第102話 和真side



―同時刻・郊外某所オフィス。


「な、んだと···?」

『研究所辞めて、今郊外の大学で教鞭取ってる親父から聞いたんで確実です。玖苑充が異能力者を集める為に国内全ての公的施設へ、ESP検査強制の根回しをし始めてると。真っ先に神在に狙いを定めたのは、異能力者の受け入れが最も進んでいるから、まず其所(そこ)を潰して異能力者集団ファントムとして、抵抗を続ける異能力者達への牽制と、能力者捕縛への足掛かりにするつもりでしょう』


学園へ通いながらその裏では、異能力研究所の非人道的研究を、わだかまりの解けた父親のバックアップを元手に、研究所の行為を表社会へと晒す活動を、密かに続けている鋼太朗からもたらされた情報。それは自身も異能力を持つ和真にとっても、衝撃的かつあり得ないものだった。ひとつは前回、泪の携帯から掛けてきた、玖苑充と言う男が自身が秘書として務めている議員を利用し、人間社会に隠れている異能力者を探し出すESP検査の強制を、国内の人間全てに要求しているとの噂。


手始めとして充が目を付けたのは、普段から積極的な異能力者の受け入れを掲げる神在市が、真っ先に検査対象に上げられ、数日以内に全ての神在在住の住民に対し、ESP検査の通知要求を発送していると言う事。和真は深刻な面持ちで、鋼太朗の話を携帯越しから聞いていた。


『その、ESP検査の通知勧告が親父の大学にも来たんで。まぁ大学側が【聖域(サンクチュアリ)】の管轄下だったから、本格的な検査のメスが入る事だけは徹底して阻止しましたが』

「?」


【聖域(サンクチュアリ)】と言う名を、和真は始めて耳にする。異能力者集団ファントムや異能力者狩りの実体は、会社一族の跡取りとしてある程度把握しているが、聖域の名前は東皇寺の事件で聞きかじった程度。その聖域と同じ名前の店も事件解決と同時に、建物の取り壊しが決まった筈だ。


「つか聖域って···。数週間前に起きた、東皇寺の事件で取り壊しが決まった店だろ」

『その【聖域】は、東皇寺が関連した事件とは全くの別物です。何でもファントムや異能力者狩り以上に、多くの機関と関わっているとか。政府側上層に【聖域】と、繋がりがある要人が居るんです。その要人が国内政府最大の抑止力(ストッパー)になっている以上、政府も安易に手出し出来ない場所が、幾つか出てきてますし。俺が【聖域】に関して知ってるのは、あくまでこれだけ』


聖域と言う組織については、情報収集の為に神在郊外の裏通りを、頻繁に行き来している鋼太朗も多く知らないらしい。それでも表社会にまで強い影響を及ぼしているのは、【聖域】は相当手腕の強い組織だと思われる。


「······まぁ。充が秘書を務めてる議員の方に、あれだけの広範囲を根回し出来るだけの権力なさそうだけどな」

『親父も言ってましたよ。充の方がその議員を何らかの圧力使って操ってる見方が強いって』


秘書でありながら、一介のしがない議員を一方的に手玉に取り、それを裏で巧みに操作する玖苑充の手腕は相当のものだと。聞き終えると、和真は数日前から鋼太朗に頼んでいたある依頼を口に出す。



「もう一つ。泪と連絡は取れたか?」

『······いいえ』



あれ以来、泪とは全く連絡が取れなくなった。通常時に使っていた端末アドレスだけでなく、私用アドレスすらも完全に解約されており、当然同じアドレスを知っている鋼太朗の方にすら、泪から連絡は一切ないようだ。


『後。一時間前に真宮先生からも連絡があって、幸い瑠奈の方は無事だそうです。先生の話だと、瑠奈はファントム支部に居る』


泪の突然の失踪に続くように、数日経たずに失踪した瑠奈。鋼太朗と共にファントム支部へ行ってから、瑠奈も様子がおかしいと茉莉から聞いていたが、どうやら彼女はファントムへ連れて行かれたようだ。総帥と個人的に面識もある彼女が、何故ファントムに連れて行かれたのかは分からないが、異能力者である彼女もファントムに、目を付けられたのだけは間違いない。


『ただ。真っ先に神在がESP検査の対象になった以上は、瑠奈にはそのままファントムに滞在して貰うと話していました』

「そうか···」


ファントム総帥が信用出来る人間と言うのは、茉莉のお墨付きらしい。ただ和真個人としては、どうしても納得がいかない。最も自分が異能力に対する理解者に、恵まれ過ぎているのもあるのだろうが、和真自身があまりにも人間の社会に浸かりすぎているのも原因なのだろう。


『真宮先生の話だと、瑠奈の奴。ファントムの強硬派···玖苑充にに身柄を狙われてる。そっちの方はファントム総帥が、瑠奈個人に協力してくれているらしいので、しばらく心配はなさそうなんですが。琳ちゃん共々しばらくの間、学校は休学するって』


瑠奈だけでなく琳までもが、宝條学園を休学する事になろうとは。神在における異能力者への迫害が、ますます活発化してきている。異能力者迫害が緩い神在に対して、真っ先に検査の手が伸びたと言う事は、玖苑充と言う男は本格的に異能力の排斥を目指しているのだ。


更にはどう言う理由なのかは分からないが、瑠奈はあちらこちらで暗躍している充に、身柄を狙われていると言う事か。充に目を付けられたのは恐らく、瑠奈自身が持つ精神干渉の異能力が関係しているのだろう。瑠奈は泪の精神世界に干渉したが、瑠奈の方が泪の精神に呑まれかけ、結果的に干渉は失敗に終わっている。


茉莉が瑠奈をファントム総帥に任せたのも、彼女の能力が原因。異能力で巻き込まれるならば、表社会の権力でものをいわせるより、異能力者集団に身を置いていた方が、異能力者にとって最も安全とは何とも皮肉過ぎる。


『それで和真さん。···陸道伊遠教授って人、知ってますか』


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