34.サラァサは触れ合いたい(2)


 さっそく目に付いた雑貨店に入る。店内は色彩豊かな品々にあふれていて、思わず「ほほう」と声を漏らす。

 迷った末、雑貨店では石けんを購入した。肌を清潔に美しく保つのは基本中の基本だ。着色された新品の石けんを見て、何だか可愛らしいと思った。


 次の衣料品店では下着を買った。とにかく際どいモノを選んだ。主の驚いた顔を想像すると自然とにやけてしまった。


 次も衣料品店。こちらでは普段着だ。ヒラヒラのツーピース。色は髪に合わせて薄い緑。下着とのギャップを出すために、敢えて清楚系を選ぶ。ただし、スカート丈は気持ち短めに。


 購入後すぐに着用すると、店員が「先ほどまでお召しになっていた服はいかがしますか?」と聞いてきたので、「このまま持って帰る」とサラァサは答えた。

 仲間の少女たちがくれた服を無下むげに処分するのは気が引けた。どのみち、旅をしていれば布は何かと重宝ちょうほうする。



 ――めぼしい店を一通り回った頃には、サラァサはすっかり上機嫌になっていた。

 鼻歌を歌いながら意気揚々いきようようと路地を歩く。


 しばらくして、ふと三人組の男に行く手を遮られる。

「よう。あんた、ひとりかい?」

 一番先頭に立っていた細身の男が声をかけてくる。


 サラァサの表情がすうっと消えた。


 無視して脇を通り過ぎようとするが、細身の男に手首をつかまれる。残りの二人は、素早くサラァサを囲んだ。

「俺たち暇なんだ。良かったら遊んでくれよ」

「へえ」

 口の端を引き上げる。

「それは残念ね。私が本調子なら、お望み通りもてあそんであげたのだけれど」

 男たちが眉をひそめた。思っていた反応と違うことに、次第に苛立ちを募らせていくのがわかる。


「いいから。俺たちのところに来いよ」

「あと二百年修行していらっしゃい。坊やたち」

「……おい。今、なんつった」

 男たちが青筋を浮かべてすごむ。サラァサは一言ずつ区切って、繰り返した。「ぼ・う・や、と言ったの。そうでしょ? ぼ・う・や」――そして艶然えんぜんと笑う。


 男たちの忍耐はあっさりと限界突破した。サラァサに掴みかかる。魔力を失い、ただの人間の娘に等しい彼女は、すぐに壁際まで追い詰められた。

 乱暴に掴まれた拍子にツーピースの上がはだけ、輝くような白い肌とともに見事な二つの膨らみが男たちの目にさらされる。

 三人は雁首揃がんくびそろえて、いっせいに唾を飲み込んだ。


 この女、口調は生意気だが力は弱い。今すぐにでも、極上の身体にありつける。あのもっちりとした肌、見るからに柔らかそうな胸をこの手で――。


 そこでふと、男たちの頭に疑念が湧く。

 なぜこいつは。こんな状況なのに、胸を隠そうともせずに堂々と立っていられるのか。

 男たちが、サラァサの顔を見た。

 サラァサは、ゲスな男たちの顔を見返した。


「下がれ、人間。この身体は、アンタたちごときが触れていいものではない」


 血のように赤い瞳で。

 脳に風穴を開けるかのような鋭く尖った言葉で。

 そう、宣告する。


 男たちはようやく理解した。自分たちが『人外』を相手にしていると。

 短い悲鳴を上げ、彼らは這々ほうほうの体で逃げ去っていった。その情けない後ろ姿を一瞥いちべつすらせず、サラァサは乱れた衣服を余裕の態度で直した。


「……ねえ」

 声をかけられ、振り返る。買い物帰りらしい中年の婦人が、驚きの表情で立っていた。

「あなた、凄いわねえ。睨んだだけで追い払ってしまうなんて。あいつら、街でも有名なろくでなしだったから、これは大声出して助けてあげなきゃって思ってたんだけど」

「ふふ。もう少し怯えた方がよかったかしら?」

「強いわ、あなた」

「そうでもないから。ご主人様に仕える女としては、まだまだ。あのお方のために、もっと自分を磨かないと」

 そう思ってたくさん買い込んだしね、と笑顔で買い物袋を見せる。中年婦人は感心した。


「あなたのような人にそこまで想われるなんて、そのご主人様は幸せ者ね」

「幸せ者……」


 歩き去って行く婦人を見送りながら、サラァサはふと想った。

 仲間の女たちは、コウタがはべらせるのに相応しいだろうか。

 確かに素材は申し分ない。けれど、もっと磨き輝けるのではないか。

 自分も含め、彼の側にいる女たちが誰の目にもわかるほど素晴らしければ、必然的にコウタの『男』も上がるというものだ。


「うん。良い考え。あの子たちにも頑張ってもらわなきゃ」

 くすりと笑う。


 いつの間にか、サラァサの不安は薄れていた。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る