フラグは圧し折る為にある
『ひょっとしたらリクさんにもご協力いただくかもしれません』
確かにデイラはそんなことを言っていた気がする。
言ってはいたが、流石にそのフラグの回収は早すぎるだろう。
「さて、今回君たちに集まってもらったのは他でもない。魔草の減少についての調査依頼だ」
会議室なんだろうか、椅子だけがずらっと並んだ小さな部屋の中に厳つい装備に身を包んだ人間がぎっしり。学者と思しき小綺麗な格好をした年配の男性が二、三人。そして、そんな中どっちつかずな何で居るの?と部屋の人間から絶対思われているに違いない人間が一人。
「領主様からの直接依頼である以上、君らには実質的な拒否権は存在しない」
ご丁寧に説明されなくても、それくらいは理解できていますよ。お偉いさんに逆らって碌な事にならないのはどの国でも、どの世界でも同じことだ。ただ、声を大にして叫びたい。
絶対俺この中で浮いてるだろ!
厳つい装備に身を包んだ冒険者たちは荒事対策から、原因究明のための厳しいサバイバルへの対応を期待されて、学者たちは日々ため込んだ知識でもって冒険者たちがもたらすヒントから原因を追究していくことを期待されてここにいるはずだ。
じゃあ、俺って何を期待されてるんだろうね。
「諸君らはこの町における一部トップエリートである」
いや、少なくとも俺はそんなことないっす。
会議室で気分よく演説ぶってらっしゃるのは領主から直々に派遣されている代官だ。俺は顔すら見たことがないのだが、領主への心酔ぶりはその端々から隠すことなく叩きつけられてくる。
部屋の冒険者たちは座ったまま舟を漕ぐか、代官の隣に立つ初老の方へ呆れ果てた顔を向けて目線で何かを訴えかけている。
代官の横に微妙な表情で突っ立っているのが、この冒険者ギルドのギルド長だ。ギルド長の顔自体はたまに見ている。仕事時間が終わるや否や併設された酒場で酒を呷っているのだ。もともとがトップランカーに名を連ねる冒険者だったらしいが、加齢を原因に現役を退く際にはねっかえり冒険者たちの重石として雇用したらしい。
「さて、とっぷえりーと諸君?俺たちに求められているのは至極簡単な話だ」
代官の代官による領主様へ捧ぐ独演会が一段落したころ、真打が満を持して登場。といった感じで一言目にこう言い切った。
「草の根分けても魔草を枯らした
とてもシンプルで、とても分かりやすく要求を伝えることは重要なことだ。先ほどまで右から左で話を聞き流していた冒険者たちもギルド長の一言に顔つきが変わる。そしてギルド長の言葉では原因不明と言われているのに対して、何かしらの原因がわかっているかのように聞こえる。
「ギルド長、ひょっとして今回の件で何か知ってるのかい?」
部屋に響く高めの声はリーラか?
部屋にいる連中の意思を代表したかのような質問に、ギルド長は面白くなさそうに言い捨てた。
「魔草が枯れる理由はいくつかあるが、大体理由は二つだ。
水や土が枯れて生えないか、その地点で魔力を馬鹿食いしやがって生えないか」
魔草自体が自力で魔力を取り込むことの出来る植物とされているためか、それ自体の生命力は非常に強い。通常の植物ではたちまち栄養を吸い尽くされてしまうためか共生も難しいほど。
「町周辺ですでに確認されているだけで3か所だ。ここ数ヶ月雨が降らないなんてことは無かったし、土が枯れるような事も聞いてねぇ」
ギルド長はいらだち紛れに壁に拳を叩きつけながら部屋にいる冒険者たちを見まわした。
「どこの誰だかわかりゃしねぇが、この町の近くに存在するだけで魔力を馬鹿食いする大型魔物か、後先考えねぇ気まぐれバカ魔導士か。
今回の件を引き起こした奴を俺の目の前まで連れてこい、生死は問わん」
「え?ギルド長?」
魔導士は国が保護しようとしている重要人物たちだ。流石に殺したとなると色々問題が。
「町周辺の魔草に対する植生障害行為は重罪だ。
たとえ、高位魔導士だろうが遠慮するな。どのみち国から処分が下される」
ギルド長はだいぶお怒りの様だ。
まぁ、魔草の減少はそのまま冒険者たちの生存率に直結する問題だからしょうがない所か。
「今この時点からお前たちは、本件に関する機密保持と早期事態解決の責を負う。期間中の依頼キャンセルだか何だかはこっちで処理する。
陣頭指揮は、ジェイクお前が執れ」
「俺かい?まぁ、そりゃ構いやしないが」
ジェイクさんは一瞬俺の方に視線をやったような気がする。
周りの連中もそういった視線には敏感だ。まぁ、間違いなく視線に意味は何でこいつ居るの?で確定だろう。すいません、俺にもわかりません。
「さて、じゃあジェイクには話があるから他は解散だ。仕事自体は明日からの取り掛かりでこの部屋に来い。今日中に今抱えてる案件があるなら処理しておけ、受付に言えばある程度はやってやる」
話はここまでだと言わんばかりにギルド長は話をブチ切り、部屋の人間たちに退室を求めてくる。部屋の人間は今一すっきりしない顔をしながらも、三々五々散っていく。どのみちこの町に暮らしていくのであれば今回呼び出された瞬間に拒否権はないのだ。町を出るという選択肢を選ぶ人間も時には居るだろうが、今回のような案件であればおそらく全員が指示に従うだろう。
「あぁ、リク。お前も来い」
そして、ひっそり空気になっていた俺に声を掛けてくるジェイクさん。部屋の冒険者たちが姿を消してからゆっくりと帰ろうと思っていた俺は、周りの人間の注目を浴びながらも瞬間固まる。
「え?俺ですか?」
「あーそーだ。お前以外にリクは居ないだろうが、ちょっとこっちに来い」
ジェイクさんはギルド長の横で難しい顔をして立っている。まぁ、どう考えても俺がこの場にいる事はおかしいと思っているんだろう。大丈夫、俺もおかしいと思っているからいつでも離脱しますとも。
いそいそと近づいていくと、困ったような顔のジェイクさんとニヤニヤ笑ったギルド長が迎えてくれた。
「よう、おめぇさんの話は聞いてんぜ?呪い持ちのリク」
「あ、はじめまして」
俺の呪い《鬱》を知っていて声を掛けてくる人間は大体二種類だ。近づくな、と面白がって怖いもの見たさのどちらか。ジェイクさんやリーラの様な例外も居たりはするが、基本利己主義の塊である冒険者は自分が良ければそれで良い。
「おいリク、お前体調は大丈夫なのか?」
「今は割かし安定しています。少なくとも倒れこんだりとかそういったのは今の所ないです」
「そうか、今の所抑え込めてるってぇ訳だな」
そう呟くのはなぜかギルド長だ。
「ギルド長、なんだってリクが今回の件で選抜されてんだ?」
「あぁ?ここいらでの魔草回収をたった一週間で出来る様になっちまったんだぜ?使えるもんは使うのが俺の流儀だ」
魔草回収はどちらかといえば、肉体労働より半頭脳労働だ。経験則に基づく魔草回収のノウハウは薬師たちにほぼ独占されており、報酬も少ないことから冒険者たちはあまり回収作業を行いたがらない。
「魔草の減少のせいで流れの薬師たちは流出が激しい。町にいる薬師たちへは領主から話が回ってる筈だが、あっちはあっちでやる事があるらしくてな。
リク《こいつ》は今回の件で今うちのギルドで最も動かしやすい冒険者って訳だな」
「え~っと、ギルド長?ただ俺ってものすごい弱いですよ?」
そう、下手すれば町の子供よりも。
都市生活してたサラリーマン舐めんな。
「今のこいつは下手したらそこいらの駆け出しの子供以下だぞ?」
心配そうに声を上げるジェイクさんは交じりっ気なしの純粋な心配の言葉なんだろうが、少し心に刺さる。分かってはいるけど声には出さないで欲しい。
「ああん?そんなもんお前らで守りゃいいじゃねぇか。学者連中と同じだよ」
「まぁ、そうだが」
それにしても、なんだか実力が上の人間になればなるほど俺に対しての買い被りが大きいのはなぜだろう。『今の』って、俺は今も昔も格闘技なんざ一つも習ったことがないし、小、中、高、大一貫して文科系クラブ所属のもやしっ子だぞ。
「こいつにはまだ、ココが残ってるじゃねぇか。しっかり働いてもらうぜぇ」
ギルド長は笑いながら頭を指さして肩をたたいてくる。貫く衝撃に思わず肩が外れるかと思ったが、そんな俺を面白そうに見ながら笑って部屋を出て行く。
ジェイクさんはそんなギルド長を見て溜息を付くが、こちらを憐みのこもった眼で見やる。
「リク、お前も変なのに目をつけられたなぁ」
「いや悪いですけど俺、変な事になりそうな場合は町出ますから」
変なフラグが立ちそうになっているのは自分で感じる。そんなフラグ立ったと同時に全力で圧し折ってやる。俺はこの町を出た所で痛むところなんて、ジェイクさんのおかげで泊まれてる無料宿泊所だけなんだ。
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