第36話 勇羅side
―···。
「ねぇ泪、このファンタジー物の恋愛小説。とってもステキだと思わない? 憧れちゃうわ~。
物心つく前に両親を権力争いで失い、儚げで可愛いと言った理由だけで義理の家族に虐められ、不幸のドン底に陥ってしまった可哀想な美少女。
ある時その子は私だけを見てくれる王国一賢明で美しい王子様に出会って燃えるような恋に落ちるの。でもそんな儚げで切ない運命は二人が幸せに愛し合う事を許さない。
王子と娘の仲を引き裂こうとする悪趣味な国王と王妃の陰謀で、王子の婚約者である公爵令嬢や、近隣の国々の王女達をも加わって、二人の儚く美しい純愛を引き裂こうとするの。それでも健気に王子を信じ愛する娘は、更に王子の執事に護衛騎士。遠国の王子にまでもその可愛さと健気さ故に惚れられて娘の王子への一途な恋心は揺らいでしまうの。
そんなこんなであらゆる障害を乗り越えた娘は、最後には苦難を乗り越え遠国の王子に攫われてしまった娘の元へ現れた王国の王子様に救われて、ヒロインはきらめくステキな女の子に生まれ変わるの!」
書店の隅に用意されたフリースペースにて、先程購入した恋愛ファンタジー小説を読みながらうっとりとした表情で、本の内容を語る翠恋。翠恋の話を聞いているのか聞いていないのか、泪は涼しげな顔で自分が購入した参考書を読み進める。
「···三間坂さん。こんな話知ってます?」
「ど、どんな話よ?」
「生まれた時から全てを手に入れた王子様が、死ぬ為に生きている話。王子様はどんな事をしても死ねない身体を持っている。
斬られても、焼かれても、落とされても、叩かれても、決して死ぬことが出来ない不死身の身体。
ある時不死身の王子様に恋をした一人のお姫様が、王子様の身体を治す為に―」
「ちょっと何よそれ!? バッカ見たいっ!!
そ、そんなの間違ってるわよ! 可愛いヒロインが不幸になって良い訳ないわよ!
可愛くて可哀想な悲劇のヒロインは、素敵な彼に救われて一緒に幸せになるの! 悲劇のヒロインは優しくて一途な彼に愛されて、幸せでなくちゃ駄目なのよっ!!」
泪の話を遮るように響き渡る翠恋の甲高い大声に対し、フリースペースにいた周囲の客が、一斉に翠恋の方へ注目が向かう。複数の人の視線に気付いた泪は、瞬時に周りへ何度も頭を下げる。
「すみません、連れがお騒がせ致しました。三間坂さん、いきましょう」
「な、何よっ。どうして泪が謝る必要あるのよ!?
べ、別に泪が謝らなくていいのよっ!! 泪が周りに謝る事なんかないのに···」
「いきましょう」
「わ、わかったわよっ!」
泪に急かされ、渋々と後を付いていく様に翠恋も書店のフリースペースを離れていった。
―···。
「結局、泪さんに謝らせてるよ···」
「自分から誘ったのに、自分が騒ぎ起こしちゃどうしようもないわよ」
「図書室で何度か本読んでるの見かけたけど、あいつ恋愛物とか好きだよね。特に三角関係物とか悲劇のヒロイン物。
俺、その手の物語苦手だなー。悲劇のヒロインってなんか陰気臭くてさー。
姉ちゃんと言い瑠奈達と言い、なんで女子ってお姫様とか好きなんだろ。騎士とか戦士とか魔物(モンスター)とかの方が格好いいのにさ」
「それはお前の感想だろ」
翠恋の好みのジャンルにベラベラと文句を垂れる勇羅に、即座に突っ込みを入れる麗二。二人のやり取りを困ったように眺める芽衣子に、ルシオラは不思議そうな表情で三人を見る。
「···女性は全員お姫様が好きなのか」
「う···うーん、女性全員がお姫様好きって訳じゃないです。お姫様が苦手な女性だっていますよ」
「この前三間坂が読んでた小説のタイトル『鳥籠に囚われた姫とヤンキープリンス』と『龍の王子と鏡の中ノ灰被り姫』? 超だっせぇ~」
「つか。なんで俺ら三間坂の好みまで知ってんだろうな···」
二人のやり取りを気付かれない距離で見ている四人。二人に対し小声で言いたい放題である。いつの間にかほとんど強引に巻き込まれたルシオラも会話に混じり、すっかり勇羅達一行に溶け込んでしまっている。
「三間坂って、顔も口も表に出やすいから色々分かりやすいのよ。でもさっきの赤石先輩の話、ちょっと気になるなぁ···」
「不死身の王子様の話?」
「うん。あの後の王子様とお姫様、二人がどうなるのか」
「内容がまだ最初の方だったが」
芽衣子が口にした泪の話の続きが気になり始めた四人。話の内容からして、何かの童話なのだろうか。
「瑠奈に聞き出して貰えばどうだ?」
「瑠奈の事で思い出したけど、今日は用事があるって言ってた」
「用事? 今の彼とは面と向かって話しづらい、とも言っていたが」
ルシオラから瑠奈と泪に対する態度への意外な話を聞き、勇羅達は首を傾げる。
「何で? 泪さんいつも通りだと思うけど」
「詳しくは話してくれなかったが、彼から得体の知れないものを感じると言っていた」
「「「得体が知れない?」」」
泪から得体の知れないものを感じると聞き、お互い顔を見合わせる三人。だが勇羅は泪の様子に思い当たる事があったのか、口を開いた。
「そうだ···俺が初めて泪さんと会ったの三年前何だけどさ。泪さん、最初会った時は俺達が話しかけてもほとんど口聞いてくれなかったっけ。何て言ったらいいのかな···何か周り全部敵、見たいな目付きしてて」
「周り全部が敵···」
「今は俺達にもきちんと話してくれてるけど、それでも和真兄ちゃんや姉ちゃん達に心開いてくれるまで、かなり苦労したって」
ルシオラも泪の状態に思い当たる事があるのか、黙り込んでいる。
「君の周りは異能力者が多いんだな」
「えっ···ルシオラさんも?」
ルシオラを凝視する三人に観念したのか、ルシオラは無表情ながらも困ったような口調で話し出す。
「···そんな所だ。最も、周りには能力者である事は隠して過ごしているが」
「そっか···瑠奈が泪さんと話づらいの異能力が関係してるのか」
勇羅達も話を聞き、最近の瑠奈の様子に納得したようで顔を見合せながら頷き合う。
「今日はもう帰ろう。瑠奈には私の方から話聞いてみる」
「ルシオラさん。今日は俺達の方で色々と振り回してすみません」
「いや、気にしなくていい。私の方も色々と話を聞けて感謝する」
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