第32話 ルシオラside



―···。



ルシオラは意識を失っている一人の少女を抱きかかえていた。

両腕に抱きかかえている少女は、ルシオラ自身が何度となく会った薄紫の髪の少女。


少女の転落を目撃したのはルシオラが地上に居た十分程前。虚ろな目をした少女はビルのフェンスから飛び出し立ち呆けていた。その直後、何の躊躇いもなく高層ビルのフェンスから顔面から飛び込むかの如く地上へと転落したのだ。十階以上もあるあの高さから落ちれば当然命はない。


自分の居る場所から比較的近いが、あの転落速度では走る猶予がないと判断したルシオラは、すぐさま二基のハイロゥを背中に展開し、自分の持つ念動力を二つのハイロゥへと集中させながら地上を飛び立ち、転落する少女を間一髪の所で受け止め救いだした。


ルシオの頬から一筋の汗が流れ、少女を抱き上げている両腕からは今だに痺れが残る。



「···ぅ······っ」



どうやら意識を取り戻したらしく、少女のこめかみが微かに動く。少女はうっすらと目を開け、無表情で瑠奈を見つめているルシオラの顔を見る。


「ぅ···ぁ······わ、私っ···」

「···大丈夫か?」


少女はぼんやりとした表情で何度か瞬きする。

それもその筈、彼女は今ルシオラの腕に抱かれている状態。そして自分が何をしようとしていたのか、理解出来ていない様だ。


「······あの」

「今、君はビルから飛び降りようとしていた」


少女を落ち着かせるように慎重に言葉を選ぼうとするが、無意識に口から率直な返答が出てきていた。


「とっ!! と、ととととと飛び降り···っ!!?」


飛び降りたとの発言の直後目を丸くし、腕の中の少女は顔を真っ青にして、ガクガクと身体を震え上がらせる。

もしもビルから飛び降り地面に叩き付けられる事を思い浮かべ、自分がどのような惨状になっていたのかを、想像してしまったのだろう。


「すまない。怖がらせてしまったな」

「いえ···」


幸いにも地上から見ている者は居ないが、今ルシオラは二基のハイロゥを使い空中に浮いている状況だ。下手をすれば自分だけでなく彼女まで害が及びかねない。誰かに見られぬよう早い所少女を地面に降ろす必要がある。


「すぐに降りるから、しっかり掴まっていろ」

「は···はい」


少女は言われた通り落ちないように、ルシオラの首回りへ両腕を回ししがみつく。少女が自分の身体へしがみついたのを確認し、二基のハイロゥへ思念を集中し降下する。ゆっくりと地面へ着地した後、抱きかかえていた少女を静かに降ろす。

地面へ着地したのが安心したのか、そのまま少女は座り込んでしまった。


「ありがとうごさいます···また、助けられちゃいましたね」

「···ああ」


困ったような笑顔を浮かべる少女。ルシオラは少女に対しどう表現すれば良いのか分からない、ただでさえ玄也達から表情ベタと呼ばれてるのだ。


「私···どうしてあんな事したのか、さっきまで全然実感なかったんです。でも、自分は死のうとしてたって分かったら···凄く···怖く、なって···」


力を使った代償が先程の行為に走らせたのか、彼女の異能力に大きく関わっているのは間違いない。少女の状況に心当たりがあるのは、やはり精神に関係する異能力。精神関係の異能力はとにかく使用者の精神にも影響を及ぼす。下手に力を乱用すれば使用者の心が壊れる代物だ。


「まだ。名前を聞いてなかった」

「ま、真宮···瑠奈」


この娘で間違いない。ようやく探し求めた真宮一族の娘。

真宮の一族は高度な精神干渉の異能力を使う一族であり、特に本家筋の者は高い精神干渉能力を持っている。


「瑠奈···か」

「えと。ルシオラ···さん」


少女···瑠奈は戸惑う様にルシオの名前を呼ぶ。自分の名前も覚えていたらしい。


「また会いに行っても構わないか?」


何故こんな事を聞くのだろうか。彼女が組織と無関係な異能力者なのは理解している。異能力者の闇とは無縁の世界で生きてきた娘だ。


「フ、ファントムが···関係ないなら」

「···わかった」


しかしルシオラ直属であり比較的自由に行動している玄也達はともかく、異能力者達の勧誘に躍起になっている構成員達が問題になる。今の彼らに自分の意思は伝わっているのだろうか。私用なら会いに行っても大丈夫と告げられ、内心で安心している自分が其処にいる。


もちろんルシオラの表情に笑みは出ない。それでも思いの外組織を忘れたいと思っている自分自身に驚いていた。


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