第56話 勇羅side



―午後十二時半・電車内。


「宇都宮夕妬…。あいつ本当に、後先の事考えてないね」

「東皇寺学園を、裏で操ってるだけでもすごく胡散臭いし…。ウチの探偵部だけ、監視してるかと思ったら宝條の無関係の生徒だけでなく、砂織お姉さまにまで手を出そうだなんて……あの小僧絶対に許さん」


勇羅達は正門前で合流した泪を除く探偵部の面々と共に、駅前のファーストフード店で昼食を済ませた後、学園都市行きの電車に乗り響達に会う為東皇寺学園へ向かう。


突然勇羅の携帯へ掛けてきた宇都宮夕妬。恐ろしい事に彼は聖龍の犠牲になった、冴木みなもや友江姉妹。徐々に聖龍へマークされつつある、宝條学園の生徒達だけでなく、勇羅の姉・砂織にも歪んだ欲望を向けていた。すぐに姉の安否を確かめるべく連絡したが、幸運にも砂織の側にいた和真に、一連の事情を全て説明したので、砂織の安全は保障された。もし聖龍の連中が砂織達に襲いかかって来ても、あの和真に直接手を出せば、連中や夕妬も只では済まない。


今日は探偵部の中で泪だけがこの場に居ない。休み時間廊下で鉢合わせた雪彦の話だと、現在協力中の和真から直々に、学園都市周辺調査の依頼を受け、今回は別行動を取るらしい。まだ怪我も完治していないのに、泪に無理させてしまって申し訳ないと、和真も雪彦も話していたが泪は一刻も早く、学園周辺の事件を解決したいと自ら申し出たと言う。


昼食中。勇羅から夕妬の宣戦布告と言った一連の事情を聞き、凄まじい形相で怒り狂った雪彦が憤慨していた。同じく雪彦同様に携帯越しから怒髪天状態となった和真も、雪彦と似た顔をしていたかと思うと、実姉の天性の魔性の女っぷりに恐ろしいものを感じる。


「そうだそうだ。皆に見せなければならんものがあった」


勇羅の近くに座っていた万里が、忘れものを思い出したかのように、自分の学生鞄を漁り始めると、一枚の写真を取り出し勇羅達の前へ差し出す。


「?」


勇羅達の前に差し出された一枚の写真。写真に写っている紺のスーツ姿の男性は、一見どこにでもいそうな普通のサラリーマンだが、頬が痩け気味であり神経質そうな雰囲気を漂わせている。


「その写真は?」

「これは友江芙海の父親。なんとウチの一族の会社の取り引き先の社員だった」


これは思いがけない情報網。雪彦達が家族と共に情報を収集していたのは、事件に巻き込まれた被害者周辺の情報だった。雪彦達の話を纏めると、聖龍に目を付けられた被害者達の大半が、見目の良い両家の子女である事。被害者の中には財界で名の知れている者や、芸能界で活躍していた者も僅かに居た事。これら全ては東皇寺周辺の学園都市で起きていた事であり、冴木みなもは何らかの伝手で聖龍の存在を知り、結果的に学生であるみなも一人の力では、完全に後戻りが出来ない状態まで、彼らの暗部に踏み込んでしまったと見ている。


「これ、身内の会社の情報でしょ。勝手に持ち出して良いの?」


親族が経営している会社とはいえ、あくまでも雪彦や万里は一学生の身分だ。雪彦も跡取りだが自分の家が経営している社員の情報など、重要な情報は簡単に持って来られない筈。



「おば様達の許可は貰ったし、持って来たのはこの写真だけだから問題ない。社員の詳しい個人データは全部会社にある」

「もう一つ分かったのが、宇都宮や聖龍のいざこざに、巻き込まれてる友江家は両親共働きで、父親はさっき万里が話した通り。母親の方は東皇寺学園とは、別の学園で教鞭取ってる。噂じゃ教師の母親も相当問題ある人間だって。ただ東皇寺の副会長さんと妹さんが、今回の事件に巻き込まれてる事自体、父親はともかく教師の母親の方は、全く耳に入ってないとか…」


「自分の娘が裏でグレてて、その上危ない連中とつるんでるの知ったら、堪ったもんじゃないよね…」

「友江さん。麗二の事と言い自分から聖龍に絡んだ事と言い、どんな神経してるんだろ」



勇羅が愚痴るより先に万里が再び口を開く。


「彼女の件はもう問題になってるよ。母親や雪彦達からも聞いたが、社内会議満場一致でその取り引き先に対し、あの父親には例の事件の事はぼかして、遠回しに自主退職を勧告するそうだ。もし友江社員の自主退職を受け入れられなければ、件の会社とウチとの取り引きを、今後一切中止すると」


娘一人が起こした騒ぎが原因で、自分が勤めていた会社の周りまで絞められるとは。取り引き先の会社も、厄介な事件に巻き込まれたものだ。


「元々取り引き先としても、何かと問題が合ったって愚痴ってたし、もし退職勧告を拒否されて、取引を切っても痛くも痒くもないって。母さん呆れながら言ってたよ」


一緒に雪彦達の話を瑠奈と共に大人しく聞いていた琳が、手を軽く上げ口を開く。


「友江さんの話題の途中すみません。今日の朝、二羽からの電話で聞いた事なんですが、出来るなら今話した方が良いと思って」

「二羽さん? 東皇寺でも何かあった?」


東皇寺学園の二羽の方でも何かあったようだ。夕妬達に連れ出され、行方不明と思われた友江芙海は幸い無事だったが、翌日再び学園で結局騒ぎを起こし、再度病院へ搬送され現在も入院中だ。二羽も友人姉妹が深刻な事件に巻き込まれて、相当神経をすり減らしてるだろう。

勇羅達は会話を止め、無言で頷き全員が琳に注目する。


「その……芙海さん。昨日付けで神在病院を退院したらしいんです」


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