冒険者ギルド
さて、俺がこの世界へ訪れた理由をはじめに話しておこう。
そう、あれはまだ俺が安全・快適・安心の日本というゆりかごで過ごしていた時の事。まだ一月にもならない位前の話だ。
俺は仕事帰りの道を歩いていた。
するとそこに道路に飛び出た子猫を助けようとして飛び出そうとする美少女を庇おうとして…
――いや、よそう
実際の所、何が起きたかなんて俺はさっぱり覚えていないんだ。
気が付けば見覚えの無い部屋に無個性な、こっちの人間からしたら凄まじく悪目立ちする様な服を着こんでぼさっと立っていたのだ。
いつもの憂鬱な心境のままに会社の防火扉を引き開けて扉をくぐると、そこはありえない
そして俺の真っ白になった頭にただ一つだけ浮かんでいたのは、あぁ、これで出勤しなくて良いんだ。というそんな感情だけだった。
「よう、リク」
「あぁ、ルートじゃないか」
ルートは俺がこの世界に迷子になってから知り合った一番最初の人間だ。
スーツ姿の俺に対して周りからの反応は冷たいものだったが、この男だけはどこかの部族の民族衣装か?くらいの感覚で話をしてきた。
今考えると太い神経をしている。異世界物のライトノベルでは定番だと思うのだが、現代日本では安物の吊るしのスーツであったとしてもこの世界からしたらとんでもない値打ち品である。貴族や下手をすると王族が着るような服を着た男がお供もつけずに冒険者ギルドにやってきているのだ。
厄介事の臭いしかしない。
「どうだ、体調の方は?ジェイクの旦那からもよく言われてるからな」
「あぁ、ありがとう。単純な作業位なら何とでもなりそうだよ」
冒険者ギルドに寄せられる仕事はピンからキリまで様々な仕事であふれている。日本ならお役所が行っているような雑事が様々なところで分散化して処理されているのだ。
町の清掃活動や犯罪取り締まり活動などといった軽重問わずのごった煮状態だ。
ファンタジーノベル御用達の掲示板に貼られた様々な仕事の中で、俺でも対処可能な物を探していく。
庭掃除やペットの捜索、街から出てほどなくの所にある草原から薬草の類を回収してくる仕事など。どれも、日本の一般男性でもいわゆる健康な人間であれば従事できる仕事内容だ。
日雇い労働者が現代社会では問題になっていたが、
「リクも早い所魔物狩りに復帰できればいいな」
「…あぁ、稼ぎが違うからなぁ」
そして命のリスクも違いすぎるから、きっと俺は切羽詰まるまでそちらにはいかないだろう。
「じゃぁ、俺はそろそろ出るぜ。いつもの奴らと今日はゴラン平原だからな」
「ゴラン平原ってことはオーガとかかい?すごいなぁ」
「ははは、まぁ五人で一体をタコ殴りするだけだけどな」
笑いながら扉を出て行くルート、ゲームでおなじみのオーガは冒険者たちの中でもいわゆるベテランクラスの人間でないと受ける事が無い大型の鬼系魔物の総称だ。動物たちが魔素に侵され、悪しき魂に乗っ取られると魔物になる。とギルドから説明を受けはしたが正確なところは今一分かってはいないらしい。
あぁ、そうだ。お約束事を律義に守ってくれるこの異世界において一番俺が感謝したのがこのお約束事だ。
「あぁ、おはようございます。リクさん」
「おはよう、デイラ。これをお願いします」
冒険者ギルドにおける、酒場とカウンターの美女。
酒場はお金の関係上お世話になる事はまれだが、カウンター嬢はデイラを始めとして美人揃いだ。
差し出した依頼票はお世辞にも品質の良い紙とは言い難い上に、掲示板に貼られた紙の多くは日に焼けて変色したままだ。短期的な物や重要な物についてはしっかりと張り替えられているが、長期的にわたってかけられた依頼物に対しては擦り切れて読めなくなるまでそのまま。ピンで留められているために掲示板から引き抜かれる度にどんどん紙も痛む。
「はい、フィストの丘でリバル草の回収ですね。今特に異変などは報告されていませんが、近くには未討伐のダンジョンもございます。十分に魔物には気を付けてくださいね」
にこりと笑いかけてくれるデイラ。
いわゆる白人系の人種がこの町の大半を占める中で、モンゴロイドたる俺の顔は非常に目立って即顔を覚えられることとなった。エキゾチックな黒髪、という部分はニンマリとするところだろうがのっぺりとした顔と言われると正直へこむ。
ほりが深いのが美男美女の条件なら始めから日本人は非常に不利だと言わざるを得ない。
「先週より買い取り額が上がってるみたいだけど、何かあったの?」
「少し、全体的に薬草が不足気味みたいですね。領主様からもそれとなく収穫量のアップを打診されているみたいです」
割の良い仕事に人が群がるのは当たり前のことだ。薬草集めなんて、薬草ごとの回収、保存方法が異なるから面倒なことこの上ないと不人気だった。
「まぁ、俺は助かるんだけどね」
「なかなか、皆さん規定量まで回収することが難しいみたいで」
薬草類などの回収で一番にネックになるのが人の知識レベルだ。平民の(そう、この世界には貴族がきっちり存在している)識字率なんてものを考えるだけ無駄な世界において、正しい薬草の収穫方法なんて誰が教えてくれるというのか。
もちろんギルドでも様々な方法を取ってせっかくの薬草類が駄目にならないように頑張ってはいるのだが、いかんせん教育というものがまず難しく無駄な物という認識が平民にはある。実体験で付きっ切りでないと結局薬草の回収方法は知識として定着しないという状態に落ち込んでいた。
「それにしても、リクさんは誰に師事して教えてもらったんですか?」
ギルドの資料室で読みました。とか言ってはいけないのがこの世界で大人しく暮らしていくルール。
「あぁ、村で暮らしていた時に薬師から少し習ったんだ」
「へぇ、凄いですね。薬師の方たちって結構気難しい方が多いのに」
一子相伝とは言わないが、薬師たちの生きる術である知識は軽々しく伝えられるものではない。余程気に入られるか、集落の中で後継ぎがいないときに位しか薬師たちは積極的に物事を教えようとはしない。
「まぁ、俺的にはラッキーだったけど。この通り俺が飛び出しちゃったもんだから、今頃頭抱えてんじゃないかな?」
「あはは、まぁギルドにとっては助かるんですけどね」
苦笑いをするデイラはギルドの教育なのか生来のものなのか、胡散臭い俺みたいな人間にも優しく対応してくれる。俺が知る限り三名ギルドの受付嬢が居るが、その中でも一番気持ちよく対応してくれるのがこの子だ。
「じゃぁ、リクさん。これで受付終了ですので、今日もよろしくお願いいたします」
手元の書類に何個か判をついて、俺の認識証を渡してくる。いわゆるファンタジーのお約束的不思議なギルド証は存在しなかったが、ここのギルドは十分チートだと思う。何百と登録されている冒険者達を何だかんだで管理できているのだから。
仕事の達成率、受注の種類等、冒険者にはランク付けされた認識証を所持するが、明確な昇格基準を下級の間はもうけているが、上位冒険者にもなると、昇格条件はギルドへの貢献値によるとなっている。
そんな状態で、きっちり冒険者達が暴走もせずに粛々と従っているのだから大したものだと思う。
「まぁ、怪我しない様に気を付けます」
「はい、ご武運を」
ぺこりと頭を下げるデイラに心癒されながら、冒険者ギルドを後にする。
さて、今日もなんとか生き延びるか。
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