第34話 瑠奈side



ー···。



「怠くない···」


目が覚めると既に部屋は明るくなっており横になったまま壁に掛けている電子時計を見ると、朝の七時を回っていた。ベッドからゆっくり上半身を起こすと、数日起きていた原因不明の倦怠感が完全に無くなっていた。泪の苦しまなくて良い、とはこの事だったのか。


「······やっぱり聞かなくちゃ」


やはり泪の口から直接聞き出さないと意味がない。クローゼットから制服を取り出し、颯爽と登校の支度をして自室を飛び出す。


「瑠奈。あ、あんたもう身体は大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫! あ、いってきまーす!」


リビングでいつもの返事を返した瑠奈に目を丸くする茉莉を余所に、早々に家を後にした。

泪から本当の事が聞きたい。今の瑠奈の気持ちはそれだけを占めていた。



―···。



「···何よ自殺女。よくそんな病み上がりな身体で学校に来れたわね」

「三間坂···」


C組の教室に入ると、よりによって一番会いたくない奴と鉢合わせた。あの出来事は芽衣子や勇羅だけでなく、当然同じクラスの翠恋も見ている。


「どう致しまして、私はこの通り何事もなくピンピンしてるよ。ああそうだ、あの時勇羅と乱闘仕掛けたんだって?」

「ふ、ふんっ! あたしはあんたの事なんて、ちっとも心配してなんかないわよ! 大体あれは篠崎の方も悪いんじゃない! 可愛いあたしに拳で傷を付けようだなんて!」

「そこに勇羅が出てくるのおかしくない? 相変わらず他人に責任転嫁するの上手いね」


「何? バッカじゃないの!? あんたこそっ!

相変わらずムカつく物言いするのね! チビデブの癖に生意気なのよ!!」

「言ったわね! スレンダーを自慢して綺麗に整った足を鼻に掛けるのも結構だけど、いい加減【パッド】で胸誤魔化すのだけは止めたら?」

「ふ、ふふん! それ自分が太ってるから僻んでるの!?」


「そ、その割りにはあんたも声が震えてるじゃない? 胸誤魔化してる事実言われて、癇癪起こしたくってしょうがない顔してるよ」

「ぐっ······っ!!」


お互いに言われたくない事を言われたようで、声を震え上がらせる瑠奈と翠恋。仲の悪さはC組のクラスだけでなく、今ではもう学年中に知れ渡っている。相変わらずの罵詈雑言合戦と殺伐とした雰囲気には、誰一人割り込めないでいる。


もう一度言い返してやろうと翠恋が口を開こうとした瞬間、教室のドアが静かに音を立てて開けられた。


「おはようございます」


一年の教室前に現れたのはまさかの泪。三年が一年の教室に来た事に、クラス内でざわつきが起こり始める。


「泪···先輩」


泪に話しかけようと口を開こうとする直前、翠恋が慌てる様に口を開いた。


「なっ、る、る、泪っ! どうしたのっ?

はっ、話ならあたしが聞いてあげても良いわよ? ま、真宮はまだ気分悪いって」

「あの···三間坂さん。真宮さんが大丈夫なのは分かりました。彼女が元気なのが分かれば良いんです」

「あ、あたしが可愛いからって気軽に声かけるなんてっ! 全く泪も本当に白々しいわよねっ」


先程の雰囲気を引き摺っているのか、失言を吐きまくる翠恋に対し不服を表す事もなく、穏やかな口調で話す泪にやけに違和感を感じる。


「三間坂さん。実は···」

「ストップストップ!! あたしはねぇ、そんな辛気臭い話は嫌なのよ! 泪ももっと周りの気を利かせるような、明るく楽しい話をしなさいよねっ!」

「ふふっ、すみません。どうも後ろ向きに考えてしまいがちな性分ですから」


「良いじゃない翠恋。赤石先輩っていつもぼっちなんだからさ~」

「私達見たいな可愛い娘に話しかけられても、何か仏像見たいな愛想のない顔してるもの」


違う、泪は愛想がないのではない。泪の闇を力を使って直に見たから、泪の周囲に対する態度への違和感が強くなって来ている。訝しげな顔をする瑠奈に気付いたのか、勇羅が声を掛ける。


「ちょっと瑠奈。どうしたのさ」

「あ、ううん。なんでもない」

「泪さんに声掛けないの? 三間坂も取り巻き連中も、先輩相手に言いたい放題だよ~」


慕っている泪が馬鹿にされてイラついているのか、翠恋と彼女の周りを囲っている友人達に喧嘩を売りたくて仕方がない勇羅。


「う、うん···。声かけたいのはやまやまだけど、しばらくは一人で調べもの、したい」


正直嘘は言ってない。悔しいが少しの間だけ、翠恋に泪の相手をしてもらうしかない。あの一件で自分自身に被害が及んでしまった以上、下手に泪と接触すれば今度は周囲にも被害が及びかねないだろう。特に勇羅や麗二は中学の時から泪を慕っていたし、泪の内情を知れば益々厄介な事になる。


それ以前に泪は自分の目的の為なら、誰でも傷付ける事が出来る。そんな確信が今の瑠奈の中には存在していた。



―···。



「あ···ルシオラ、さん」


授業が終わり学園正門を出た直後、正門前のすぐ側にどう言う事かルシオラが立っていた。


「昨日は大丈夫だったか?」

「お、お、おかげさまで」


昨日の飛び降りの一件もあり話し方がぎこちなくなる。

しかしサイキッカーと言うのは空まで飛べるとは恐れ入る。異能力者とは言え生身の人間が、空を飛ぶのは異能力研究所にとって格好の研究対象だ。見つかったら大惨事は間違いない。


「あ、あの···私用とはいえ、一人で行動して大丈夫なんですか?」


彼はあくまでも一組織のトップだ。更に裏で構成員が暗躍しているのに、その総帥が堂々と表を歩いていては、色々問題があるのではないのだろうか。


「名前はともかく、まだ表沙汰に顔は割れていない」

「じ、自分が言うのもなんですが···えと、んー···も、もう少し能力者として、危機感を持った方が良いと思います」


我ながら説教臭い事を言ってしまった。

偉そうな事を言ってしまってなんだが、瑠奈はルシオラの異能力を見た事がない。それでも初見で自分を異能力者だと見抜いた当たり、ルシオラの念動力がずば抜けているのは確実だ。


「ふむ···考えてなかった」


ルシオラは表情こそ全く変えないが、彼の仕草をよく観察して見ると色々考えている。


「今日は引き上げる。またこの場所で」

「は、はいっ」


ルシオラの後ろ姿を見送る直前、蛸見たいに真っ赤になった瑠奈が見たのは、僅かに笑みを浮かべていたルシオラの顔だった。


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