うつというものに……

 鬱の症状を発症してから健常者からの『鬱』というもののイメージと実態の剥離を感じるようになった。


 よく、読み物としての登場はよくあるが、大体が症状が重篤になった後の状態ばかりが描かれていることの方が多い。ベッドから出れない。とか、部屋に閉じ籠って外出ができない、あ、これはニートも混じってるな。

 まぁ。これは各個人的な性格によるところもあるんだろう。日本にいたころ前からもそうだが、俺は変な計算に基づく打算的行動を行う事が増えた。不安定な心情による所が多いんだろう、寄る辺を探して何か自分自身の安定に役立つものを一所懸命探そうとする。

 その結果、周りから見てあいつは何をやってるんだと思われるくらいにやってる事が破綻して右往左往する事がある。今の俺がまさにそれなんだろう。


 なんでまた、魔物がうろつく危険地帯こんな所にノコノコ来てんだろう。


 小利口にどうせ現地入りしても学者枠だろうと思っていたら、ガチに冒険者枠って当初の思惑からだいぶ離れてしまっている。考えたくないのに考えてしまって余計に自分多く深くへ落ち込んでいきそうになる。


「リク?体は大丈夫なの?」

「…あぁ!今は落ち着いてるし、腹がへって無かったのも気を失ってたからだしね」


 即席で作成した竈の炎をぼけっと見ていた俺に涼し気な声がかかる。意識をぐいっと引き戻される感覚で周りに色と音が戻る。鬱になって常に戦うべきは感情の振れ幅の偏りと重度な依存性だ。

 感情がマイナス側には大きく、プラス側には小さく振れる。普段なら何も感じないようなことに悲しみ、不安になり、普段ならついつい流してしまいがちな他人の気遣いに感謝と相手への過大な感謝を感じてしまう。

 まぁ、要するに不安定ってことだ。 


「リーラの調子は問題ない?」


 主に、腹部とか腸とか胃とか。

 先ほどまで千年の恋も冷めそうな勢いで翼竜もどきだったものを口に運んでいたリーラは、食事から一呼吸ついてものんびりとした様子で武具の手入れを行っている。当然?ながら、リーラほどに自分の体に自信がない俺は自分で作っておきながら一口も手を付けていない。


「うん、問題ないよ。この子の出番はなかったしね」


 そう言いながら手元の剣をぽんぽんと叩いて見せる。もはや半分芸術品の意味合いを持つ日本刀とは違い、異世界こちらの世界における剣は実用品だ。斬れるか叩き潰すかしても壊れない、歪まないのが最低基準。西洋のクレイモアとかが役割的に近い気がする。

 だが、まぁ、今俺が聞きたいのはそちらではない。


「そっか、さっきの焼き肉は口にあったかい?」

「あー、さっきのとっても美味しかったよ。リクはスゴいね、現地調達っていつもあんなに美味しいもの食べてるの?」


 この世界でも例に漏れず、携帯食料はとことん不味い。喉が乾くは顎が疲れるはで、少なくとも食事を楽しむ類いのものでないことは確かだ。そんな世界で味付けという概念を持ち込むとどうなるか。

 答えは、今目の前で恍惚とした表情で味わったものを思い返す一人の冒険者である。


「というか、そんなに手の込んだことした覚えはないんだけどなぁ」


 固そうな筋繊維を前に、とりあえずリーラに頼んでサンドバックにしてもらった後で塩とドライフルーツを揉みこんで焼いただけだ。ドライフルーツも、店の奥で干からびてた屑を適当に天日干ししてみただけのものを使ってみた。

 魔力の高いものは総じて美味だとか与太話を聞いた覚えがあるので、そういった意味では魔物は魔力を体内で生成活用していると考えられているから美味しいのも可笑しくはない、のかもしれない。


「普通に町のお店で食べたご飯並みだったよ?」

「えぇ?まぢ?そんなレベルなの?ここのご飯って」


 お金が無いというのは幸せなのか不幸せなのか。異世界こちらの化学レベルが低いのは見るからに分かっていた事だけれど、食事レベルまで低いというのは考えたくなかった。

 確かに中世レベルの異世界なんて今のご時世、創作物の世界じゃ当たり前な事なんだろうけど、実際にそこに放り込まれてしまっては笑えないし楽しめない。創作物の中の料理は文明レベルで考えると随分高めに設定されてるものばかりだ。


「調理技術がまず考えられてないんだろうなぁ」

「お貴族様方は料理人を抱え込んで庶民とは別次元な食事を楽しんでるとは聞くけど…」


 俺の嘆きが食事の不味さによるものだとリーラは思ったのかそんなことを告げてくる。そんな所まで地球の中世時代と同じかよ。食に意識が行かないのはそれだけ余裕がない証だ。

 食なんて食べれれば何でもいい。それが今の所のこの世界における大部分の人間の考えなんだろう。料理屋らしきものはあったが、それは本当に食事を提供するだけで、美食の追求者とかそんなもんでは無かった訳だ。まぁ、昔あるあるだけど。


「はぁ、とりあえずリーラの口に合ったんならそれで良かったよ」

「え?うん、ありがとう」


 小さくうつむくリーラ。「あー、とりあえず自分で食っても大丈夫そうだな」とか鬼畜な考えをしていることはそっと隠して、照れているらしいリーラを見やる。

 この子本当に大丈夫なんだろうか。創作物のチョロイン並みに扱いやすい…


「あ、ところでさっき見つけた光ってた奴ってどうなった?」

「光ってた奴って、魔法石のこと?」


 腰元に着けた袋から青く光る指先位の小石を取り出す。

 深い青の外側は藍にも見えてぼんやりとそれ自体が光っているようにも見える。アパタイトの様な天然石なのだろうか。磨かれていない分、形は不細工だが、それ自体に宝飾的な価値を求める事も出来そうな気がする。


「リクはよくこれ見つけれたよね?やっぱりあれ?魔力の歪みみたいなのがあった?」

「歪みが何のことかはわからないけど、何となく光った気がしただけなんだよ」


 俺にそんな特別を求められても何も出来やしない。光の加減で何となく光ったように見えただけなんだ。

リーラはそれを謙遜ととったか、ふーんと、にやけながら流す。


「ところで、これってなんだと思う?」

「魔法石じゃないの?多分青ってことは、『水』か『風』だと思うんだけど」

「水?風?」


何を言ってるのか意味がわからない。まぁ、きっと異世界的なお約束不思議な法則が働く特別な石って認識で間違いないだろう。


「でも、おかしいよね。この辺で魔法石なんて」

「まぁ、何がおかしいかも俺にはわからんけどね……」


きっとリーラは難聴系主人公特性を持っているに違いない。俺の漏らした声は綺麗にスルーされて耳には入らない。


「まぁいいか、所でお願いしてた物はできた?」

「え?あの岩の皿のこと?一応できたけど、何に使うの?」


 リーラを歩く工具並みに便利使いする俺はきっと現代社会で見たらとんでもない悪党なんだろうなぁ。とか思いながらリーラが指さす石の塊を確認しに行く。

 俺一人だけでは腕力的に絶対作ろうとは思わないのだが、せっかく力自慢がいるのだから使える者は使うべきだ。リーラが拳一つで岩を砕くどこかのZな戦士みたいな真似をした時にふと思ったのだ。これ指先で掘ることも出来んじゃね?と。


「でも、加護エンチャントをこんな風に使うなんて初めてだよ」

「俺はその加護エンチャントとやら自体が初めて見たよ」


 ぼそりと返すがリーラには届かなかったようだ。

 軽々とひょいっと持ち上げて俺に見せてくる岩の塊には十字に刻まれた溝が走り、溝の先には岩を貫通する穴が四か所空いている。半畳くらいのそれを軽々と持ち上げる違和感はもう考えないことにした。


「なんに使うの?」

「あぁー、これ使って明日の調査を楽にしようかなって」

「調査を?」


 主に俺が楽になる為なんだが。


「まぁ、明日にはさっきの岩場をもうちょっと細かく見ていこうぜ」


 今日の所は、腹も減っているし早いところ休んでしまいたい。先ほどまで気絶していたとはいっても、今日は普段よりはるかに移動する羽目になってもう足がガクガクなのだ。

 頭にはてなマークを浮かべるリーラに可愛いなぁと思いつつ、ごろんとその場に寝転がった。固い地面も寒いマントも、異臭を放つ装備たちも皆慣れてしまった。人間って追い込まれると適応力を発揮するもんだなぁ…




「あ~、なるほどねぇ。アッタマ良いねぇ」


 こんなプラス方向に評価されてニコニコされるとは思っても居なかった。少しばかり利己的過ぎた自分の考えに怒られながら言い訳をすることになるだろう、位は考えていたんだが。


「へぇ~、これなら確かに視界も広いし道具も使いやすいね」


 先ほどまで俺を吊るしていた綱を岩の穴に通した上でしっかりと結び付け、取っ手用にしっかりと結び付けた簡易的な吊るし皿だ。皿というには岩なので異様な位に重たいし、乗るのがリーラじゃなくて俺な所が絵ずら的に違和感しか覚えないのだがリーラには好評だったようだ。


 こいつどこまでいい人なんだろう。

ニコニコしながら自分の腰に綱を結びつけ、岩との間で緩みがないか何度も引っ張って確認している。


「あとは取っ手と俺を念のために綱で縛り付けとけば転落を気にせず作業に専念できるかな」 

「お~、なるほど。じゃあ、これで今日は昨日よりスピードアップできるね」

「……え?」


 この世界の人間リーラはやっぱりどっかおかしい。

リーラは異常性を分かってくれないようで、首をかしげながら固まっている俺を見ていた。


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