まぁ、えてしてそんなもんですよ

 創作物ならばここで思いもよらない大発見や陰謀の影を察して物語が進展していくのだろうが、そういった事とは無縁であることを日々神に祈る俺である。どれだけ話の盛り上がりを期待する神様が居ようとも、それを回り道してでも避けて通ってみせる。

 まぁ、そこまで気合を入れなくても当然のように新発見はなく、初日に堀当てた魔法石とやらだけが発見物となりそうだった。そもそもこういった地道な探索がものをいう仕事に対して、たった数日動いただけで大事になるような世界ならきっと今頃もっと世紀末的な世界が広がっているはずだ。


「結局、初日にリクが見つけた魔法石やつだけかぁ」

「冒険者に無駄足や空振りなんて付き物だろう?」


 リーラは不満たらたらに崖を登る。

 俺はと言えばしっかり腰と足元の岩とが綱で結ばれていることを確認しつつ、ボケっと同じにしか見えない崖を見つめ続けている。一応、お金をもらっている以上自分にできる範囲でのお仕事なら熟そうとしてしまう。これも一種のサラリーマン根性というのだろか。

 ただ目を皿のようにして挑もうが初日のように光る物なんて存在しないし、初日からリーラが言い続けている魔力的な異常なんて物も感じ取れる訳がない。だって、俺は特別な存在主人公なんかじゃなく、ただの一般人モブに過ぎないんだから。


フィストの丘ここじゃなかったのかなぁ、どう思う?リク」

「まず、俺と来たことが一番の間違いだと思うよ?」

「リクもいるし何か見つけれるかなぁとか思ったんだけど」


 難聴系主人公の気があるリーラには俺の言葉は届かないらしい。ギルドのお偉いさんもそうだが、俺に何を求めているのかが分からない。勘違い系主人公ってきっとこんな困難を日常に感じているんだろうなぁ。


「リーラ、とりあえず帰還準備を始めよう?ギルドに報告してる期日を超えちゃうと怒られちゃうよ?」

「でもさぁ、こう、何と言うか。せっかくここまで来てさぁ!」


 リーラはギルドの中でもトップクラスの冒険者だ。これまで受注してきた仕事はほぼほぼ完遂しているらしいし、自分の感に響く何かがフィストの丘ここにあったんだろう。

 俺に何かを感じていると言っている時点でかなり眉唾だけど。


「冒険者は契約順守が命。今回の仕事は事件の解決を指すんじゃない、リーラが指定した地点における異常確認が仕事。

 『異常がなかった』これも一つの重要な報告だろう?」

「ヴぅぅぅぅ」


 正論をつかれて逆切れするほどリーラのメンタルは幼くないはずだ。納得がいっていないようではあるが先ほどまで登っていた動きが止まり、少し横にズレはしたものの下へと降っていく。

 相変わらず安定感抜群で緩やかに下って行く様はまるで昇降機のよう。


「リクは悔しくないの?冒険者プロが中途半端な仕事で尻尾巻いて帰るとかさぁ……」

「俺は生きるためになんちゃって冒険者をやってるだけだからねぇ」

「私の勘が囁いてるんだ、きっとここには何かある!」

「いやいや、ゴーストじゃないから」


 囁くのはアニメだけにして欲しい。あれは端から見てるのが楽しいのであって、誰も作中人物になりたがる人間は少ないと思う(メインキャラ除く)。

 メタ発言はともかく、ベテラン冒険者という存在は鼻が利く。リーラがそこまで拘るのならば何かあるのかもしれない。早いところ撤収したいところだ。


「リクは何も感じない?」

「なーんにも」


 俺ってばそんな電波系の人間じゃありませんので。魔力がどうのって言うのも異世界ここで生き抜くには必要なことなんだろうけど、残念ながら現代社会を生きてきた俺にはまず否定から入っちゃうよね。


「俺としては、早いとこ撤収して町に戻った方が良いと思うんだよねぇ」


 リーラと一緒に居た期間で特に沈み込むことが無かったのは想定以上の幸運だった。症状が発症しないうちにとっとと町に帰りたいところだ。

 考え事が増えれば増えるほどあまり良くない兆候だ。少しずつ自分が内向的と言うか、閉じた世界に入ろうとしている。


「……リク。ゴメン、ちょっとお客さんみたいだ」

「あー、また翼竜もどきガイフォル?」


 リーラは表情を変えぬまま、腰に下げた愛剣を抜き放つ。今まで素手で凪ぎ払ってきたリーラらしからぬ動きに少しだけ違和感を感じて岩壁に足を掛けた状態でナイフを抜く。

 当然闘うためではなく、リーラの腰ひもが切れた際に岩と俺を繋ぐ縄を切るためだ。やばそうなら早めに切れ込みを入れないと一気に綱を引ききれるほどの力は俺にはない。


「なんだろう、この感じ…、来る!」


 カーン

 甲高い音が周囲に鳴り響き、俺は瞬間耳を塞ぎそうになって岩壁から手を放しかける。まぁ、まだ岩に乗ってる分リーラが頑張る限り大丈夫なんだが。


「おぁ、何だあれ…」


 俺の頭上ではリーラが腰から抜き放った剣を操り、少なくとも俺の目からは消えて見えるくらいの速さで打ち合っている。

 黒っぽい体は全身を覆う羽毛なのか、打ち合う度に羽っぽい何かが飛び散っているようにも見える。得物は槍状の何かのようだが、早すぎて棒状の何かくらいにしか見えない。

 そして、いつになく真面目な表情を見せる彼女は俺にはよく見えない剣劇のなかで、うっすらと笑い始める。


「あぁ、ハイになってるねぇ……」


 リーラの溜まっている鬱憤を晴らさんが為に現れたのだろうか、先程から片手のみで打ち合うというハンデを負いながらもリーラの方が相手の動きを潰していっているようにしか見えない。


「片手で振り向きながらなのに、ようやるわ」


 戦闘狂リーラには今の状況がよほど楽しいのだろう。相手が距離をおこうとする度に何をやっているのか解りはしないが一瞬リーラの体から何か湯気のようなものを出しては相手が踏みとどまっている。

 なんだろう、あれかな。異世界摩訶不思議ゲーム的スキルの発現なのだろうか。理不尽すぎる人間たちの傍にいると理不尽が理不尽じゃなく、常識になっていくところがつらい。


「これって声掛けたら俺の方にやってくるパターンだよね…」


 このままボケっと傍観者で居るしかないのだろう。自分のせいでリーラが危険になるのは嫌だし、襲撃者の目標が俺に代わるのはもっと嫌だ。俺はリーラ《理不尽》とは違って一般人マトモなんだ。

 なんていうくだらなく自己中な考えのもと上空で突如開催された剣劇がいつ終わるのかと言えば、そんなもん当人たちに聞いてくれとしか言えず二人の剣速は増していく。


「は、ぁはあはははは」

「あー、壊れたかぁ……」



美少女と言いきって問題ないリーラに浮いた話の出ない理由、ぱーとつー。リーラは戦いの最中に精神が昂りに昂ると、突然大笑いし始める。

話には聞いていたが、本当に壊れたように笑うんだな、と。そして、これは確かにヒクなぁ。と他人事の様に切り分けて考えることにした。

いやぁ、これ物語の主人公は絶対リーラだよね。とか思いながら、とうとう引っ掻けていた足を岩壁から離して岩の上で胡座をかく。首を思いっきり捻りながら観戦するのも疲れた。


G KEEEEAAAK


よく分からん甲高い叫び声と共に黒っぽい何かが大きく距離をとって一気に突っ込む。

ドカッと大きな音がしたかと思えば瞬間辺りに静寂が戻る。頭上の一人と一体?はまるで時間が止まったように動かない。

あぁ、黒い方の得物は鎌槍の様だ。岩肌に突き刺さった部分とは別に十字に延びた典型的な穂頭が見てとれる。


「んー、鳥人間の成り損ない?」


角度的に顔まで覗くことはできないが、貫頭衣らしき物を纏った鳥の様に見える。布地から体格に比して小さめな翼が背中から突き出ているのでどういう作りをしてるのか大いに突っ込み処がある格好だ。


「リク~、ちょっと危ないから気を付けて~」


上から声が降ってくる。

黒い物体と共に。


それ・・ちょっと固そうだからぁ」

「いやいや、どうやってこの状態で気を付けろと?」


成人男性サイズのよく分からんものが頭上から降ってくるって、恐怖以外の何物でもないよね。

いい加減感覚が壊れて麻痺してる俺でも現実的な衝突の恐怖に岩壁に張り付いて回避する。


ぴゅー、ともひゅーとも聞こえる風斬り音をたてながらまっ逆さまに落ちていく黒い何か。

だんだんと小さい点になり、ごーんと大きな音を立てて遥か下の方で何かが飛び散る。


「……うわぁ、えぐぅ」


ちょっと口の中に酸っぱいものを感じてしまうが、そんなもの自分の安全と比べたら断然今の状態を歓迎せざるを得ない。


「りーらー、大丈夫?怪我とかない?」

「大丈夫だよー、ちょっと打ち合っただけだから」

「あーそぅ、ちょっと打ち合っただけ、なのね」


やっぱりこいつは人じゃないと思う。


「さっきのなんだった?」

「わかんない。単純な魔物とも亜人種とも違うように感じたんだけど」


首を捻りながら答えるリーラ。

下を除き込みながら、今にも飛び降りそうな顔をしてるが実行は勘弁していただきたい。


「取り敢えずこのまま岩壁を確認しながら下に降りよう、下のはそれからでも良いだろう?」

「……うん、まぁそうだね」


そう言いつつ先程までと比べて格段に早く降りていくリーラ。今までの散歩ペースから小走りペースくらいにはペースアップしているし、どんどん早くなっていっていく。


「いやまぁ、良いんだけどさぁ」


どうせ見てても何が異常なのかよくわからないんだし、リーラにおんぶに抱っこな状態もよく分かっている。


ただまぁ、やっぱり

『あきらめない人は最後の最後で何かしら得るものがある』し、『楽をして終わりそうだなと気楽にしてたら最後の最後にどんでん返しが待っている』ものなんだなぁ、とあきらめながら岩の上にただ座って加速度的な増していく降下速度を感じていた。


やーっぱ、これリーラが主役だよね……

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