第77話 瑠奈side



―午前七時・ルシオラのマンション。


「ねぇ、こっから出してよ」

「悪いけどそれは出来ない。ルシオから君の事、見張ってろって言われてるし。それ以前に君をこの部屋から出すこと自体許可出来ない」


「せめてウチに電話くらい掛けさせて。私は訳も分からず、この場所に連れて来られたんだよ」

「それも許可出来ないよ」


突然ルシオラによって昏倒させられた挙げ句に、いきなり知らない場所へと連れてこられた瑠奈が、意識を取り戻したのは日付が変わった翌朝。ベッドから起きあがった瑠奈は、ファントム総帥直属の部下と名乗る少年・クリストフから一通りの説明を受けていた。


説明前に出された朝食に、何か入ってるのではないかとクリストフを疑ったが、ルシオラはそんな卑怯な事しないとクリストフに一蹴された。しかし情けない事に腹の虫がなってしまい、昨日は夕食も何も食べていなかったので、遠慮なく出されたフレンチトーストとハムエッグとサラダを、大袈裟だが両手を併せ「いただきます。」と言った後に全部平らげた。角煮にもきちんとペット用の食事が用意されていたらしく助かった。


ルシオラが瑠奈をファントムへ連れて来たのは、あくまで瑠奈自身があの赤石泪を、ファントムへ本格的に引き入れる為の保険だと言う事。そして瑠奈一人では寂しいだろうから、すぐ近くで繋がれていた角煮も一緒に連れて来た事。


クリストフの説明だと、ルシオラが借りているマンションの中でなら、自由に過ごしても良いと言う。しかし半ば誘拐に近いとも言える状態で、ファントムへ連れて来られた瑠奈にとって最も困るのは、現状ルシオラの許可がない限り、マンションからの外出や外部への連絡が出来ないと言う事だ。


実際、意識を失う前は携帯を持っていなかったのだ。明確な連絡手段もないままここに連れてこられたので、事実しばらくの間は両親をはじめ家族や周りの友人達には、一切の連絡が取れない事だった。


「じゃあ学校どうするの? 夏休み前だし、まだ短縮授業中だから良いけど、今携帯持ってないから欠席とかの連絡出来ない」


せめて固定電話があれば、誰かに連絡自体は出来たのだろうが、マンションの主であるルシオラは、末端の構成員にすらこの場所を感づかれないように、周辺を念入りに警戒しているようで、電話の契約をしていないとも言われ、事実上瑠奈は外部への連絡手段を絶たれてしまったのだ。


「···君学校行ってんの? ねぇ、学校ってどんな所? その、君の行ってる学校に学校に学園祭とかあるの?」


学校と言う言葉に反応したのか、クリストフは目を輝かせながら食い付いてきた。まさかとは思うが彼は学校を知らないのか。


「ク···クリストフって見たところ、私と私の友達とあまり変わらないよ、ね。学校···行ってないの?」


瑠奈はぎこちなくも目の前の彼―クリストフの名前を呼び、学校へ行ってないのかと質問する。名前や容姿からして彼が日本人でないのは確実だが、日本語はルシオラと同じく凄く流暢であり、話していると自分や勇羅達と年齢は変わらない。


「学校って名前は知ってるし、どんな所かも一応知ってる。ただどちらかと言うと、研究所生活の方が長かったし、あいつらは異能力の研究や実験ばっかりで、まともな勉強すら教えてくれ無かったしさ···。実際読み書きや勉強は、ルシオやルミナ達に教えて貰ってるから、世間的な知識そのものは問題ないけどね」

「あ······」


彼らが異能力研究所でどのような事をされて来たのかは、聞かない方が良いのかもしれない。暁研究所に所属していた鋼太朗も、研究所の事に関しては瑠奈の前でも口を濁していた程なのだから。


最低限の物と人と一匹のペットが存在する空間に、突然携帯の着信音が鳴る。クリストフは服越しから鳴り続ける携帯を取り出し、携帯の着信画面を指でスライドして着信の画面を確認する。無言で画面を見つめたまま、何度か指でパネルの操作をした後、携帯を仕舞うとクリストフは立ち上がり、部屋を出る直前振り向き瑠奈を見る。


「とにかく、ルシオからの伝言は一通り伝えたから。ルシオは夕方にはここへ帰ってくる。君はそれまで大人しくしてるように」


言うだけ言って、クリストフは部屋を出ていってしまった。瑠奈は再びベッドへ寝そべりながら、仰向けになり天井を見上げる。



「まいったなぁ···」



まさか無理矢理ファントムへ、連れてこられるなどとは思いもしなかった。しかも自分の置かれている身の上の立場上、泪とも会う事が出来ない。クリストフは自分の存在が、泪をファントムへ繋ぎ止める為の保険だと言っていたが、自分一人の存在だけで泪を繋ぎ止められるとは思えない。


自分宛てに書かれた泪の手紙を思い出すが、泪はまだ瑠奈へ何かを隠している。瑠奈一人ではどうしようもない程の大きな隠し事を。瑠奈は天井を眺めながらこれからどうしようか考えていると、玄関側から少女の声が聞こえてきた。



『ルシオラ様ー。お買い物済ませましたよぉー』



玄関の向こう側の相手はルシオラの名前を出している事から、これはドアを開けないと駄目な奴か。


『いきなりクリストフから声掛けられてびっくりしたけど、すっごく嬉しいです。ルシオラ様直々のご命令だなんて初めてだから、今回は張りきっちゃいましたよー』


ルシオラ直々に与えられた任務をこなしたのが嬉しくて、少女の声は実に生き生きしている。


『ルシオラ様ー。いらっしゃらないんですかぁ? おかしいですねぇ···あっ。確かクリストフは夕方に、ルシオラ様は帰ってくるって言ってたわ』


今ルシオラはここに居ないし、クリストフからも絶対開けるなと言われている。だが玄関の向こうの相手は、クリストフ経由でルシオラ直々の命令を引き受けたらしい。


「仕方ない···」


ルシオラと面識のある相手であり、彼から直接の命令を受けているならば尚更、接触は避けられないだろう。玄関の向こうの彼女の話の内容だと、どの道ルシオラも時間が経てば、こちらへ帰ってくるのだし開けるしかない。


ゴクリと喉を鳴らしつつ、更に一息置いてから瑠奈は玄関のノブをゆっくり回した。



―···ガチャ。



「!!」

「!!」



玄関を開け現れた人の姿と同時に、瑠奈と玄関の少女はお互いに見覚えのある顔だと知り目を見開く。



「······」

「······」



緑色の髪を一つのポニーテールに纏めた少女は間違いなく知っていた。何を言おう目の前の相手は、以前喫茶店でみっともない殴り合いをした少女なのだ。



「······」

「······」



相手の少女の方も実に微妙な表情をしている。しかも相手の少女も、瑠奈の顔をしっかりと覚えていたらしく更に気まずいのか、目の前の瑠奈に対して、どう対応すれば良いのか戸惑っているらしい。



「······えっと」

「······そ、その」



お互いのぎこちない戸惑いの声の後。暫くの沈黙が続くが同時に目を瞑り更に沈黙が続く中、意を決した二人は―。



「·········ど、どうも」

「·········ど、どうも」



瑠奈と緑髪の少女は、同時に口を開き無意識にぎこちない挨拶を交わしていた。


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