏の話を聞き、今も敵意剥き出しで夕妬を睨んでいる雪彦だ。夕妬が和真を始末すると答えた当たり、この短期間で夕妬の性質も完全に理解している。


「君。皇コーポレーションの跡取りだよね? 今ここで初めて会ったけど、君は僕より年上なのに、見た目より結構子どもっぽいんだね……ふふっ」


宇都宮一族である彼は雪彦の素性も知っている。しかも自分の方が立場が上と確信しているのか、一つ上の雪彦に対しても全く動じていない。


「……ちょっとそれどういう意味? つーかあんたは年上に対する、礼儀が全然なってないんじゃない」


普段の気の抜けた雪彦の笑顔が、完全に歪(いびつ)にヒク付いている。そんな雪彦を見た勇羅と万里は、顔面からじっとりと汗をにじませる。中性的な見た目に反して、雪彦は怒りの沸点が低い。雪彦は怒る事に関しては勇羅と似ていると、前に麗二から言われた事があった。同族嫌悪と言う訳ではないらしいが、雪彦は特に女性を傷付ける奴を死ぬ程毛嫌いしている。まさに今の夕妬は雪彦の怒髪天を、突きに突きまくっている状態だ。



「宝條の人達って本当に変わってるよね。この世界に薄汚い異能力者はいらないでしょ? 僕達はただこの選ばれた人間達が住む、清く美しい世界にこれ以上、不要な塵(ごみ)を増やさないよう、綺麗に掃除をしているだけなんだよ」



『異能力者はいらない』。との言葉を聞き瑠奈や琳、彩佳は身体を強張らせる。夕妬の口調からは、明らかに異能力者への嫌悪や侮蔑と言った感情が滲み出ている。彼は…いや、宇都宮一族の人間は異能力の存在など、始めから『いないもの』としてしか見ていない。


「一体あんたは何が言いたいのさ。僕は遠回しに勿体ぶられるのは大嫌いなんだよ。僕達に宣戦布告に来たんなら、はっきり言いなよ」


何か勿体ぶるだけで、いつまでも言おうとしない夕妬に、既に雪彦の口調からは、相当な苛立ちが込もっている。



「彼らは今も、僕達聖域の思うままに動く。このまま立ちはだかるなら、宝條と神在の人間には消えてもらう。僕達の邪魔はさせない…愚かな君達には、僕達を怒らせた罰を受けてもらうよ」

「!!」


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