第59話

「やほーい」

旧ハウル男爵の館へ向かう馬車の中にタマが転移してきた。

タマはすぐに変身を解いてミケと同じ姿になった。

その早業にギルリルが驚いている。

「一瞬なのです」

「なぁに、ギルちゃんも変身したい?」

「できるのですか?」

「今の魔力を5倍くらいにしたら使えるよ」

「5倍!」

「ギルちゃんだったら余裕。今夜にでも魔力を仕込んであげる」

タマがにやりとした。

「で、なんで転移じゃなくて馬車で動いてんの?」

(位置情報をミケからもらう時に確認しなかったのか・・・)

「間諜に足跡をつかませるためだよ。目の前で学校に行くと宣言してやった」

「ああ、それで」

「で、今日はメルミアの授業視察だから、学校前にある館に馬車を置いて、そこから移動する」

「なるほどね」

「そう言えばタマ」

「なぁに?」

「向こうから転移するとき、怪しい動きはあったか?」

「ないよ、ただあのおっさん、ただの飾り役ってのが分かったから争いの種仕込んどいた」

「何やったんだ?」

「魂が安らかに旅立ったからね、昨日の死体2体ほど出して、そいつらの剣でおっさんの身体を突き刺しといたよ。そろそろ使用人にでも発見されて騒ぎになってる頃じゃないかな」

「ああ、ぼんぼんの取り巻きのか」

「うん」

「不穏な発言してたしなぁ、まあ連中の退屈しのぎにはなるだろう。元伯爵もお前の腹の上で旅立ったのなら、男冥利に尽きるだろうよ」

 旧ハウル男爵の館、現在は高級宿泊所(ホテル)となっているがここ数日宿泊者がいない。というわけで車寄せを馬車の駐車場に選んだというわけだ。

「陛下!」

懐かしい顔が見えた。

髪の色など変わっているが、以前ここで出会ったエルフ達だ。

「視察が終わったら立ち寄る。あとで話を聞かせてくれ」

「はい、お待ちいたしております」

車寄せに出て来たエルフ達は皆、親し気な視線を送ってくる。

「では、行くか」

全員が下車したので校門まで歩いて行こうとしたところでミケに手を掴まれた。

「ユーイチ、ここから転移します」

「ああ」

「教室内に転移しますので、まず姿を消しますね」

以前体験した光学迷彩のような魔法を発動したらしい。

「おーい、見えるか?」

「ええ?」

エルフ達が驚いた顔をしている。

転移して消えたと思った場所から声がするというのは初体験なのだろう。

「ギルちゃん、しばらくはツッコミなしだよ」

タマはギルリルの事が気になったらしい。

「はいです」

ギルリルが元気に答えるのを見てミケがクスッと笑う。

「行きます」

その瞬間、周囲の景色が教室になった。

教壇に立つメルミアの左横に4人とも転移した。

さすがに空気の揺らぎで気が付いたのだろう、メルミアがちらりと視線を向けた。

「で、目的の場所に近付く前に・・・」

が、メルミアは何もなかったかのように講義を続ける。さすがだ。

「気を付けるべきことは何でしょうか、誰かわかる?」

教室を見渡すと、3人掛けの長机が5列縦隊で並んでいる。中々大きな教室だ。

前列中央に壮太とエルフの机があり、その左右後方は冒険者、冒険者後方にエルフの女、その後方にエルフの男と貴族(元貴族の子弟)が座っている。

自由席だと聞いていたので恐らくは就学態度で棲み分けが出来ているのだろう。

「はい、気配を察知されない事だと思います」

壮太が答えた。

「はい、そのとおりですね」

エルフの女たちがきゃぁと歓声を上げる。

壮太はエルフから褒められたので得意満面である。

(オタクの扱い方きっちりわかってるな、こいつら)

冒険者たちはうむそうだな、という感じで温かい視線を向けている。

エルフの男は悔しそうである。貴族はけっという感じだ。

「では、まず一番察知されやすい気配とは何でしょうか、ベレオスト」

指名されたエルフの男は目を白黒させながら

「え、えっと、足音」と答えた。

「足音も気配ではありますが違います。壮太わかりますか?」

「声でしょう」

「その通りです」

またきゃぁという歓声が上がる。

遊撃隊員が指名されることはまずないので、皆壮太に期待しているのである。

正解を答えられるという事はエルフから習ったことを壮太が理解しているからに他ならない。自分達が遊撃隊として命懸けで編み出して来た知恵に対して壮太が敬意を払っているという事でもある。歓声を上げるエルフ達の気持ちはよくわかる。

「声は足音などよりはるか遠くから存在を暴露します。念話に至っては魔力的に上位の者がいた場合、会話内容まで暴露してしまいます」

ここでメルミアは教壇から冊子を取り上げて

「皆に配布したこの冊子には手信号の意味とその組み合わせ方を載せています」

「どれどれ」

冒険者たちは早速冊子を開く。

壮太とエルフの女たちはもう頭の中に入っているので特にアクションはない。

後方のエルフの男たちはこれかなという感じで冊子を手に取っている。

貴族たちはけっという感じで冊子に触れようともしない。

「机には地図が置いてあるでしょう。今からその地図に示された場所に行って昼ご飯にします。3人以上のグループで移動し、声は一切出してはいけません。声や音などで存在を暴露した場合、途中に潜伏する遊撃隊が着色料を使って攻撃します。色を着けられたら減点となり成績順位が下がります。単独で行動した場合も同じです。

もし迷って3時間以内に到着できない場合には遊撃隊が回収しますので、リーダーになった者は心配せずに手信号を使い、思った通りに行動してください」

「魔物はいますか?」

冒険者から質問が出た。まあ、当然の心配だろう。

「その地図内には魔王様配下の魔物も魔獣もいません。地図外に出てしまわないように遊撃隊を配置しているので、もし遊撃隊員が目の前に現れたらその指示に従ってください」

「わかりました。もし遊撃隊員を先に発見した場合には?」

「探索魔法を使わずに発見したのなら勿論加点しますよ」

「おお」

「とりあえず今座っている机の3人を最小の単位としましょう。3人以下にならなければ何人でも構いません」

「冒険者は卒業後も同じパーティーを組みます。3人以下にならないようにしますので机関係なく組ませていただきたいのですが」

「許可しましょう」

「魔法はどこまで使用してよろしいですか」

「生活魔法、治癒魔法、耐性等の身体強化魔法は構いません」

「武器も問題ないですか」

「進路の蔓を切ったり獣等からの自衛に使う分には問題ないです」

「バナナはおやつに入りますか?」

壮太がお約束ともいえるボケをかましたが、残念ながら帝国にバナナはない。

『メルミア、バナナというのは果物だ。タマに手配してもらうから、ゴールに向かわせろ』

『わかりました』

『おっけぇ、人数分持ってきてやるよ』

「おやつではなく食事に入ります。壮太からリクエストがありましたのでバナナという果物を食事と一緒に地図に示された場所で交付します」

またエルフから歓声が上がった。

笑いをとりに行ったつもりが食事に果物追加支給となって感謝されるとは、まあ、複雑な心境ではあろう。

「それでは速やかに前進、現地で会いましょう」

学生たちはがたがたと立ち上がり、教室から出て行った。

学生が出終わるのを確認し

「ミケ、いいぞ」

と姿を探知できない魔法を解かせた。





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