36.サラァサは触れ合いたい(4)
全身をガチガチに固めて緊張しているイスナを、とりあえず浴場の
石けんを泡立て、丁寧に、優しく髪を洗う。
(これは……エナ以上に驚き。泡の上からでも艶やかさがわかる)
腰まである黒髪を毛先まで
(例えが変だけど、手が幸せって奴かしら。まったく、どんなお手入れしたらこんな髪になるのかしらねえ。普段はあんなズレた格好してるのに)
「あ、あの」
「ん? なあに?」
「いえ、その。何でも……」
「もしかして、予想と違ってたから拍子抜けした? まあ、アンタの髪の場合、こうして洗ってるだけでも楽しいわよ。新鮮な発見ね」
「あ、ありがとうございます」
「もちろん、ご期待には添うけど――ね!」
言うなり、浴衣の上から胸を
にもかかわらず。
(おおお……これはこれは)
強ばった肩とは対照的に、豊かな両の胸はどこまでもサラァサの指先を包み込んでいくようだった。布越しでもコレとは恐れ入る。
顔と耳を真っ赤にしたまま背筋を伸ばすイスナ。ゆっくり、じっくりと指を動かしながら、サラァサは周囲に視線を巡らせた。
醜態に気付いた他の客たち――特に若い男たちの目が、皿のようになってこちらに向けられている。
「ふふ」
サラァサは満足気に微笑む。
するりと、イスナの背後から横に移動する。まるで甘える猫のように、頬をイスナに擦り付ける。
そうすると必然的に――。
「サ、サラァサさん。む、胸が……」
互いの、十分すぎるほど育った胸が触れ合う。形を変える。
その
視線に気付いているのか、いないのか。目尻から溢れそうな涙を指先でぴんと弾いて、サラァサは離れた。
「はい終わり。よく頑張りました」
「はえ……?」
「疲れた? けどもうちょっと頑張ってね。今度はアンタじゃなくて、マスターのためだから」
「ふえ……?」
呆けた返事をするイスナの手を引く。ようやく上体を起こしたエナも引き連れ、ついでにアトロも呼んで
まだ熱に浮かされたような二人と、「何と声をかけるべきか……」と困った様子のアトロに向かって、サラァサは
「これから皆でマスターの身体を洗ってあげましょう」
「み、みんなで?」
「そ。さっきのでエナとイスナの魅力はわかった。アンタたちは十分、絵になる。せんせーはアクセントにぴったり。いい? マスターは目立つのが苦手な方。だけど、このままじゃもったいないわ。ご自分でアピールできないのなら、私たちがマスターを引き立てるのよ。あの方は周囲からの
エナたち三人は赤らんだ顔を見合わせた。
「けど、コウタがそれを承知するかしら」
「いいのよ。ちょっとの間だけそれっぽくすれば。何のためにアンタたちに恥ずかしい思いをさせたと思ってるの。ほら、今なら男どもの視線が釘付け。綺麗になったカラダで、マスターの周りを固めましょ」
サラァサは立ち上がり、コウタの元に歩いて行く。彼女の勢いに押されるように、エナたちも付いていく。
顔を上げられないまま、イスナとエナがつぶやく。
「サラァサさん。大胆過ぎます……」
「あなた、コウタに嫌われるのは嫌だったんじゃないの……?」
「だって私は、サラァサだもの。マスターの器量と色気を世に知らしめるためなら、何だってするわ」
振り返って、輝く笑みを向ける。
「それに、アンタたちみたいな美しく頼もしい仲間がいるのに、協力しないなんてもったいないわよ」
――そして。
サラァサの目論見通り、ゆったりと休んでいたコウタの周りを仲間たちが囲み、寄りかかった。
「い、いつも世話になっているし……これはお礼……ってことで」
「コウタさん……し、失礼します」
「担当官として、生徒の成長は見守らないとな……」
「ふふ。マスター、ご覧下さいな。あなたの姿、多くの人が
その姿はまるで一枚の絵画のようで――。
今度こそ、はっきりとしたどよめきの声が上がった。
――更衣室。
案の定、コウタは居たたまれなくなったように浴場から上がった。
どこか残念そうなエナとイスナを残し、サラァサは主の後を追い、更衣室に入る。
着替えをしているコウタの背後にかしずいた。
「……僕はあまり目立つのが好きじゃないよ。皆を見世物のようにするのも」
「承知しておりますわ。ですが、主の苦手な部分を補うのが従者の役目です」
サラァサは答える。コウタのため息が聞こえた。
「そんなに必要かい? 偉そうに振る舞うことが」
「偉そうではなく、実際に偉いのです。それを示すことはあなたのためになると、私は確信しています」
いつになく、真剣な声音であった。
今度は、コウタはため息をつかなかった。着替え終わり、サラァサに向き直る。
彼は、静かに告げた。
「サラァサ。一時的とは言え、魔力を失ったことを気に病み、何かしようと悩んでいたのは知っていたよ。でも、こんなことをしなくてもお前は十分、役に立ってくれている。それは伝えておきたい」
ふふっ……と笑みを漏らすサラァサ。面食らったコウタを彼女は見上げる。
全幅の信頼と、感謝と、思慕の念を込めた瞳で。
「そうおっしゃってくれるあなただからこそ、私は、私のすべてを懸けて、マスターを盛り立てたいのですわ。これまでも。これからも」
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