第58話

 ミケは作戦室に背中の起き上がる角度を自由に変えられるベッドを持ち込んだ。

元の世界の概念で言えば介護ベッドであるが、3人で寝転んで長時間画面を見るのならソファよりずっと楽である。

 俺とミケの間にはギルリルが寝そべり、所謂いわゆる川の字になって寝ている。

「いやはや困ったもので」

画面には令嬢に化けたタマの後頭部と周囲の様子が映し出されている。

タマが注意を向けた場所の会話が鮮明に聞こえる。

「最近の王宮序列がさっぱりわからん。以前は妾に貢げばいいように政局を動かせたものを」

「その妾は見かけなくなったという話ですぞ」

「飽きられたか。今はどうなっているのだ」

「それぞれ探ってはいるが、王の行動がよく分からんのだ」

「最近は后を連れていると言う情報もあるが」

「いやいや、奴隷遊びにご執心だという話だぞ」

「倅の行っている学校の開校式ではエルフに囲まれてご満悦だったそうな」

「外道な帝王には下賤なエルフが似合いなんだろうよ」

「おい」

タマがくるりと振り返る。

「さっき男爵と一緒に回っていた女だな」

偉そうにふんぞり返るその男は、昼間見た元伯爵のぼんぼんだ。

「あの、どちら様でしょうか」

タマは細身で気の弱そうな令嬢に見えるよう外見を整えている。

警戒心を抱かせない姿である。

「ふん、僕の事を知らないのか」

「はい、存じません」

知らないと言われたことに激高したのか、ぼんぼんの顔は瞬く間に赤くなる。

「ぼ、僕のパパンは伯爵なんだぞ」

「そうですか?」

タマは首を傾げてみせる。

「えらいんだぞ!」

「あなたが?」

叫ぶように話すぼんぼんと淡々と話すタマが対照的で面白い。

「そうだ」

「何がえらいんですか?」

「パパンが伯爵だからだ」

「あなたも伯爵なのですか?」

これは馬鹿にした物言いであるが、経験の浅いぼんぼんには通じないようで

「いつかは伯爵になる」

とふんぞり返った。

「いつかっていつですの?」

「それは、パパンが死ねば僕が伯爵を継ぐのだ」

「まあ、そのお言葉、まるでお父様の死を望んでおいでのように聞こえますけれど」

周囲がざわっとした。

噂や中傷が大好きな貴族が聞き耳を立てていない筈がない。

「なんだと?」

「あなたの仰るえらさについてお尋ねしているのですが、そのお答えが強いでもなく、頭が良いでもなく、父が死ねば伯爵だと言われれば、誰が聞いてもそう解釈しますわ」

「じゃあ、強い!」

「そうなんですか?」

「僕は家臣団を持っているんだぞ」

「あら、先程噂になっていましたけれど。その家臣団に庶民を襲わせたら逆に壊滅させられて、若様は家臣を見捨てて逃げ帰って来たとか」

周囲のざわめきが大きくなった。

「僕は負けたことなどない!」

「左様でございますか。あ、ちょうどワルツになりましたわね。このホールで最初に踊る栄誉をいただけませんか?」

「お、男はそんな女々しいダンスなどしないのだ!」

ぼんぼんは肩を怒らせて歩き去った。

「おやおや」

タマが振り返ると、中年太りで日がな一日寝ているのではないかと思えるほど肌が白く、目が半眼かと思えるほどに細い男が立っていた。

「愚息が全く申し訳ない」

ということはこいつがベルグ元伯爵という事だ。

「踊っていただけるのですか?」

タマは物怖じをしない。

社交界の事はよく知らない令嬢という設定なので不自然ではないだろう。

「申し込んだら逃げられてしまいましたので」

「こういうことは男から申し込むものだ。全くしょうもない愚息だ。お嬢さん、踊っていただけますかな?」

そう言うとベルグは左手を上げた。

踊るための姿勢を組みに来いという合図である。

既に2人とも踊り出しにはいい位置にいる。

タマは迷わずに組みに行った。

ホールドされてしまえばもう誰にも邪魔はされない。


「なあ、ミケ」

「はい」

「タマって踊れたんだな」

「いったい何年生きていると・・・」

「ああ、常に退屈しているものな。出来ることはやりつくしたという事か」

「はい。ちなみに私も踊れますよ」

「じゃあ、今度教えてくれ」

「はい。喜んで」

「しかしタマ、上手いな」

「横方向にくるくる回るワルツですから、ユーイチも簡単に覚えられます」


「おお、見事でしたな」

踊り終わり、タマがスカートをつまんで一礼したところに横から声がかけられた。

周囲も拍手を送る。

「うむ、なかなか相性が良いようだ」

ベルグは自分のリードの賜物と思っているようだが、タマの方がうまく合わせているのは言うまでもない。

「他の者とも踊ってみるか?」

「いいえ、今ので大満足でございます」

一番高位の貴族と話している最中にお誘いを掛ける馬鹿もいない。

「そうかそうか、わはは」

「伯爵様に踊っていただき、お話までしていただいて光栄の至り」

おそらく言っているタマも背中がむずむずしている事だろう。

「そうか、どうだ、あちらでもっと話をしないか。飲み物を受け取るが良い」

そう言うとベルグはワイングラスを受け取って先にずかずかと歩き始めた。


「タマは魅了でも使っているのか?」

「いいえ、魔法は何も」

「猜疑心の塊の貴族をよく・・・」

「ああ、それは異性を惹き付ける天然の能力がありますので」

「フェロモンか」

「今まで抱いていてわかりませんでしたか?」

「どちらかというとお前の方が魅力あるし抱き心地もいいんだよなぁ」

惚気のろけですか」

期待通りにギルリルが突っ込んだ。


「ところで名前は何という」

「ターマですわ、伯爵様」

タマは名前を捻る気はないようだ。

バルコニーに人気はなく、屋内の明かりが間接照明のようになって足元を照らし、

月明かりも明るく身体を照らす。

「ならば、ベルグと呼ぶことを許そう」

「ベルグ様、でよろしいのですか」

「ああ、二人きりの時にはそれで良い」

「畏まりました」

「ターマ、今宵はわしの部屋で過ごさんか」

そう言うとベルグはタマの背中に手を回して抱き寄せた。

「はい、喜んで」


「直接のお誘い来ちゃったですよ」

ギルリルが興奮している。

「いつもタマにのぞかれているからね。たまにはタマのテクニックを拝見するのもいいだろう」

「うーん」

ミケが思案顔だ。

「多分ユーイチや壮太と寝る時とは違って自重しないと思いますよ、あの子」

「それは・・・ミイラにしてしまうのはまだ早いな」

「はい、引き出せるだけ情報を引き出してからでないと」

「だよなぁ」

「私から念話で手心を加えるように言っておきます」

「上手く行き過ぎている感じもするから、警戒も怠らないようにな」

「はい」








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