第44話 勇羅&泪side



―午後八時・学園都市郊外聖域店前。


「…本当に私達だけで乗り込むの?」

「当ったり前じゃん。此処まで来て今更引き下がれないし、来た以上は調べる」

「大丈夫?」


麗二が東皇寺の女子生徒に絡まれていると聞いた勇羅は、悪名高い不良グループ・聖龍が溜まり場にしているバー『聖域』へ潜入する事を決めた。


勇羅に店の情報を送った張本人であり、本来ならば単純に情報を送るだけで、付いて行く筈のなかった瑠奈。あの後勇羅にメールを送ったのがばれて泪に叱られたが、二羽の話で芙海の敵意は実の姉だけでなく、芙海の数少ない友人でもある二羽本人へも向けられているらしい。

彼女は東皇寺とは完全に無関係である筈の、宝條の生徒をも目の敵にしているとも知り、これは芙海がどう言う経緯で。こうなったのか知らなければいけないと思った為、店に向かう勇羅に同行を決めた。解散後家まで送ると言った泪の目を、盗んでこっそりと事務所を抜け出し、すぐにメールで連絡して勇羅と合流した。


更に麗二にしつこく絡んでいる東皇寺の女子生徒が、二羽達との話し合いでも話題で出ていた友江芙海だと知った。お互いの話し合いで明るい茶色に染めた髪に、子どものような話し方をすると言った特徴が完全に芙海と一致していたのだ。予め駅前の駐輪場に自転車を置き、歩いて目的の店を訪れた二人は、周りに見つからないよう、既に陽も沈み周辺の店の明かりがポツポツと付き始めていて、その店の近くの建物と建物の隙間で身を隠し潜んでいる。


「未成年入店禁止…」


ご丁寧にも聖域の店の壁には【写真付き身分証明書必須! 20歳未満入店禁止!】とボードが張られている。


「どーせあいつらは守ってないのにさー」

「私達も人の事言えないよねー…」


これからどうやって店の中へ乗り込むか、小声で話し合っている。勇羅達は当然夜の店への入店すら、許されない学生かつ未成年だし、何よりも今は敵地の真っ只中に乗り込むのと同じ。ガラが悪いのは確実とされる、店の中の連中に見つかったら二人共一貫の終わりだ。


「芙海さん。ここにいるのかな」


二人の目的は数か月前から、『聖域』に入り浸っている友江芙海。本来なら勇羅達と同級生の彼女も、この店に入れない筈だ。響や彩佳から聞いた話が本当なら、元々彼女は姉の継美を陥れる為だけに、宇都宮夕妬や聖龍と知り合い、夕妬の伝手を使ってこの聖域に通い始めた。しかし余りにも早い期間かつ早いスピードで、実の家族を始め親友の二羽だけでなく、学園の周りや他校の生徒にまで、敵愾心を持つなど異常すぎる。


「宇都宮の話も気になるよね。自分達の聖域が東皇寺を操ってるって」

「それから聖龍って、不良グループも気になる。あいつらも宇都宮と関わってるみたいだし」


着ている服に違和感を感じると、パーカーのポケットにしまっていた勇羅の携帯から振動がする。マナーモードにしてあった携帯を確認すると、その届いたメールを見た勇羅の顔は一瞬で真っ青になった。


『To:帰ってこい(怒

文:お前はバカか。さっさと瑠奈ちゃんと一緒に家に帰ってこいクソガキ 悪を成敗する正義の探偵・水海和真』


「誰から?」

「和真兄ちゃん……うん。バレた」


家を飛び出す直前、砂織に行き先を告げず外出した事が見事に仇になった。どうせ調べるだけ調べたらすぐ帰る予定だし、砂織なら見逃してくれるだろうと思ったが、思えば砂織も聖域連中のターゲットに入っていた事を完全に忘れていた。


「……ごめん、勇羅。私もバレた」


瑠奈も顔面からじっとりと汗を流し、無言で自分の携帯に届いたメールを勇羅に見せる。


『To:キレイなお姉さん爆・誕☆

文:何やってんの~? 乙女の夜更かしはお肌に毒よ~?

勇羅ちゃんとあんたの悪事はバレてるから、さっさと帰ってらっしゃい? あなたの茉莉姉(はぁと』


「……うん」


和真も茉莉もメールの内容はかなりふざけているが、相当怒っている。文章を見るだけで伝わってくる。


「あははは……き、今日はもう帰ろうか。帰って今日明日みんなにしっかり怒ら…―っ!?」


二人が気付かない内に、複数の電灯が勇羅と瑠奈の周りを照らし出していた。屈強かつ端正な顔つきをした男達の中心には、周囲の荒々しい場にはまるで相応しくない、雰囲気の美しい少年が立っていた。


「ようこそ僕達の聖域へ。篠崎勇羅君、真宮瑠奈ちゃん」

「お前が……」


勇羅達の目の前に立っている、小柄な少年こそが宇都宮夕妬。東皇寺学園一年生・生徒会役員で宇都宮家一族の一人。



―…。



「あのバカ…っ!」


少し離れた場所で、聖域を観察していた泪と鋼太朗。そして麗二は、宇都宮夕妬率いる聖龍メンバーに連行される勇羅と瑠奈を、遠巻きに見ているしか出来なかった。ここで乱入して乗り込めば、間違いなく二人共危険に晒される。


元々泪は和真に無茶ぶりをする勇羅の見張りをするように、間接的に頼まれていた。麗二は昼休みにおける勇羅とのやりとりで不安になり、夕方頃突如自宅を飛び出した現場を、直に目撃した砂織を通して、和真からの連絡を受けた泪は麗二と共に、恐らくはこの場所へほぼ確実に現れるだろう、勇羅を引っ捕らえるべく、約二時間前から聖域近くで張り込みをしていた。途中バイト帰りの鋼太朗と会い一連の事情を話すと、協力して貰える事になった為、勇羅を連れ戻すと言う名目の元、結果的に三人で張り込みに行く事になった。


「ユウ君の事だからいずれはやると思いました…」


冷静な口調の泪だが声色は低く怒っている。まさか瑠奈までも連れてきているとは思わなかった。友人からの相談を受けた瑠奈の事だ、夕方の話し合いの内容や、その話し合いの途中からの不穏な行動からして、自分から勇羅に同行した可能性が非常に高い。

更に相手が異能力を酷く嫌う面々なだけに、流石に異能力は使わないだろう。使うとなれば瑠奈自身に身の危険が迫る時だ。


「突入するか」

「やり合うには人数が多すぎます。宇都宮一族がいる以上、事を全て揉み消される危険性も考慮して下さい」

「オーケー。異能力使用決定」


異能力を使わなくても、腕っぷしには自信のある鋼太朗だが、権力に揉み消される事が前提なら、異能力が存分に使える。相手の揉み消し体質も存分に利用してやるのも、力を隠して暮らしてる異能力者にとって、ある意味では都合がいい。


「攻撃系の異能力使える奴が羨ましいよ」


麗二が颯爽と念を集中し力を使い、周囲に一定以上の念動力を持つ異能力者しか、察知出来ない結界を張りながら愚痴を溢す。麗二の異能力は周囲に異能力による、人的物理的被害を撒き散らさない事に、特化している能力だ。麗二の念次第では周りの騒音も防ぐだけでなく、物理的な攻撃も防ぐ事も可能らしい。


「でもお前の異能力は、周りを傷つけないだけ十分だ。俺も泪も能力自体は、純粋に攻撃に特化してるからな」


鋼太朗は念を集中させると、右手の掌に重力の球を具現させた。その重力の球を地面に押し込んだ。


「何を?」

「店の周辺に罠張った。間接的に力を使うなら連中に揉み消されても、こっちの素性がバレる危険は少ない」


鋼太朗自身、自分から勉強は苦手と言い張っているが、頭のキレ自体は良い。元々の念動力の制御と精度も、物心つく時から訓練を行っている為に優れているし、異能力研究所の監視や罠を、幾度となく買い潜り抜けて来ただけの事はある。


「麗二君。念のため周りの結界を、高められるだけ強化して下さい。場合によってはあの建物、壊しかねませんので」

「わかりました」


麗二は更に念を両手に集中させると、麗二の周りを中心とした範囲から、地面の小石が動く程度の風が吹いた。麗二の能力の結界を強めた合図だ。


「宇都宮………この世全てが、自分達の思い通りに動くと思うなよ」


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