第37話 瑠奈side



「泪先輩の件で私に聞きたい事って?」

『うん。泪先輩が気になる話してたから』


夕方、自室でくつろいでいた瑠奈はある事情で機種を変更してから時期も間もない、新しい携帯からの着信音に気付く。着信相手は携帯を番号ごと変えてすぐに連絡先を教えた芽衣子。その通話を掛けて来た芽衣子に、放課後泪と翠恋の買い物の概要を聞いていた。

翠恋が泪に対して迷惑を掛ける行動を起こしたのはある意味で想定通りだったが、普段自分から身内以外へは積極的に自分周り以前に趣味すら話そうとしない泪が、自ら見知らぬ話をした事が少し引っ掛かった。


それにしても勇羅は本当に命知らずだ。芽衣子や麗二を強引に同行させただけでなく、正門前でおそらくは自分を待っていただろうルシオラまで泪達の尾行に駆り出すとは。どうりで今日は姿を見なかった訳だ。


『瑠奈は聞いた事ある? 不死身の王子様って話』

「んー。知らない」


不死身の王子の話は聞いた事がない。基本的に本も小説や漫画などジャンルを問わずよく読むし、王子様の話もそれなりに読むが、死なない王子の話は初耳だ。


『だよね···小説にもなさそうな話だったから』

「······待って。その手の話、もしかしたら大人の絵本にありそう」


ふと母親が趣味で大人向けの童話を集めているのを思い出した。

もちろんほんわかした話もあったが、瑠奈が母親に見せて貰った趣味の絵本は暗い話の方が多かった。


『お、大人の絵本···まさか···』

「違う違う、違うよ~。カバーが豪華で絵柄と話の内容が独特の童話」


大人の絵本を何か勘違いした芽衣子に、瑠奈は慌ててフォローを入れる。

以前勇羅や麗二に話した時もそうだったが、どうして『大人の絵本』の中身を色々と勘違いする友人が多いのだが。


「ウチのお母さん、絵本集めるの好きなんだ。特に外国の奴」

『なるほど。それだったら学校の図書室にあるかも』

「芽衣子心当たりあるの?」

『うん。この前参考書探してたら、その他カテゴリの本棚に何冊かあった』


宝條学園はエスカレーター式の私立校であるが、図書室は中等部高等部が共通して使用する。初等部だけが別に図書室が存在する仕組みだ。共通の図書室には絵本の類いは置いていないと思っていたが、何冊か置いているなら望みはある。


『私は直接見た事ないから、もし探すなら図書委員の人に聞いた方が良いね』

「ありがとう。また明日学校でね」


取り敢えず明日の昼休みは図書室決定。泪が翠恋に語った王子の話が、とにもかくにも気になって仕方がなかった。



―昼休み・宝條学園第二校舎図書室。



昨夜芽衣子から聞いた話の内容の本を探す為図書室へ向かうと、図書室入り口の前で意外な人物と鉢合わせた。


「こんにちは」

「あっ。こんにちは京香先輩」


青い制服に見覚えのある金髪の背の高い女子生徒は、間違いなく京香だった。


「身体の方は大丈夫?」

「もう大丈夫です、あの時は心配お掛けしました」


京香にはあれ以来色々と世話になっている。

少し見ると京香は両腕に何冊か本を抱えて持っていた。大判サイズの物もあるが一番多いの文庫本サイズの本だ。


「今日は沢山借りるんですね」

「これ? 漸く全部返却されたからまとめて借りるの」


京香はウィンクをしながら悪戯っぽい笑顔を浮かべる。


「前に本借りてたのが三間坂で、その内何冊かは返却期限とっくに超過してて、借りてた本人が委員会と揉めてたから、借りる手続きに時間取っちゃって」


京香の口から翠恋の名前が出る。彼女はまた返却期限を超過してまで、図書室の本を読んでいたのか。


「超過してた本って···」

「全部恋愛小説。返却の件で結構揉めてた見たい。委員会の娘達も三間坂の取り巻きのせいで、有耶無耶にされたのが悔しがってた」


如何にも翠恋が起こすトラブルだ。翠恋は気性の激しさからよく敵も作るが、彼女を慕う熱狂的な友人もいる。正直な話、翠恋は友人に守られてると言っても過言ではない。


「三間坂の読む小説って、主人公だけがちやほやされる逆ハーレムばっかりでしょ。顔は良くても、友人を平気で踏み台にする奴ばっかりのキャラがいる物」

「あはは···そんな所。瑠奈ちゃんはどんな恋愛物読むの?」


「私? んー、そうだなぁ···恋愛小説読むなら学園物だな。後、一途で情熱的で芯が強い主人公が良い」

「それは同意。最近の恋愛物って、優柔不断な主人公が多くて、グッと来るような面白い物見つからないんだよね」


京香が好みそうな恋愛物にはいくつか心当たりがある。

麗二がその手の少女漫画を大量に所持しているのを知っているが、本人は勇羅同様に自分の趣味を公にするのを酷く嫌がっている。中学の頃麗二の本来の趣味を知った時、当の麗二本人が何度もバラすなと叫びながら顔を真っ赤にして暴れたのは記憶に新しい。


集めているものには濃い漫画も沢山あったので、バラしたらバラしたで学園内における麗二のイメージがガラガラ崩れていくのは言うまでもない。


「そうだ。先輩の借りる予定の本に、ファンタジー物ってありません?」

「ごめんね、今日ファンタジー物は借りないの。何か気になる話があった?」

「友達から聞いたんですけど、泪先輩が不死身の王子様って言う話をしたんで」


意外な人物の名前が飛び出し、京香は目を丸くする。その京香の驚く様子だと何か知ってそうだ。


「その話、泪君が持ってるの?」

「いいえ。この件は友達から又聞きしただけで、詳しい事は知らないんです」

「うーん···私も知らないな」


立ったまま二人で考え込んだが、京香が何かを思い出したかのように顔を上げる。


「やっぱり絵本なら、その手の本を専門で集めてる人に聞いた方が効率良いかも」

「···それならお母さんに頼むしかないかぁ」


京香と少し話をした後、午後の授業の予鈴が鳴った為京香に礼を言って瑠奈は教室へ戻った。


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