第57話
1
「終わったよ~」
タマが街道の痕跡をすべて消し去った。
通行人は普通に往来を始めた。
住民にとって通行に危険がないことが分かれば他は重要ではないという事だ。
刃傷沙汰は頻繁にあるだろうし、歩くのに邪魔な死体や散乱した武器などが川に消えようが地底に消えようが、そこは問題ではない。
自分や家族の安全が脅かされない事が何よりも重要だ。
無償で危険な犯罪者をさくっと現場で処理する娘たちが受け入れられている理由でもある。加害者の人権を説く者もいない。誰も余計なことは探らない。
「よし、タマ、おいで」
タマは遠慮なく膝に乗って来る。
ベンチは3人掛けだし、左には娘たちが、右には武者風の男とヴァイオレットがいるので、通行の邪魔にならない場所と言う意味で正しい選択だ。
それに見た目こそ暑っ苦しいが、ミケもタマも肌を寄せる時には俺が心地よいように自分の体温を調整してくれる。暑い時には抱いていると涼しい。
タマを抱き寄せた時に顔が右を向いたついでに男に話し掛ける。
「ところで元伯爵のせがれが、なぜお前に喧嘩を売るのだ?」
「いや、大した話ではないんだが、取り巻きが酒場で、俺の隣にいた商人に言いがかりをつけて剣を抜いたからその場で叩き切ったのが始まりだな」
「なんだ、酔っ払い同士の喧嘩だったのか」
「ああ、丸腰の相手に、100人殺しの剣をお見舞いしてやるなんて言うもんだから試してみたくなってな」
「そうか。ならちょうど良かった」
「なに?」
「そこの2人は見た目は小娘だが、俺と一緒に間違いなく戦場にいた。100人以上は確実にやっつけているから、是非手合わせをしてやってくれ」
「なんだって」
「はい、私たちは残敵を掃討してここに居残った組ですから」
娘たちはにこやかに
「是非お手合わせお願いします」
と目を白黒させている男を引っ張ってというか、両腕に絡みついて屯所の方に歩いて行った。
「相手が人間でも強い奴には興味持つんだな・・・」
「そりゃね。魔族的には強さこそ一番の魅力だから」
「だからタマには頭が上がらないのか」
「そだよ」
馴れ合っているので忘れがちになるが、タマはミケと同等の力を持つ魔王である。
怒らせたらこの街くらい簡単に吹き飛ばすくらいの力はある。
「ところで、ヴァイオレットに来てもらったのは他でもない。あの屋敷について何か知っているか?」
「持ち主でなくて用途の話ね。知ってるわ。元貴族連中の集会所になってる」
「目立った動きはあるか?」
「毎日夜会やってるわよ。お金かかるでしょうに」
「金をかけても夜会を口実にして集まりたい理由があるというわけだな」
「ただ、私らではあの連中が何を言ってるのか理解できないのよね」
「タマ」
「なぁに?」
「潜入してみないか? 貴族の令嬢にくらい簡単に化けられるだろう」
「そりゃ簡単だけど、見知らぬ令嬢がいきなり現れたらおかしくない?」
「そこはヴァイオレットに考えてもらおう」
「特殊娼館のお得意様の男爵令嬢が確か社交界デビューのお年頃だったはず」
「細部は任せる」
「じゃあ、夜は作戦室にいてよ。映像を届けるからさ」
タマが膝からぴょんと飛び降りると、振り返ってにやりとした。
2
「お父様!」
ミケとギルリルとの3人になったので、冒険者組合に顔を出してみると、そこにも娘がいた。
ちなみに、各職業単位にある組合であるギルドは基本、それぞれの親方の店を頂点とした店舗の寄せ集めだが、冒険者と魔法に関しては独立したギルドの建物が街に1つだけあるのが普通であり、情報発信基地ともなっている。
「何をやってるんだ?」
「御覧の通り受付です」
確かにそこは「受付」と書かれた銘板のあるカウンターになっている。
大金を扱うので警備として雇われたのならわかるが、受付は退役した冒険者などがするのが定石だ。
「あれ、いつお前冒険者になったんだ?」
「冒険者ではないです。先日、受付で因縁つけていたバカを叩きのめしたら是非にと頼まれましたので」
前任者は格闘能力が低いか、他人を傷つけるのを躊躇する性格だったのだろう。
「そうか、居場所が出来て良かったな」
「はい」
ギルドの仕事をすると、ちょっとした社会的ステータスも得られる。
元の世界では誰でもできることであるが、義務教育の概念のないこちらの世界では
読み書き計算ができるという事は大した教養の持ち主と見なされるのだ。
「なんか感じ違うですね」
ギルリルが不思議そうな顔をしている。
「ああ、鎧兜がないと、ただの綺麗なお姉さんって感じだろう」
ギルリルは王宮では鎧兜を装着した仏頂面の娘しか見ていない筈だ。
「はいです」
「綺麗なお姉さんに見えるのですか?」
「ああ、お前の顔もそうだが、姿勢がいいから立ち姿も美しい。人間の基準で言えば美人だな」
「そうですか」
あまり嬉しそうではない。自分の姿の美醜には心底興味なさそうである。
「ところで、どんな依頼が多いんだ?」
「はい、今のところ隊商の護衛依頼が多いです」
「護衛依頼、という事は盗賊被害が多いのか?」
盗賊と断じたのは、戦争後という事もあって人間を間引く必要がなく、タマが魔界で養っている魔物達を放出させていないからである。
普通の獣や魔獣は飢えたりしない限り自分から人を襲いに出てきたりはしない。
「被害については存じておりません」
まあ、娘たちの目の光る地域で強盗を働くのは無理であろう。
「街の人たちに必要とされてるですね。うらやましいです」
「おいで」
娘がギルリルに向かって手を広げた。
こういう反応はとても珍しい。
娘は外見ではなく魔力で相手を判断するので、ギルリルがエルフという事は分かっている筈だ。
俺はギルリルの脇に手を入れると持ち上げてカウンターに座らせた。
娘はそれを引き取るような形でギルリルを抱っこした。
「私の幸せはお父様のために生き、お父様のために戦い、お父様のために死ぬことだけにあるの」
「はい?」
「私たちの戦力は、ここを守るだけなら過剰なので、色々と手伝っているだけ。
あなたがここを変わってほしいなら、すぐにでも変わるわ」
娘は丁寧にギルリルに説明をする。
態度こそギルリルを子ども扱いしてはいるが、話す内容については真剣である。
「違うです。そういう意味で言ったのではないのです」
ギルリルが娘に抱っこされた状態でじたばたしている。
「分かっているわ。だから私が必要としてあげているの。可愛いわね」
「あうー、バカ力なのです」
「抱っこするのに安定させないと怖いでしょ? 大丈夫、絞め殺したりはしないから」
「それ笑顔で言わないで下さいです。怖いです」
「ほら、ギルリル、娘に興味あったんだろ。好きなように触らせてもらえ」
「はい、どうぞ」
娘は抱っこしていたギルリルをカウンターに座らせた。
「あうー、なんかひそひそされていますですよ」
「ああ、ここで親しくお話しする人っていないから」
余程普段から娘は力を見せつけているのだろう。
親し気にしているあいつらは何者だ? という心情は理解できる。
ミケが静かにしているところをみると、今のところ敵意を向けてくる者はいないようだ。
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