第31話 瑠奈side
―···。
自宅に戻った瑠奈はいつもと違い、夕食後も自室に入ってもぼんやりしたままだった。茉莉や琳が話しかけても、上の空の様に周りの会話がまるで頭に入らない。
瑠奈が泪の精神世界に干渉した経緯は、干渉後の記憶が曖昧な瑠奈に代わり琳が茉莉に説明した。経緯を聞いた茉莉はやっぱりやったのか、と言った表情でこめかみを抑えていた。
「瑠奈。私の方から担任に伝えとくから、今日は学校休んで」
瑠奈は過去に何度か自分を含めた、身内の精神に干渉したのを茉莉は覚えている。
その時瑠奈は娘と同じ能力を使う瑠奈の母親こと、茉莉の叔母にこってり絞られていた。母親に叱られて以来、瑠奈は自分の異能力を使うのを完全に止めていた。それだけに茉莉は瑠奈の精神干渉による精神汚染を危惧していた。
琳から聞けば泪の精神の深い部分に潜ったと言う。
極端な話、泪自身にとって見られたくないものを、瑠奈は力を使って無理やり覗き込んだ訳だ。
琳や周りの異能力者のサポートがあったとは言え、サイキッカー泪の深層意識が何処まで瑠奈の精神に影響しているのか全くの未知数だ。
「ううん、学校はちゃんと行く······いってきます」
茉莉や琳。足下で弱々しく鳴く角煮の心配をよそに、いまだ足がふらついたままの瑠奈は真宮家の玄関を後にした。
―···。
「どうしたの瑠奈? 顔色、悪いよ···」
「大丈夫···何でもない」
二時限目の休み時間。瑠奈の様子がおかしいと感じた芽衣子が、心配そうに瑠奈へ声を掛けてきた。
「やっぱり、次の合同授業休んだ方が」
「問題ない···出る」
―···。
すぐ近くの芽衣子に話しかけられても、何故か芽衣子の声が頭に、耳に入らない。
それよりも頭の中で何かの、誰かの声が聴こえてくる。頭の中の複数の声が騒音の様に大きく響いて来る。
【···―···死ね···】
···――···死ななければいけない。
【お前は―···死ね―!!】
―······―ワタシハイキテイテハイケナイ。
【お前に生きる価値などないの!!】
···―···生きる―価値······ない。
【···お前は死ななきゃいけないんだよ!!―だから死ね!!】
「死ななきゃ······私······死ななきゃ······」
【···―死ね···―死ね―!···死ね―···死ね!!】
―···私は······ワタシハコノセカイニイキテイテハイケナイ。
【···―···シネ――死ね···死ね···―シネ―···シネ···シネ···―死ね!!!】
―···。
「る、瑠奈!! 瑠奈っ!! あんた一体何やってんの!?」
「!!?」
芽衣子の声に我に返った瑠奈が正面へ視線をやると、両手にはいつの間にか包丁を握り締め、鋭い刃先を喉元に向けんとしていた。
今、何の授業を行っていた?
確か芽衣子のクラスと合同授業で調理実習の準備をしようとした所までは覚えていた。しかし後の記憶が全くない。
「ぁ······あ、あぁ······」
「ど···どうしたの···何で、こんな事···っ」
すぐ側にいた芽衣子や近くの勇羅と麗二をはじめ、周りの生徒も担任も瑠奈の寄行を見て唖然としている。その直後に甲高い声が聞こえてくる。思い当たるのは翠恋の声だ。
「ふ、ふんっ! あんたには丁度良い薬じゃない? 真宮はいつも泪に迷惑かけてるんだから、そんなの当然の報いよねっ」
「ちょっと三間坂やめなよ。今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう」
「あっ、あたしは別に悪くないわよ! 元はと言えば、あいつが毎回泪にトラブル持ち込んでるからいけないんでしょ!」
「訳が分かんないよ!? 大体泪さんに迷惑かけてるのは、三間坂の方だろ!!」
「ふふん、なに? 可愛いあたしが許せないんでしょ?
正直あんただって泪にいっぱい迷惑かけてるじゃない。泪は誰にでも優しいから許してくれてるだけじゃないの。
あんたもガキじゃないんだから、泪につきまとうのもいい加減止めなさいよね」
「何をぉ!?」
「三間坂お前いい加減にしろよ。正直今の時間三年の赤石先輩全然関係ないだろうが」
「何よっ!! みんなしてバカじゃないの!?
何であたしが怒られなきゃいけないのよ!? どうしてみんなして真宮の肩持つのよ? あたしが悪いって言いたいの?
あたしは何にも悪くないわよっ!? 単に本当の事言っただけじゃない!!」
泣きわめくような翠恋の言葉に勇羅や芽衣子。他のクラスメイト達が激昂し、一触即発になりかねない状況の中、瑠奈は無言で鋭く尖った包丁を見つめていた。
「私は······」
―···私は······―···コノセカイニイキテイテハイケナイ。
―第一校舎・保健室。
一連の授業の騒動の後、瑠奈は保健室に居た。
あの直後勇羅と翠恋が激しい口論の末に、取っ組みあいになりかけたが、担任達の一喝で辛くも騒ぎは収まった。
騒ぎの元凶となった翠恋や彼女の喧嘩を買った勇羅は当然周りに叱られ、放課後担任の手伝いとして、二人一緒に図書室の本整理の罰を受ける予定となっている。
「···大方の事情は芽衣子ちゃんから聞いたわ」
「······」
「泪君の精神(こころ)を覗いたのは、あなたが決めた事だものね···だけど。覗いた代償が想像していた以上のものだとは思わなかった」
ベッドに座って明後日の方向を向いている瑠奈の様子を、不安げに見つめる茉莉。やはり今日は無理矢理でも瑠奈を休ませるべきだった。
だが後悔しても遅い。ここまで精神干渉における精神の侵食が進んでいるとは思っても見なかった。
「泪君···貴方一体なに考えてるの?」
聞けば瑠奈は合同授業の準備中、自分の喉元に包丁を突きつけようとしたそうだ。それも本気で喉に刺そうとしていたらしく、芽衣子が全力で止めていなければ、保健室行きだけでの騒ぎでは済まされなかった。
「担任には報告しておくから、今日は早退。
今日の授業が終わるまでは保健室でお休み。帰りは琳と芽衣子ちゃんに来て貰うことになってるから」
「······わかった」
自分の声は瑠奈にかろうじて聞こえている。
完全に精神を侵食される前に、侵食の元凶となった泪を説得しなければいけない。
―···放課後。
ベッドで休んでいた瑠奈は、授業が終わり保健室へ迎えに来た琳と芽衣子に連れられ帰宅した。残念な事に泪とは鉢合わせしなかったらしい。
泪と瑠奈の事について話したいのに肝心な時に限って会えないとは。今更後悔しても後の祭りだが、琳に泪を連れてきてくれと頼んでおくべきだった。
探偵部の面々に頼んでも問題なかったのだが、今の泪が雪彦や万里の承諾を引き受けてくれるとは思えないし、水海兄妹に近すぎる勇羅はあまりにも危険すぎる。更に勇羅は前回の一件で原因不明の体調不良を起こしているなら、尚更勇羅に頼む訳にはいかない。
保健室でファイルを整理しながら、泪に頼んだ瑠奈の護衛の事を考えていると、一人の男子生徒が保健室に向かって、息を切らして走ってくる。
「廊下は走ったら危ないわよ~···って、そんなに慌ててどうしたの?」
「まっ、真宮先生っ!! ま···ま、ま、ま、真宮さんっ!! 真宮さんがっ!!」
「·············ぇ?」
茉莉が生徒から耳にした言葉は、高等部一年C組の真宮瑠奈が神在市内郊外の高層ビルから飛び降りた、と言う悪夢だった。
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