やっぱりお約束
ジェイクさんは町を出る発言で固まっていたが、溜息を付くと苦笑いをしながら
「じゃあ、そん時は送別会でもしてやるよ」
と言ってくれた。本当にいい漢である。
1か月で愛着ができるほど俺は郷土愛にあふれた男ではない。そもそも鬱症状が出て来てる最中、冷静で計算高い行動がいつもとれると思えるほど俺の出来は良くない。その時その時の自分の中では最適な行動をとっているように感じているのだが、周りの人間からすればあいつは何を支離滅裂な事をやっているんだと思われるのは日常茶飯事だ。
「あ、リクさん」
頭の中でぐるぐる回る無駄な思考を放置していると、それを吹き飛ばすような感覚で声が響く。
「あぁ、デイラか」
ふっ、と肩から力が抜ける。
やっぱりなんだかんだで緊張していたらしい。緊張しすぎると逆に強がって
「デイラ、君フラグ建築士とかの資格持ってたりしない?」
「ふらぐ?なんですか?それは」
カウンターに肘をついた状態で小首を傾げるデイラは
「リクさ~ん、戻ってくださ~い」
「あ、ああぁ」
益体もない事を考えてしまった。ちょいちょい日本でのお仕事モードが発動してしまうのが社畜の悲しい所か。不思議そうな顔でこちらを見てくるデイラに笑ってごまかす。
「デイラの言った通りになっちゃったよ」
「あぁ、やっぱりそうでしたか。ここの所リクさんの回収物の成績が右肩上がりだったのでそうじゃないかと」
「え?そんなに言う程採ってた?」
「え?えぇ。収集系のお仕事を受諾される皆さんは、魔草回収の仕事で週に二、三件くらい受注されてらっしゃるんです。ただリクさんはここの所ほぼ毎日でしたので、ギルド長も何か感心してらっしゃったみたいですけど」
ガッデム…
他の誰でもない、俺自身が面倒事のフラグを建設していやがった。
厄介事が顕在化し始めたころから、その仕事ばっかりやってる人間が居たらそりゃ目立つよなぁ。
「仕事も丁寧ですし、流石薬師から指導を受けた人間は違いますね」
「あ、あはは。そんな大したもんじゃないんだけどね」
なんだか、色々ハードルが上がってしまっているように感じる。俺が出来る仕事って荒事意外だから自然と収集系の仕事ばっかりになってるだけなんだけど。
「魔草がないと私たちも生活できなくなっちゃいますからね、どうかよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げてくるデイラに対して、胸に何か重たいものを放り込まれたような気がしないでもない。鬱患者に絶対やっちゃいけないことの一つが「頑張って」だ。頑張ろうとしていない訳じゃない、頑張れないから頑張れないのだ。無理なもんは無理と割り切れるような人間は鬱患者になりゃしない。
「はぁ、やるだけやるね…」
「はい。頑張ってください」
にっこり笑って止めを刺される。
「さて、今日の稼ぎ分どうするかなぁ」
突然の強制依頼で今日の仕事が受注できない。そうなると、今日一日の報酬がない。報酬が無いと、俺の財布が悲鳴を上げて俺の生活も詰む。
「強制依頼って前渡金とかないのかなぁ」
拘束して仕事をさせるなら、せめて拘束期間の生活位面倒を見ろと思ってしまう。人は夢や思想で食っていけるほど高尚な物じゃないんだ。一応、ジェイクさんの好意によって宿泊費がかかって無い分、すぐに干上がる訳じゃないが、余裕がある訳でもない。
「改めて日本ってすごかったんだなぁ…」
最低限のセフティネットと言いながら、世界でも有数の弱者救済処置を当然のように整備しており、税金の無駄遣いだと叩かれながらもそれを維持し続けている日本国政府はすごいと思う。いや、政府というより官僚が凄いのか。神輿は神輿より担ぐ人たちが凄いのだ。
「明日まで暇になっちゃったしなぁ」
普通であれば、新規依頼受注後はそれに合わせて装備や準備物を揃えたりするものなんだろうが、如何せん俺は金も力も見栄すら持ち合わせてはいない。そんなものに金を使うくらいなら日々の生活費に回したい。まぁ、そうして自分の首を絞めていくんだろうけど。
「おい、リクじゃないか」
まぁ、俺を呼び止めるような奇特な人間は数えるほどしかおらず、それもそれぞれ特徴的な声だからすぐにわかる。
「ルートか」
「おっす、どうだ呪いの方は?」
「比較的安静に保ってるよ、ただ、やっぱり体の方がついて来ないけどね」
まぁ、呪いで著しく体力を損なっている元冒険者って設定になってるからね。
「そうか。まぁ、それでも今回の件に召集されてるんだろ?さすがだよなぁ」
それも、こちらとしてはひどい計算外だ。代われるものならば代わってやりたい。
ルートは若手の冒険者たちの中でも期待のホープなんて言われていたりする。今回の招集にしたって俺を呼ぶよりルートを呼んだ方がよほど役に立つことは間違いない。
そんな中で俺が呼ばれるというのは間違いなく、上の連中の勘違いなんだろうなぁ。
「俺には何にもできないぞ?せいぜいお荷物として屈強なお兄さん方に守ってもらう事しかできん」
「おいおい、そこは美女の方が良くね?」
「ん~?」
ルートの視線が俺の頭よりやや後方の方へ流れながら、そんなことを言ってくる。こいつがこんな話を振ってくるのは珍しいが、なんとなく、ルートがやりたい事が分かってしまった俺はそれに乗ることにする。
「いやぁ、冒険者で美女なんて、砂漠で宝石を探す並に難しい話だろう?」
「へぇ?お前さんの目にはギルド内の女性陣はみんなオーガか何かに見えるっていうのか?」
「いやいや、受付嬢のみんなは俺にはとても手の届かない様な別次元の人間さ」
にやにやが強くなるのはどっちだろう、俺の勘が当たっているのか外れているのか。たぶん、俺の背後にいるんだろうけど。
「あぁ、でも一人だけ居たなぁ、俺の手が届かないような絶世の美女が」
「ほうほう」
ルートのニヤニヤ度が上がる。
「颯爽と切り込む姿は凛として咲く花の如く、佇むその姿はまるで一服の絵画。俺にはただ一観客として見続ける事しかできないような…」
「えぇえい!だから、それはやめてぇ!!」
どうやら例の如く聞くに堪え切れなかったようだ。ルートは声だけは出さない様にしているが、肩を震わせて笑いを堪えている。
「おや、俺の救いの女神じゃないか!」
「あ~う~、リークー…」
顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくるリーラは、今日は重苦しい革鎧を脱いで町娘たちと似たり寄ったりの軽装だ。腰に下げた長剣が不釣り合いに存在感を示してはいるが、年相応に自分を引き立てる髪飾りなども差し込んでいる。
殺伐とした冒険者家業を行いながらも、女性としての心は生かされているようだった。
「すごいよなぁ、リーラさんにそんな口きくのってリクくらいじゃない?」
「そんなことないと思うぞ、実際リーラは美人なわけだし」
そう、正直交じりっ気なしの意見としてリーラは美人だと思う。魔力なんてトンデモ粒子が飛び交う世界において、人の見た目と強さはイコールで結ばれない。魔力がどう作用するかなんて俺にはさっぱりだが、明らかに人間という設計を超えた馬力や耐久力を冒険者たちは持っている。
体表を覆って守備力、耐衝撃力を上げているというのならまだ何とか想像しやすいのだが、筋力が上がるのは体内にどういった作用が及んでいるか。
「まったく、リクは相変わらずだな」
「そういえば、リーラも招集受けてたよね。よろしく」
「あぁ、その事で話があったんだ」
リーラは少しだけまだ赤い顔をしながら、ちょっとだけ真剣に顔を引き締める。何となく内容に想像がつくために俺も少しだけ表情を改める。
「リク、今回の仕事は辞退するんだ」
一言目で俺はため息をついてしまったが。
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