第3話 瑠奈side


突如瑠奈の背後から現れた泪は何も言わずに前へ足を進める。


知り合いが来てくれたと安心して力が抜けたのか、先ほどまで念を使い続け体力を消耗していた瑠奈はへなへなとその場へ座り込んでしまった。

泪は前に出ると瑠奈を隠すように立ち止まる。


「お、お前はいつの間に···」


気が付けば既に男の意識は立ち上がれる迄(まで)に戻っていたようだが、念の衝撃波によるダメージは残っていたらしく、苦痛に歪んだ表情で泪達を睨んでいる。


「貴方や貴方が僕の後ろで誘拐しようとしてた娘と同じです」

「そ、そうか」


目の前に立っている薄紅の髪の青年が自分達と同じ力を持っていると聞くと、男の表情が一瞬で歪(いびつ)なものへ変化する。


「ならばその力、我々『ファントム』の為に役立て見ないか?」

「お断りします」


表情を変えず真っ向から拒絶を突き付ける泪に対し、流石はお兄ちゃんだなと内心で感心する瑠奈。

数か月前自分と再会した時も少し目を見開いただけで、直ぐに元の憂いを含んだ表情へ戻っただけはある。


「貴様も下らぬ人類との共存や安泰とやらを望むのか···我らの傘下に入らぬならこの場で俺の異能力を見せてやる。そうすればお前達も考えが変わるだろう」

「貴方の異能力と言うのは······『これですか』?」


言葉が終わると同時に、泪の右手からはオレンジ色の炎が勢いよく吹き出した。

その鮮やかな炎は泪だけでなく男やその周辺まで包み込み、一目見ると山火事にも迫る勢いまで増していく。


「お! お兄、ちゃん···」

「少し我慢してて」


泪のすぐ後ろで目を丸くして座り込み更には引きつり笑いを浮かべる瑠奈の頭を左手で少し撫でた後、右手の炎の勢いは緩めず改めて男の方へ向き合う。

その手の周りの炎は徐々に渦を作り、竜巻の如く轟音を立てて燃え上がって行く。


「お、お前!? その炎···! いや、そんな筈は···」

「貴方瑠奈と会う前に他の異能力者と小競り合いしていましたね。

貴方の能力はその時に目撃しました」


泪は男の異能力も把握していた。

自分と同じ異能力の類(たぐ)いを使うが、その能力は自分と比べれば遥かに弱い。瑠奈との念の押し返し合いを見ても少々激昂しやすく、自身の念を制御(コントロール)しにくいタイプなのだろう。


「し、信じられない! 『サイキッカー』は『あのお方』以外に存在する筈ないと思って···!」


サイキッカー? 何それ? 全然聞いたことがない。

異能力を持っていたとはいえ、不幸などとは無縁の日常の世界にいた瑠奈にとって、男や泪から未知の単語が次々と吐き出され、まるで頭の中の情報が追い付かない。


「すぐにこの場から去って下さい。力の差が歴然としている相手とやり合う程、貴方も愚かではないでしょう」

「ぐっ···」


泪の右手から発する炎の渦が更に勢いを上げる。

男からは念の押し返し以上の汗がじっとりと全身に滲み出している。

目の前の『サイキッカー』とやり合う事自体が本能的に危険だと察していた。


「···いいだろう、今回は退いてやる。

だが我々ファントムは、異能力者の理想たる至高の世界の為に進み続けるのみ!

全ての異能力者が人類と分かり合えると言う、下らん幻想など持っていると思うな!!」


男は額の汗を左腕で拭い、少しの間泪達を一瞥し逃げるように走り去って行った。

泪は視界から消えたのを確認すると、右手の炎をあっという間に消してしまった。僅かに残った火の粉がひらひらと夜空に舞っている。


「お···終わった?」

「今は。それより立てる?」


一連のやり取りを見ていた瑠奈は、何が何だか分からずもうついていけなかった。泪に声を掛けられてようやく我に返る。

泪に左手を差し出され申し訳なさそうに左手で泪の手を取り、空いた右手で埃を振り払いながら瑠奈はゆっくり立ち上がった。


「うん、何とか。それより···ごめんなさい」

「こんな事になった以上家まで送って行く。真宮先生には僕が説明するから」


「ありがとう。それより、これから学園で何も起こらなければ良いけど···」


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