第76話


 作戦会議を終えると俺とミケ、そしてタマは特殊娼館の貴賓室に転移し、皇女に念話で馬車を回すよう依頼した。皇女は謁見を求めて来た使者を捕縛する際に騒ぎになってしまったと詫びて来たが、皇帝が皇居に戻る理由としては自然であるので問題ない。

謁見をしようがしまいが、皇帝は間違いなく皇居にいると敵に確信させればそれで良い。

メルミアは既に戦闘指導で現地に出向き、師団長は作戦室に残って指示を出している。

「陛下」

寛いでいるとヴァイオレットが入室した。

「今回の襲撃に関わった6名は全て魔法使い、杖はハンスという商人から渡されたという情報を引き出しました」

「やはりな。姿を消して目視できるところまで近付いてから魔法攻撃をするつもりだったわけか」

「もし接近できても馬車に向けて魔法を撃ったら、その時点で吹き飛ばしましたけどね」

淡々と言うが、ミケが本気になって吹き飛ばしたら周囲の森林なども消滅してしまうだろう。

「魔王様のお手を煩わせましたが・・・」

ヴァイオレットは遠慮がちに

「素直に情報を吐きましたので、ここは陛下のお慈悲により」

「うん」

「すぐに首をねて魔王様に引き渡したいと存じます」

そう言ってタマをちらりと見る。

釣られて俺もタマを見ると、タマは意外といった表情をしていた。

「あれ? まだ殺してなかったの?」

「はい、まずは陛下に報告してからと」

「あ、そりゃそうか」

「ヴァイオレットの案に同意する。タマ、受領しに行け」

「やった」

「あと、魔法使いの杖を指揮棒くらいの大きさに出来ないか研究してくれ」

「あいよ」

タマはヴァイオレットと一緒に機嫌よく部屋を出て行った。

ミケがふぅっと息を吐いた。

やりたい放題の魔王を双子に持つミケがため息を吐きたくなる理由は何となくわかる。

「さてと、そろそろ馬車も着くだろうから、・・・皇居に戻ろうか」

「はい」

「しかし、その、自分で決めておいてなんだけど、たまに言葉を忘れそうになるな。帝都とか皇居とか、王都とか王宮と言いそうになる」

「慣れです慣れ、私にいっぱい使って慣れてください」


 馬車で戻った俺とミケは馬車を降りてから随行してくる侍女を伴って地下の温泉で遊び、ミケの部屋で軽食を済ませた。

いつもの、ふらふらと後宮を遊び歩く「仕事をしない」皇帝のイメージから逸脱しない行動だ。

ミケは帝国の魔力管理等、見えないところで常にすさまじい仕事量をこなしているが、俺と一緒に寝たふりをしながら室温調整をするくらいの余裕は十分にある。

「帰りましたです!」

ギルリルが元気に部屋に飛び込んで来た。

部屋で待機していた2人の侍女が顔を顰めるが、皇帝が笑顔で両手を開いて飛び込んでこ〜いのポーズをとっている以上、文句を言うわけにはいかない。

「きゃふっ」

ギルリルは俺の方に向け軽く助走をすると踏み切って空中で器用に体をひねった。

受け止めてみるとしっかりお姫様抱っこの態勢になっている。

絶対に受け止めてもらえるという信頼がなければ出来ない技である。

それにしても軽い。

「陛下っ」

ギルリルは甘えているかのように、わざとらしく両手を首の後ろに回して来た。

「結界張ってもいいですか?」

ギルリルの言う結界とは声と姿を遮断するだけの閉鎖空間の事で、喘ぎ声などを他の女に聞かれたくないエリカなどが行為の前に展開する後宮では一般的なものだ。

部屋にいた侍女には「エッチしましょう」と同義語に聞こえたはずだ。

「いいぞ」

そう言いながらギルリルをベッドに降ろすと、ギルリルは俺とミケがベッドに上がるのを待って素早く結界を展張した。

ベッドに服のまま上がるという事は、通常は服を脱がせる行為を前戯として楽しむ事を意味している。

就寝の時とは違うので脱衣を手伝いますと侍女がやって来ることはない。

「えへへ~」

ベッドに服のまま横になるとミケが少し離れて左側に横になったので、ギルリルがその間に滑り込み、所謂いわゆる川の字になった。

「ギルリル」

「はいです」

「今日は甘えたさんか?」

「そうですけど、そうじゃないです。わかってますですよね」

「あの2人だろ」

「はいです」

「嗅ぎ回り方が露骨すぎるからな。侍女はいないものとして振舞っているのを、どうやら何をしても気が付かない愚か者だと勘違いしているようだ」

「なので真面目な話を聞かれたらまずいと思って結界を張ったです」

「えらいぞ、せっかくだから、このまま愛撫してやろうか?」

「どんとこいです! 可愛く喘いでみせますです」

「ギルリル」

ミケが呆れたように

「せめてエリカくらいまで成長してからおっしゃい」

と言いながらギルリルの身体を撫でまわす。

「うひゃひゃひゃひゃ」

「まあまあミケ、あえてギルリルに結界を張らせたのは、俺からもお前たちにちょっと話があったからだ」

「はい」

「はいです」

「あの侍女については馬鹿2名をタマが片付けたらついでにくれてやれば問題ない。それより人類至上共和国とやらの連中が帝国でこそこそ動き回っているのが気に入らない」

「ユーイチ、それなら捕らえた者の記憶を抜き出してみましょうか?」

「うん、まあ、今回の戦いは明日にはなかったことにして、あとは女たちに任せ、俺は共和国に潜入したいと思う」

「わかりました。それに必要な地誌資料を中心に抜き出しておきます」

「頼む、あと、ミケは俺が不在間の帝国の総括を頼む」

「わかりました」

「あれ?」

ギルリルが不思議そうな顔をする。

「皇后陛下は常に陛下と一緒にいらっしゃると思っていたですが」

「ああ、常に一緒に居るとも」

「え?」

「ミケは離れていても常に魂は俺とともにあるから、いつでも話し掛けられるんだよ」

「そうだったですか!」

この簡単な説明でギルリルは納得してくれるので助かる。

「でな、ギルリル、共和国へはお前を帯同しようと思っているのだよ」

「はいです」

「で、お前には2つ頼みがある」

「はい、なんなりと」

「1つは人類至上とかふざけた名前を冠する国だ。エルフの外見的特徴を全てなくし、15歳の人間の少女に擬態させたい。エルフ的には数百歳の外見になると思うがね」

髪の毛だけは既にミケと同じ色にして常に一緒に居ても違和感のないようにしてあるが、見た目が幼児体形なのでエルフを知らない人間が見ると頭が切れて口が立つ幼児というのは異様に感じるだろう。

「陛下の御心のままになのです」

「もう一つは、これはエルベレスに話を通すが、お前とは新婚の商人という設定で行きたい」

「はいです」

「でな、本当に新婚になりたいのだが、ミケ的には問題はあるか?」

「ありません」

「ということなので、次期女王候補のお前が俺の妻になることに問題があるかどうかエルベレスに確認してから、改めて結婚の申し込みをさせてもらおうと思う」

「え、ええ?」

「なんだ、いやなのか?」

「嫌なわけないじゃないですか、びっくりしただけです」

「そうか、なら、今からは陛下じゃなくてあなたでいいからな」

「あなたですか?」

「そうだ」

「ひゃ、ひゃぁ」

ギルリルの顔が真っ赤になった。

「それではエルベレスと話すよ。ギルリルは一緒に来い、ミケは資料の収集と潜入手段の案出を頼む」






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