第36話 勇羅side



―午後六時半・篠崎家リビング。


「ええっ!? 姉ちゃんのスマホにもあのキモいメール来た!?」


和真の車で大学から帰宅して来た姉の砂織から一連の顛末を聞いた勇羅は、遂に聖域の連中は自分の身内にまで、浸食してきたのかと一瞬戦慄が走った。今は東皇寺や宇都宮家周辺の情報収集をするべく、現在は父方一族管轄の会社へ戻った和真と通話中である。


『でも正直助かったよ。あいつらがボロやらかしてくれたお陰で、こっちも堂々と奴らを追いつめられる』


和真の含みを得た台詞に不安を覚える勇羅と苦笑いの砂織。姉弟がそれぞれ宝條学園と神在郊外の私立大学へ進学以来、一先ずは落ち着いたという事で、母親は休職していた会社の研究職へ復帰。同じ研究職の父親と共に、海外を飛び回っている両親以外に現状で頼れるのは、幼少より常に姉弟と一緒だった水海一家である。


「か、和真ちゃん…? まさか私に今の大学休学しろって言うんじゃあ…」

『いや、大学はいつも通り行っててくれ。事が落ち着くまで砂織は俺が送り迎えするから』


和真がいる以上、姉の身の安全はほぼ保証されたので、内心ホッとする勇羅。砂織の通ってる大学は第一志望だったが、合格判定がギリギリだったらしく、砂織は部活引退後。和真を含めた友人達のスパルタによる、必死の猛勉強の末に大学合格をもぎ取った。砂織は自分が頭が悪いのを自覚していて、当然己の生きがいとしている趣味を全て封印しての志望大学合格だ。本来砂織は完全無関係なのに、馬鹿な事件に巻き込まれて、おいそれと大学休学なんか出来る訳がないだろう。


『泪やユキにも協力して貰って、こっちも全力で色々情報収集してるけど、相手はあの宇都宮だからな。家ごと叩き潰す気でやらないと』


ユキとはもちろん雪彦の事。雪彦の話だと、ユキの愛称は親しい相手のみ呼ばせているらしい。雪彦の家も今回の事件の一件を、家族と一緒に全力で調べていると言ってたから、上手くいけば早い段階で情報は集まりそうだ。


「い、家ごと潰すって…」

『分かってないな。上流階級同士の争いに手段なんて選んでらんないよ、少しでも手ぇ抜いたらこっちが潰される』


正直外堀を埋めながら外だけでなく内からも敵を潰す、と言う手段を取れるのは、和真や雪彦の一族だからこそ出来るのだろう。中流家庭で育った身の勇羅達なら、余りにも大きすぎる家の圧力に屈してしまい、到底泣き寝入りしてしまう案件なのだろうと感じた。




―某所。




「ふぅん…水海家が動いたって?」

「ああ。向こうも気づいた見たいで、全力で俺達の事嗅ぎ回ってる」


夕妬は周りなどどうでもいいと言った感じで、猫の様に夕妬へとじゃれついてくる、ウェーブが掛かった明るい茶髪の少女の頭を優しい手つきで撫でる。


「何せ相手は宝條だ。俺達の縄張りから離れすぎてるし、下手すれば」

「大丈夫だよ…全て旨く行く。この聖域の世界は僕達が全てだ、安心して」


それでも東皇寺学園の全てを牛耳り支配出来る、絶大な権力を持つ夕妬ならばともかく、国内に多数の有名人や有力者達が通っているとも噂される、宝條学園の生徒を敵に回すのは、彼ら東皇寺生徒会の者達にはかなり荷が重い。


「夕妬、俺達はお前を信じて良いな」

「あぁ。勿論」


問題は皇コーポレーションと某社日本支部。自分達の完全な管轄外であり、異能力者への偏見もない忌まわしき異端者達。宇都宮と言う遥かる高みを目指す世界にいる夕妬にとって、彼らなど余りにも浅はかかつ愚かで忌々しい存在に過ぎない。


「夕妬くぅ、ん…。わたし、なんだか恐いな…っ」

「ふふっ、大丈夫…僕が君の事絶対に守ってあげる。だから僕の事夕妬って呼んで? ね?」

「嬉しい…夕妬君」


所詮彼らは異端者達の集まりに過ぎない、異端者風情に何が出来ると言うのだろう。強大かつ絶大な権力の前には、どんな力も異端の能力も結局は無力なのだ。欲しいものは何をしてもどんな事をしてでも手にいれる。それが宇都宮のやり方。


「当然【彼ら】にも協力してもらう。僕達は絶対……『僕達に逆らう者』には相応の罰を…ね」

「わかった」


モニターの前に次々と女性の画像が浮かび上がる。画像は宝條学園の女子生徒数名。彼女達もきっと夕妬を理解してくれる。どんな権力にも、何者にも屈しない彼女達なら、きっと夕妬の渇ききった心を甘く満たしてくれるかもしれない。


「遥かなる高みを目指す、僕達の邪魔をするなら………『僕達の聖域』が許さないよ?」


画像を見つめながら、夕妬は幼なげな顔立ちに似合わぬ、少年とも少女とも思えない妖しげな微笑みを浮かべた。


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