第29話 瑠奈side



小さな光に吸い込まれた瑠奈は、突然の眩しさで閉じていた目をゆっくりと開ける。



「···今度は真っ白だ」



瑠奈が目を開けると、視界に広がったのは白い部屋だった。

瑠奈の視界の全てを白で埋め尽くし、窓も何もない白だけが広がる本当に何もない真っ白な部屋。先程の黒しかない世界といい気味が悪い。


泪の心の中とは言え今居る所は、あくまでも精神領域の深い場所だ、さっき以上に精神(こころ)を引き締めなければ、何が起きるか分からない。瑠奈はあくまでも外の世界の傍観者となって、白一色の部屋を歩く。


「?······声が聞こえる」


白の世界を少し歩いていると誰かの声が聞こえて来た。



【―······塵!


―···生塵(ごみ)!!】


【···―お前は···―生塵(ごみ)よ!!】



「なっ···」



誰に向かって言っている? 生塵? 誰が?

まさかこの声が泪の知られたくない部分なのか? 念を引き締めていた筈が一瞬の戸惑いが引き金となり、数多くの見知らぬ声が次々と瑠奈の耳(精神)に響いてくる。



【―あなたは誰にも愛されていないの!】


―······愛されない。


【―あんたに生きる価値なんてないの!!】


―······生きる価値はない。


【―あなたはこの世に生まれて来なければ良かったの!!】


―······生まれて来なければ良かった。


【―あんたみたいな化け物消えちゃえば良いのよ!!】


―······化け物。


【―死ね、お前は早く死ね!!】


―···―···死ね。


【―死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!】


―······―······シネ···―···。



「ひ···酷い······」



まるで泪の存在など欠片から否定せんと言わんばかりの、人を人とも思わない中傷や暴言の数々。泪にとって自分や周りに見られたくないものとは、この事だったのか?

だとしたらあまりにも酷い世界だ。


目から無意識に溢れ出てくる涙を腕で拭い、それでも精神世界の何処かにいる泪を探す為に、視界が揺らぎ足がふらつきながらも、声が聞こえてくる方へ足を進める。



―···僕は······生塵···。


【―あんたなんか死んじゃえ!!


―死ね!!


―さっさと死ね!!


―早く死ね!!


―死ね!! 死ね!! 死ね!! 死ね!! 死ね!!


―死ね!!


―死ねよ! 死ねよ! さっさと死ね! 生塵は早く死ね!!】



―······いらない······いらない······。



【―薄汚い糞陰気な化け物が!!


―お前なんか生きてる価値なんかないんだよ!!


―なんであんた生きてるの? 早く死んで?


―早く死んで? 死んで? 死んでよ? ねぇ死んで? さっさと死んでよ? 死ねば? 死ねっつってんだよ!!


―なんであの『聖女』から、こんな臭い生塵生まれて来たんだ?こんな塵生きてても意味無いだろ?


―あんたなんか生まれて来なければ良かった!! あんたなんか生きてても意味ない!! あんたなんか生塵がお似合いよ!!


―どうせこれは生塵だ、不要品として無様に廃棄されてくれよ!!】


―···不要品······生まれて来なければ良かった······。


【―不要品だからと言って楽に死なせん。


―いくらこれが生塵でも実験体、有用な使い方位はあるだろうよ】


―······生塵···生塵···生塵···生塵···生塵···生塵···。


【―生塵は生塵らしく塵として扱ってやれば良い。それが生塵としての役割だ】


―······塵···塵···塵···塵···塵···塵···塵···塵···塵···塵···。


【―お前に許されている言葉は何もないわ! 生塵には何もないの! 生塵に話す言葉などないわ!!


―生塵が喋るんじゃないの! 臭い!!


―生塵!! 生塵!! 生塵!! 生塵!! 生塵!! 生塵!!


―薄汚い生塵が!!


―臭い臭い臭い臭い臭い臭い!!


―ああ臭い臭い臭い!! 臭い臭い生塵!!


―本当に臭い生塵だわ!!】



嫌だ。聞きたくない。

嫌だ、嫌だ、辛い、気持ち悪い、聞きたくない、気持ち悪い、聞きたくない、気持ち悪い、聞きたくない、気持ち悪い、聞きたくない、聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!!


精神世界だと言うのに胃から、食道から吐き気がこみ上げてくる。泪はこれだけの理不尽な敵意や悪意に、ずっと一人で耐えて来たのか。

ただ単純に泪の心からの笑顔が見たいと思っていた自分が、返って惨めで情けなくなってくる。


込み上げてくる吐き気を必死に堪え、目から溢れる涙が一向に止まらず視界も更に揺らぎ、ふらふらとよろめきそうになりながらも、前へ進み続けると紅い人影が見えて来た。



「お兄ちゃんっ!!」



倦怠感と吐き気を堪えながら瑠奈は気力を振り絞り、目の前の相手へ叫ぶ。



「·········誰?」



瑠奈の目の前で襤褸を纏った、薄紅色の髪の少年は確かに泪。

だが、その泪の目には光が灯っていない。まるで死んだような瞳。


「今日はどのような実験を行うのですか?」


実験とは何だ? 自分は泪に何もしない、泪の事が知りたくて此処に来たのだ。恐怖心と安堵を半分に、恐る恐る瑠奈は泪に近づいていく。



「わ、私は何もしない···。お兄ちゃんに······何も、しない、から······」



「それでは僕を殺してください。

僕は死ななければいけないんです。僕は生まれてはいけなかったんです。生きる価値のない生塵です。僕は生塵だから生きていてはいけないんです。早く僕を殺してください。貴方は僕を殺してくれるんでしょう?


僕は死ななきゃいけないんです。僕は生きてちゃいけないんです。貴方は僕を殺す為に来たんでしょう?


早く僕を殺してください。どうしたんですか? 早く僕を殺してください。


殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください

殺してください殺してください殺して―」



淡々と壊れたテープレコーダーの如く、殺してくださいと呪詛のように延々繰り返す泪。呪詛の様な無機質な声がいきなり止んだと思った途端、泪の背後から黒い影が現れ直後、恐ろしいまでの思念が放たれた。



「ぃ······っ、いやあああああああああああああああああああっっっ!!!」


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