第64話 和真side



―前日午後七時・水海探偵事務所。



「それはどういう事だ!? 警察の捜査本部が泪の身柄を引き渡し要求だと!?」

『ええ。先日神在市内におきまして、特A級クラスの異能力反応が確認されたと判断されまして···。

警察庁捜査本部と政府は対応の結果、速やかに暁特殊異能学研究所被験番号(サンプル)PA00085・赤石泪の引き渡しを要求しております。万が一、PA00085の引き渡しの要求を拒否された場合。PA00085と関わりを持った周りの者全てを―』


「異能力者と判断された時点でもう物扱いか!?」


和真は泪への対応に納得が出来ず、一方的に政府への引き渡しを告げてきた電話の主に激昂する。和真の苛立ちがストレートに周りへ伝わっているのか、鋼太朗と京香。砂織と勇羅は不安げに和真の通話を聞いている。


『これは仕方のない事です。PA00085···赤石泪は元々、表の世界では決して生きる事など出来ない存在···。それだけの話なのですよ』

「それが納得いかないんだ! 今回の泪の身柄引き渡し要求の一件、俺らには一切の情報も伝わってないんだ」


虚ろな状態のままの泪は鋼太朗と京香に付き添われ、事務所に帰宅した途端。火が付き出したの如く暴れたが、有無を云わさず鋼太朗が泪の首筋へ衝撃を与えて気絶させ、今は待ち合い室のソファーで眠っている。既に京香から連絡を受けて駆け付けた和真が、同じく勇羅から事情を聞いた砂織と勇羅を連れ事務所に到着した直後、泪の共用端末から着信音が鳴り出した。端末の画面に表示された電話の番号は何故か見慣れないものだった。


泪が意識を失っている以上、無視する訳にいかないと判断した和真は携帯の着信ボタンをスライドすると、端末から聞こえてきたのは聞きなれない男の声。身知らずの人間の連絡先に勝手に掛けてきたという自覚はあるのか、男は軽い謝罪の後、政府議員の秘書と名乗った。

携帯越しから伝わってくる慇懃無礼な態度と同時に、聞いているだけでも吐き気を催すようなねっとりとした声であり、怪しさが伝わってくる。だが男の口から出てきた無慈悲な言葉は、泪と同じ異能力者でもある和真を激昂させるには十分すぎた。


「る、泪君······どうなるの?」


これまでの一件を詳しく知らされていない砂織が、不安げに鋼太朗達に理由(わけ)を訪ねるが、二人とも今の泪の身に何が起きているのか言いづらいのか口を濁す。


『彼を···赤石泪を救いたいのなら、異能力者集団ファントムへ泪君を引き渡して下さい。それならば彼の身の安全は保障出来ます』

「どっちにしろ、泪に死ねと言ってる様なもんだろう」


『いえいえ···私は彼に機会を与えて居るのです。このまま暁研究所の『研究材料』として死ぬか、異能力者集団ファントムの駒(こま)として生き永らえるかどちらかを』

「都合の良い事を···。泪自身の意思はどうなる」

『元々異能力者の居場所が表の社会に無い事など、彼の方はとうに理解している筈。私は彼に生きる選択肢を与えているのです。どうするのかはあなた方次第』


「っ······一日だけ時間をくれ。泪の判断に任せたい」

『分かりました。それでは良い返事を期待してますよ』


男は一方的に言いたい事だけを和真に告げると、端末を切った。


「···くそっ!!」


和真の携帯を握り締める手が無意識に強くなる。


「る、泪さんを警察に引き渡せって···。どうなってんの?」

「···歌い手逮捕の事件で泪の個人情報漏らされただろ。それが原因で警察と政府に、泪が異能力者だって事が漏れた」

「!?」


泪が異能力者だと発覚したと言う言葉に鋼太朗は目を見開く。


「さっき泪の端末に掛けて来たのは政府議員秘書。泪を異能力者集団・ファントムへ引き渡せば、政府がこれ以上泪に関わらないよう根回しするだとよ···。ふざけてやがる」

「そんな···」


勇羅だけでなく砂織や京香も心配そうに和真を見る。何か思う所があったのか鋼太朗が再び口を開く。


「話聞いてて気になってたんですが···。何でその政府議員秘書がファントムの事知ってんだ?」

「そもそも異能力者集団ファントムって何? 俺、全然話についていけないよ」

「そうか。この中でファントムの事知ってんの、鋼太朗くらいだったな」


鋼太朗は泪や瑠奈を通じてファントムをある程度知っている。実際鋼太朗や泪は、ルシオラが異能力者集団ファントム総帥である事を、知っていてルシオラに会っていたのだ。


「ファントムってのは、ここ数年で急激に世界中でネットワーク広げてる裏社会の組織。極端な話になるとファントムは国際的な犯罪者集団だ。実はその構成員は全員異能力者だけで構成されていて、その組織の頂点に立ってるのがルシオラって異能力者」


「···え? え、え、ええっ!? ルシオラさん、ファントムの総帥だったの!?」

「勇羅、お前······」


勇羅と同時に鋼太朗もまた、顔中に脂汗を浮かべながら苦笑いする。勇羅も鋼太朗もファントム総帥ルシオラを間近で見ていた当たり、ファントムがそこまで凶悪な組織だと言うのは知らなかったのだろう。


「俺、あの人。ルシオラさんの事、そんなに悪い人じゃないと思うけどなぁ···」

「俺も、勇羅の意見に同感です。普段から表情崩さないみたいだけど、周りの事とか色々と考えてる人だった。その人をファントムから引き離せれば、俺らに力を貸してくれるかも」


二人のルシオラを擁護する意見に対して、和真は言いあぐねている。世界でも複数人しか素性の知らないファントム総帥を間近で見ているなら、彼がどの様な人物なのかある程度知っている筈。

だが現在のファントムと言う組織は、裏の世界で知らぬ者など居ないと言われる程、表からも認知されていて結成から数年で世界規模にまでネットワークを展開している。


そして今、勇羅達が口にするファントム総帥ルシオラとは、まるでギャップが激しすぎる。例のファントム総帥は裏の世界では組織に刃向かう者は、同じ異能力者だろうが排除する冷酷無比な人物だと耳にしていた。


「かっ、和真ちゃん!!」


待ち合い室のソファーで眠っている泪の様子を見に行っていた砂織と京香が、慌てて和真達の元に走りよって来る。


「る、泪君···事務所から出ていっちゃった」


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