33.サラァサは触れ合いたい(1)


 イスナの魔法料冶のおかげでコウタは順調に回復し、翌日にはベッドから起きて動き回れるようになっていた。

 それにともない、サラァサも寝たきり状態から回復した。


 ただ、完全回復とはいかなかった。

 魔力が、戻らないのだ。

 以前のように浮遊したり姿を消したりすることはおろか、簡単な魔法ひとつさえも使えなくなっていた。

 今のサラァサは、エナやアトロは元より、イスナにすら能力的に敵わない、非常にもろい存在になってしまったのだ。


「ま、そのうち元に戻るでしょうよ。そのときはもっとパワーアップした私をご覧に入れますわ、マスター」

 無理はしなくていい、とコウタは言うが、サラァサは胸を張る。

「何と言っても、私はあなたのサキュバス。サラァサですもの。世界最強最高の王に仕える者が、これくらいのことでへこたれてなるものですか」

「相変わらず自信たっぷりなのね」

 エナが呆れ半分、安堵半分にため息をつく。イスナやアトロも「元気そうで良かった」という顔であった。

 サラァサは「当然!」とばかりに豊満な胸を張った。


 唯一、主であるコウタだけが笑みを見せずにサラァサの横顔を見つめていた。



 ――その夜。

 サラァサは眠れなかった。

 ベッドに横になりながら、すでに安らかな寝息を立てているコウタを切なそうに眺めていた。


 昼間、仲間たちに向かってさも「気にしていない」という態度を取ったが――あれは虚勢だった。

 本当は、役立たずになってしまったことで、敬愛する主に捨てられてしまうのではないかという不安に怯えていたのだ。


 コウタがそんなことをする人間でないことは知っている。

 魔力もじきに戻るだろうとも思っている。

 けど、万が一。万が一。

 コウタとの繋がりを断たれてしまったのなら。

 また、あの暗く恐ろしい空間に閉じ込められてしまったとしたら。

 そのときは、もうどうなるかわからない。自我を保っていられるかわからない。


 サキュバスにとって、夜は味方だ。しかし、今のサラァサにとっては、夜は暗闇そのものであり、狭い空間に自分を押しやろうとする存在であった。


「私は、どうすればこれからもマスターの側にいられる?」

 彼の従者として隣に居続けるには、何をすればいいだろう。

 サラァサは考えた。


 そのとき頭に浮かんだのは、イスナの顔だった。

 彼女はここ数日で目覚ましい成長を遂げていた。少なくともサラァサにはそう見えた。自分の新しい可能性を開花させ、それをもってコウタの力になることができたのだから。

 イスナが身につけたような自信を、自分にも。

 そのためには――。


 サラァサは一晩中考え続けた。



 ――翌日。

 サラァサが出した答えは、「残された自分の魅力でコウタを癒すこと」であった。

 魅力。すなわち、エナにもイスナにも――もちろんアトロにも――負けない、『女としての魅力』である。


 コウタの従者として生き始めた最初のころ。肉体的にアプローチしてことごとく受け流されたことは、今もよく覚えている。

 が。

 だからと言ってコウタが女の温もりをまったく求めていないとは、サラァサには思えない。

 魔力を失った今だからこそ、一人の女として彼に肉体的な安らぎを与えたい。

 そのためには、もっと自分の身体を磨かなければ。

 幸いにして、仲間の女たちは初心うぶばかり。この役割がこなせるのは自分しかいない。

 サキュバスの腹は決まった。


「サラァサ? どこに行くんだい」

「ごめんなさいマスター。ちょっとお買い物に行ってきますわ」

 そう言い残して、ひとり宿を出る。


 まずは服だ。

 これまでは魔力で身にまとうものは自由にできたが、今はそうはいかない。宿から借りた貫頭衣と、イスナが持っていた地味な私服ぐらい。

 こんなものでは、主の夜を満足感のあるものにできない。

 ここオールデンはそこそこ規模が大きく、しかも魔法料冶を一種の娯楽として受け入れているほど華やかな街なので、衣類の質も量もなかなかである。

 気合い十分で目抜き通りを歩く。

 そこでふと、気がついた。


「そういえば私……私物をひとりで買いに行くのは初めてかも知れない」


 まるで人間の生娘きむすめのようだ、とサラァサは小さく笑った。






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