やっぱりこいつら人間じゃねぇ

 基本的に世界にいる人間たちは皆揃って化け物だ。もし、俺が同じことをやれと言われても冗談だとしか思えないだろう。

 命綱なしでロッククライミングしながら片手で戦闘までしてやがる。

 しかも欠伸しながら。


「どうしたの?リク。何か異常はあった?」

「おまえの身体能力が一番異常だよ」

「あはは、リクもこれくらい何でもないでしょう?」


 今も片手で白亜紀の翼竜を彷彿とさせる魔物を追い払っている。

 見た目アイドル顔負けな女の子がロッククライミングしながら、片手でモンスターを討伐中。何かのCMかな?最近攻めてるCM多いよね。とか現実逃避がだいぶ常態化してきた俺だ。


「それにしても、ヒュッポスの『丘』って割には随分と崖が多いんだな」


 俺は腰にしっかりと結び付けた命綱を情けないとは思いつつリーラに結び付けて安全を担保していた。普通、岩にハーケンやらなんやらを打ち付けて固定化するものだとは聞いてはいるが、そんな知識も経験も道具もありはしない。冒険者は黙ってフリークラミングらしい。


「あれ、知らなかった?ヒュッポスってこの辺で有名な馬の神様の名前なんだよ。ヒュッポスにとってはこの程度の崖はただの段差だって事で丘って付いてるって聞いた事ある」


 そんなどうでもいいトリビアを告げられても、俺にとってはどうでもいい。エアーズロックのミニチュア版みたいなのが大量に並ぶ光景はため息しか出てこない。

 丘という名称から、てっきり草原が広がるなだらかな丘陵地帯だと思っていたのが運の尽き。草原どころか岩だらけで植物らしきものがさっぱりない不毛な岩場地帯に軽装備で凡人の俺が投げ出されてしまったわけだ。


「これ、俺が付いてる意味あるの?」


 キャンプを張って俺はそこでお留守番を決め込むつもりだったのだが、気が付けば縄をつけて引っ張り上げられている状態だ。さっきから、腰に食い込む縄が痛い。

 ひょいひょい登っていくリーラに当然追いつく事など出来はしない。括りつけられた荷物よろしく縄によって引っ張り上げられているだけで岩に手さえかけちゃいない。俺の体重程度ならさして重量を感じないらしい。


「しっかりとリクは辺りを見ててよ~。取り合えず上まで登って魔力異常を確認できればいいんだけど」

「これ、絶対ただの荷物だろ…」


 俺が一体、周りの何を見て何が異常だと気が付けるというのか。もう、さっきから漏らさないか心配しながら綱を見上げる事が俺にとって一番大事なことになっている。


「この辺りに魔力異常は感じないんだけど、リクはどう?」

「俺は何にも感じれないぞ?魔力ってなんだよ?」

「そうかぁ、やっぱりこの辺じゃないのかなぁ」


なんだろう、この合ってるようでかけ違えてる会話は。魔力なんてもの、現代社会においてはフィクションの世界か厨二病の世界でしかお目にかかれない代物だ。もし仮に向こうで『魔力の波動が!』とかやってる人間が居たら痛い奴を見る目で見られるかそっと視線を外される事だろう。


「どう?なにかあったぁ?」

「ん~、特に何も…ぉ?」


 いつも通りのやり取りを行おうとしたその時にちょっとした物を見つける。


「お~い、リーラちょっと止まってくれ」


 壁にめり込むようにして、何かが光っている。鉱石にしては光が強い。こんな場所に人工物がある方がおかしい話だが、そもそも世界前提からしておかしい世界で今さら何をいわんやと言うやつである。


「なぁ、リーラ。これ取り出せる?」

「何か見つけたの?」


世界が瞬間上昇するが、体を支える綱が存在を主張するかのようにビシッと音をたてて世界が止まる。


「リーラ、頼むから、降りてくれ。落ちるんじゃなく」

「えー、めんどう。これだよね?」


先ほど俺が見掛けた光る石をリーラは指差しているらしい。取り敢えず、先ほどの反省から一応足を岩に引っ掻けてしっかりと目の前の岩場に手を伸ばす。


「あー、天然物っぽいけど、どうだろうなぁ。これってどれくらい深いと思う?」


岩場を指差しながら問いかけてくるリーラは、どれくらい掘り返せば良いか検討をつけているのだろう。


「どうだろうなぁ、頭は出てるからそんなに深くないとは思うんだけど」

「あんまり力いれると粉々になっちゃうかなぁ……」

「……取り出せるかどうかじゃなくて、粉々にしないかが不安とか」


なんかもう、常識が裸足で逃げ出していくなかで本当になんで俺がここに居るんだと。


「ねぇリク。やっぱりこれって魔法石なの?」

「さぁ?魔法石ってなに?ガチャでも回すの?」

「何言ってるの?」


分かってはもらえないが、こっちもリーラの言っている意味がわからない。


「周りごとまとめていくよ~」


もう、意味がわからない。

なんでリーラはその細腕振りかぶってるの?命綱無いけど、どうやってからだ支える気なの?


「せーのっ!」


ゴッーーー


重たい音が響いたと思った側から、パラパラと溢れてくる砂粒。


「あー、ちょっとやり過ぎたかにぁ?あはは~」


 照れたように頭をかいて見せるリーラ。真正面から俺の常識を砕いてくれてきた彼女は、俺と彼女をつなぐ綱をひょいと引っ張って俺の体を宙にダイブさせる。

 世界が下降していく感覚の中、リーラを追い越してさらに上の方まで体を運んでいく。


「ちょっと飛び散るよ~」


 あ、なんか想像できた。


 ゴゴゴゴゴ…


 あー、この光景をあのなんちゃってアイドルの細腕が作り上げたと思うと、あまりの現実味のなさにやっぱり俺はこの世界の人間じゃないと強く思う。

 ぐるぐると回り続ける周りの世界に、俺はジェットコースターに乗っているんだっけ?とすら思う。安全性の基準もチェックも存在しない世界で絶対に乗りたくはないアトラクションだが、俺にとって拒否権は存在しない。


「あ~った」


 そんな中でも明るく元気な声が響く。

 なんだろう、鬱症状以外でこんなにも外の世界と意識が断絶したのって久しぶりな気がするなぁ


「りく~、見つけたから一旦降りるよ~?」

「…あぁ。落ちないで降りてくれよな」


 望み薄な願いを口にして、俺はとうとう意識を手放した。



「もぅ、体調が悪いなら悪いって言ってくれれば良いのに」

「悪いな、すこぶる体調は良かったんだ。崖を上るまではな」


 日が沈む前に野営の準備を急ぐ。

 なぜだか大型の岩がゴロゴロと転がっているので、それらを即席の壁にリーラがしていくなか、俺は転がっている小石をかまど上に配置して中に燃焼用の固形燃料を設置する。

 できれば落ち木などを使って燃料は温存したかったのだが、無い物はしょうがない。丘の頂上には多少なりとも自生しているらしいが、それを狙って大型魔物がやってくることがあると聞かされれば選択の余地はない。


「そういえば、食料はどうするの?」


 それも頭の痛いところだ。

 所持している携帯食料では量が少ない、リーラは俺が現地調達するものと勘違いしていたために俺と同じく必要最小限の持ち込みしかしていない。町にいる女性陣の中でも群を抜いて美人だし可愛いと思えるリーラだが、町にいる女性陣の中でもトップクラスに女を捨てているのはどんな皮肉か。


「しょうがない、リーラが落としてくれたアレを食べるか…」


 俺の視界にはフリーロッククライミング中にリーラが叩き落としてくれた翼竜もどきが何体か落ちていた。よほど強力だったのか打ち所が悪かったのか、叩き落された際に体制の立て直しが間に合わなかった哀れな奴らが息絶えている。

 見るからに不味そうだが恐竜の進化先が鳥類だとすれば、ひょっとした鶏肉っぽい味があるのかもしれない。筋っぽそうだが毒さえなければワンチャンあるか…


「あれって毒がありそうだけど大丈夫?」


 ワンチャン……


「久しぶりで自信ないけど、ちょっと捌いてみるからリーラも手伝ってくれる?」


 リーラが魔物を倒してくれる代わりに俺が調理を試みる。当然、まず食べる権利は一番大変なリーラにこそあるべきだ。そう、適材適所、give-and-takeだよね。

 敵よりも食材切った数の方が多いナイフで魔物の足辺りを突き刺してみる。案の定俺の力では皮すら貫くことが難しい。ヒュッポスの丘で生態系の一部を築いているだけあって俺とは隔絶した力を持つ魔物のようだ。


「リーラはこいつらの皮をはいでもらっていいかな?適当でいいよ」

「へー、リクって料理もできるんだ。いいよ~、適当に剥いでくね」


 そう言いつつ素手で魔物を掴み取ると、まるでポテチの袋でも破くようにビリっと皮部分を裂いていく。剥ぎ取って浮いた空間に腕を突っ込みながらどんどんと魔物の皮を力任せに剥ぎ取っていく。

 きっと素材屋が見たら卒倒しそうな状況だろう。

 なんぼ虚弱な俺の力とは言え、ナイフすら突き立てる事の出来ない皮だ。きっと良い値段が付くんだろうなぁ。とかそんな考えが頭をかすめる。


「ある程度大きく取れたらこっちに置いといてくれる?」


 ちょっとした下心は、「はい、どうぞ」と渡された皮の重みで丸ごと放棄した。

 皮なのにちょっとした金属板並みの硬さと重量感を感じる。鼻歌交じりにビリビリと破いていくリーラの姿にちょっと引きながら、ピンクというよりも白っぽい感じの魔物の肉をどうするかと考える。

 筋肉だけに皮よりも固いかと思ったが、筋繊維に沿ってナイフを突き立てると、何とか身を分離する事もできるようだ。鳥っぽいのに肉より皮が固いとか、どうにも地球現代社会に喧嘩を売っている世界だと思う。


「さて、リーラに食べさせてどれくらい様子見すっかなぁ…」


 なかなか外道な事を考えているが、きっと大丈夫だろう。

 冒険者こいつら絶対人間じゃねぇもん。





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