第103話 和真side
「あぁ。陸道教授なら、俺も噂程度には聞いた事ある。理学物理学は勿論、あらゆる異能学に通じた天才で、異能力研究の基礎部分を解析したのは彼らしい」
陸道伊遠の存在は和真も親族を通し、噂でならば聞いた事がある。特殊異能学会の若き最高権威と称された才媛だが、ある日突然学会を追放され、教授として教鞭を取っていた大学も、学会追放と同時に彼は消息を絶ったと。
『陸道教授は親父の同期。実は追放直後から裏社会で、モグリの家電修理工をしながら色々な場所を、転々としていたそうなんですが、今は知人の伝手で聖域の職員やってるそうです』
「待て。その教授確か、自分が異能力を持っていたのがバレて···」
和真はほんの一部分ではあるものの、伊遠が学会を追放された経緯を思い出す。彼は何者かの工作により自身が異能力者だと発覚し、異能力者である事を表に口外しない事を引き換えに、学会を追放されたと。
『いえ。彼も親父と同じ異能力者であるのは事実で、追放された理由も彼が異能力者であることが関係しています。ですが陸道教授は、泪やファントム総帥と同等の能力を持った『サイキッカー』なんです。彼の学会追放は当然異能力者であることと、彼の研究者として優れた資質を妬んだ、宇都宮一族の工作もその一つにあります。実際は学会内の権力争いに嫌気が差して、教授は学会側の要求を全て突っぱねて、表そのものから去りました。最近親父が情報交換している相手がその陸道教授』
「要求を突っぱねた?」
『学会側も口先ばかりで自分達の妨害ばかりする、宇都宮一族に辟易(へきえき)していたのと、それ以上に陸道教授が大学の学会で発表した研究資料が、学会側としては喉から手が出るほど、欲しいものだったんです。
学会側は教授が異能力者である事を、表に明かさない事と引き換えに、全ての研究資料を学会に残すよう、陸道教授に要求しました。ただ陸道教授は学会側全ての要求に、ノーを突き付けて去りました。しかも自分の研究資料や個人情報諸々、全部持ち出して夜逃げ同然で表から消えたんで、資料を持ち出された学会側は追放当時大混乱に陥ったらしいっす』
「マジかよ···」
鋼太朗の話を聞く限り、伊遠と言う人間は相当ネジの飛んだ人物と見える。学会連中に美味い汁を吸わせんと、自分の研究した異能学の資料を含めた、自分の存在を徹底的に表から抹消し、今まで雲隠れして暮らしていたとは。
『それから今、あちこちで暗躍してる玖苑充。実は陸道教授の元弟子なんです。昔、充が独自に進めている異能力研究に猛反発した陸道教授が、充を強制的に破門にした。親父が言うには充の研究は、人の世に出してはならない物だったらしいとか···』
そして学会の腐敗に失望して表を去った天才が、外道に堕ちた元弟子に引導を渡すべく、聖域の一員として再び表舞台に上がろうとしている。
「そういや陸道教授って、噂じゃ見た目が俺らと変わらない年齢の容姿だって···」
『これも親父から聞いたんですけど、教授の見た目が若いのは『サイキッカー』である事の反作用です。教授は普段、ほとんどの念動力を異能力制御に回してるそうです。研究所拘束の難を逃れたのも、持ちうる念の大半を能力の制御に回しつつ、自分の思念を研究所や表の連中に感知出来ないようにしてる』
サイキッカーの反作用とは、精神だけではなく外見にも影響を及ぼすものなのか。
『それと······。これも真宮先生から聞いたんですが、瑠奈が持つ精神干渉の異能力なら、泪を救える可能性がある。瑠奈の能力次第で泪は回復すると言っていました。ただ政府から直々公表されてる以上、泪の方は···』
瑠奈の精神干渉の能力なら、泪を救える可能性がある。例え泪の心が救われたとしても最悪の場合。泪も瑠奈も【こちらの世界】へ戻れなくなる。
『和真先輩、くれぐれも政府の動きには気を付けて下さい。郊外都市部の異能力研究所の連中が、皇コーポレーション周りを彷徨き始めてます』
「あぁ。雪彦の両親なら上手く立ち回りしてくれるだろうが、念を入れてこっちも父さん達に、警戒しておくように伝えておく」
自分達にも権力があると言え、下手にこちらから攻勢に出れば、自分の身内周りにまで探りを入れられ、最悪政府から脅迫の材料にされる事になりかねない。しかも自分の所だけでなく、既に雪彦の周りにまで検査の手が出始めている。皇コーポレーションは積極的に異能力者の受け入れを行ってきたが、今の状況では異能力者の受け入れを、中止せざるを得なくなる。それでも広範囲に繋がりのある雪彦の両親の事なら、まず問題ないだろう。
「お前はどうするんだ? 身内や周りの件で宇都宮も関わってるんだろ。下手すればお前も、学園内でESP検査受ける羽目になるぞ」
鋼太朗も既に危険な橋を渡っている。居場所を奪われた異能力者達が、集まる郊外裏通りへ頻繁に足を運び、更にファントムとも接触しているのだ。市内全体に検査の手が回っていると言う事は、現在宝條に通っている鋼太朗や麗二も危ない。二人が宝條学園を去るのも時間の問題だ。
『······この際だと思って、親父から泪の事も聞き出しました。あいつはもう完全に一線を越えてます。もしも泪の無事を確認出来て、瑠奈の能力であいつを救えたとしても······。泪は和真さん達の所へ二度と戻れない』
「!?」
泪は『人間』としての一線を越えている。つまり表では決して犯してはいけない事を、犯してしまっていると言う事実。恐らく鋼太朗は暁研究所に所属していた、泪の情報の全てを聞き出せるだけ聞き出したのだろう。
「まさか······っ」
『······実は東皇寺の件で、いや。それより前にもあいつは······とっくに···っ』
かつて研究所に居た鋼太朗は、異能力研究所で異能力者が、どのような仕打ちを受けたのかも知っている。だが間接的に父親に庇われていた鋼太朗は、能力者としての検査や基本的な訓練だけで、複雑な家庭環境を持つ麗二同様に、被験者としても大した被害を受けていなかった。
しかし麗二や和真以上の念動力と異能力を持った泪は···―。
「·········お前はどうするんだ?」
『···俺はこの件が終わったら暁へ戻ります。宇都宮一族がこの程度で折れるとは到底思えないし、俺も元いた暁村でまだやり残した事がある』
あれから鋼太朗とも色々話を聞いた。彼は元々暁村に居たが、異能力研究所へは外から通っていたらしく、学校も一貫して村の外の学校へ通っていた。両親の意向により隔絶された村の空気からは、徹底して離されていた。何よりも暁村には宇都宮本家が存在する。恐ろしい事に村中の人間が、神のように宇都宮一族を慕い称えている。
病的にまで宇都宮一族を神性化する、暁村の人間は村の外の人間を徹底的に嫌う。元々は外部の人間である四堂一家を、よく思っていなかったらしく家族は常に村八分状態だった。鋼太朗曰く『若者すら村の外から出る事を嫌う異常な村』であると。鋼太朗や彼の父親である両兵から、もたらされた情報で確認出来たのは、暁村内には二ヶ所の異能力研究所が存在する事。
以前両兵が管轄を担当していた場所は、両兵が失脚した事により既に政府の管轄に置かれている。そしてもう一つは宇都宮一族が管轄に置いている研究所。この研究所は国内でも異能力研究が、頭二つ以上進んでおり研究所にとって、ただの研究対象でしかない、異能力者に対する非人道さも一際際立っていたと。
「やり残した事?」
『······暁村の外へ絶対に連れ出すと、約束した相手がいるんです。俺の本当の目的はまだ果たされてない』
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