第105話 瑠奈side



ルシオラ達の協力を得て、再び能力を使い泪の精神世界へ乗り込んだ瑠奈。だが今度は深層心理下の泪と、直接合間見えなければいけない。深層心理への干渉は心臓に刃物を突き刺す行為だと茉莉は言っていた。最悪瑠奈自身にも、大きな影響を及ぼし兼ねないと。今回行う精神干渉は確実に危険な行為だとも。


「やっぱり真っ暗だ」


前に泪の精神世界へ、侵入した時と全く同じ光景だった。唯一違うのは前回入った時と比べて、さほど不快を感じないと言う事か。



『か···―···。···聞こえるか』

「え、ルシオラさん?」



突然ルシオラの声が瑠奈の脳内に語りかけてくる。今意識を失っている自分の身体は、ルシオラ達が預かっている筈だ。精神感応能力の制御に優れている琳ならともかく、他者の精神世界へ干渉中の精神体に話しかける事自体が、異能力者にとってもかなり高度なのだと、茉莉や琳の父親でもある叔父から聞いていた。


『私の思念を泪の脳内へ送り込み、干渉中の君に直接語りかけている』

「···干渉中に話しかけるのは、私の知ってる中じゃ、琳しか出来ないと思ってた」

『サイキッカーの思念は、通常の異能力者と比較にならない強い。君の従姉妹程ではないが、ある程度なら他者の精神世界に干渉出来る』


精神世界に潜り込んでいる自分と直接会話出来るのは、琳と同じ能力を持っている叔父と、父親の能力を引き継いだ琳だけなのだと思っていたが、精神世界への干渉は念動力の制御次第では、サイキッカーでも行える事と言うことなのだろう。


「琳の異能力は、精神感応(テレパシー)の能力に特化してるんです。精神干渉の能力を使って、無防備の私に何かあったら、大抵琳にサポートして貰ってたし」

『なるほどな。彼女は精神干渉中の君との会話も、大したリスクもなく可能だったのか』

「この能力(ちから)を使ってる間は、私自身が完全無防備になっちゃいますからね。その点琳なら精神感応の精度も高いし、私の身に何かあっても外の琳から、物理的に私の意識を起こして貰えるように、使う時は毎回手伝って貰ってました」


真っ暗な瑠奈は思わず苦笑いする。これまでは万が一を考え、琳に手伝って貰っていた。今回は琳を始め精神感応能力者の協力を、ほとんど得られないのだ。泪の深層心理を壊すと決めた以上、前回の事もあるので長居は出来ない。


『泪は既にこちらで気絶させている。彼の防衛規制は見つかったか』


能力を使って意識を失った瑠奈同様に、泪もルシオラ達によって意識を失わされたようだ。


「今の所、防衛規制には会っていません」

『今の泪と同じ姿をしているからすぐに見つかる。それこそ現在の泪の価値観を司る重大な存在だ。それを破壊すれば泪の価値観は覆される』

「防衛規制を···」


泪と同じ姿をした防衛規制こそ、泪の価値観を司る存在。同時にルシオラや茉莉が言う以上、防衛規制は泪の第二の心臓のようなもの。今まで過酷な経験をした泪を、いかなる手段を用いて自らの手を汚す事も構わず泪を護って来た。何よりも誰よりも泪を理解し、ただ本当の泪を護る為だけに、数多くの数え切れない位の悪意を、一身に担い続けたもう一人の泪。



「······いた」



具現化した光輪の灯りを頼りに、暗闇の中を真っ直ぐ歩いて行く瑠奈の前方に人の姿が映し出される。一面真っ暗闇の世界に佇むのは薄紅色の髪の青年。


「お前は···っ」


青年は間違いなく泪だ。精神世界へ侵入する直前と同じ服装をしている事から、彼が防衛規制である可能性が高い。



「また来たのか。何をしに来た」



『また来た』と言う事は、泪は瑠奈が自分の精神に干渉した事を覚えている。


「決まってるよ。お兄ちゃんを助けに」


瑠奈の笑みを見た泪は、その笑顔に返すように笑みを浮かべる。だがその笑みは自虐とも嘲笑ともとれる、歪(いびつ)な笑みだった。



「何を馬鹿な事を······。あなたが何をどう足掻こうが無駄ですよ。あなたごときが世界中に絶大な権力を持つ、宇都宮一族に敵うとでも?」



宇都宮一族をやたらと神格視する泪。己を護り続ける為に、常に本当の自分を偽り続け矛盾した言葉を吐く。彼は間違いなく泪の『防衛規制』だ。


「勝つよ。私はあいつらを許さない。だからあなたにも勝つ」

「······ならば殺りなさい」


自分を壊すと宣言した瑠奈に、目の前の泪は更に歪な笑みを浮かべて勝利を確信した。


「僕はあくまでも赤石泪の『防衛規制』です。あなたが僕を消した所で泪が受ける心の傷は、更に深くなっていくだけ。『真宮瑠奈が赤石泪を傷付けた』と言う、致命的な傷がね」


防衛規制の自分を傷付けると、泪にも致命的な傷が残ると告げた、泪の背後から一人の女が現れる。暗闇から現れたのは長身で濃い紫色の長い髪の女。瑠奈は女を一度だけ見た事があった。水海家から帰る途中、ぶつかりそうになった所を会った女。



「う、宇都宮······小夜」



瑠奈の口から絞り出すかのように、出た女の名前は宇都宮小夜。恐らく彼女が、鋼太朗やルシオラが話していた宇都宮小夜だ。


「···そうよ瑠奈。泪の『支配者』はこの世界で私だけ。『生塵の泪』を支配出来るのは私だけなの」


泪は自信満々に断言した小夜に、瑠奈のこめかみがヒクヒクとひくつく。いくら精神世界の中とは言え、これほど怒りを覚えたのは久しぶりだ。


「泪のご主人様は私よ。あなたごとき小娘に泪は救えない、だってあなたは泪に何もしなかったじゃない。私は泪に全てを与えて上げられる最高のご主人様。怒りも痛みも悲しみも憎しみも、何もかも泪が望むもの全て私が与えられる」


やはりここに居るのは、泪の精神の中の【宇都宮小夜】だ。現実世界の宇都宮小夜は、瑠奈をどう見ているのか知らない筈だし、血縁と言え男の夕妬を使えないゴミと言い放って、簡単に切り捨てたと聞いた。


「そう言う事ですよ。彼女は僕の望むものを与えてくれる」

「うふふっ···。だって私は泪の全てを知っているもの。髪も···瞳も···肌も······爪先までのひとつひとつ。泪は全部私のもの。あなたみたいな小娘に何が出来るの?」

「ぐぐぐっ···」


今この場で宇都宮小夜を全力でぶん殴ってやりたいが、殴ろうとすれば恐らくは、泪の防衛規制が盾となり小夜を潰す事すら許さないだろう。



『待て。その場所にいる防衛規制には、説得以前に会話自体が成立しない。まずは防衛規制の力の元となっている、原因を探す方が先だ』



ルシオラの声が、再び瑠奈の頭から聞こえる。瑠奈達の会話を傍観していたようだ。今この場の防衛規制に一切の会話が通じないと言う事は、精神世界のどこかに防衛規制の力を、増幅させている何かがあると。


「···わかった。ひとまずここから引き上げる。でもね、私はお兄ちゃんを助けるのを諦めないから」

「何を企んでいるのか分かりませんが。······あなたがどこで『何をしても無駄』なんですよ」


一先ず防衛規制の側から離れた瑠奈は、ルシオラの声に導かれ再び暗闇を探索を再開する。離れる寸前。防衛規制が放った言葉が、少々頭に引っ掛かるが、防衛規制の力を弱めなければいけない以上、気にしている暇はなかった。


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