第56話
「でかい屋敷だな」
「大きいのです」
「誰が住んでいるんだろう」
元辺境伯領に立ち並ぶ新築の建物群は、区画を整理し直したためか、どれも以前よりも大きな建物になっているが、その中でも一際大きく装飾の多い建物があった。
「あれはご貴族様のお屋敷だよ」
振り返ると人の好さそうなおばさんがいた。たまたま話が聞こえて立ち止まってくれたらしい。
「お兄ちゃんたち、この町は初めてかい?」
どうやら旅人の子供たちが朝の散歩をしているものと思ったようだ。
「はい、俺は優一、この子たちはミケ、タマ、そしてギルリルです」
「あら、礼儀正しいんだねぇ。私はカリーネ、街の書記だよ」
「おお、ギルドの書記様でしたか」
と、ちょっと物知りの少年風に答えておく。
「あのぅ」
ギルリルが不思議そうな顔をしている。
「どうしたギルリル、気になることがあるのなら言ってごらん」
「はいです、カリーネ様がご貴族様のお屋敷だとおっしゃったのですが」
「様なんてつけなくていいよぉ、私ゃ平民なんだからねぇ」
「カリーネって呼んでいいの?」
「いいよぉ」
「で、ギルリル、何が気になるんだ?」
「はいです。貴族は陛下が一度身分を剥奪されたので、今貴族と呼べるのは王女殿下隷下の行政官だけですよね」
「あ、そうだな。親衛旅団長と遊撃隊長も貴族待遇ではあるが爵位は付与していないからな」
「ということはですよ、王宮の行政官はここから通っているのですか?」
「詳しいのねぇ」
カリーネが目を丸くしている。
「王都にでも住んでいるのかい?」
「はい、王宮の方から来ましたです」
「そうかい、ずいぶん遠くから来たんだねぇ。でもお城の近くに住めるっていうのはいいねぇ」
(住んでいるのは後宮だけどね)
「で、カリーネ、そのご貴族様の名前はなんというのですか?」
「ベルグ伯爵って聞いてるよ」
「ベルグ伯?」
少なくとも現在王宮の行政官に伯爵はいない。
「ミケ、知ってるか?」
「はい、ベルグ伯は元辺境伯とは行動を異にして戦争中温泉に浸かっていた側の筆頭です」
(つまりベルグ元伯爵は元辺境伯の保険として捨て駒にした縁戚か何かだな)
「タマ」
「なぁに?」
「ヴァイオレットを呼んで来てくれ」
「あいよ」
タマは気軽に返事をすると、人の目を気にしてか建物の陰に歩いて行った。
「カリーネ、いろいろと教えてくれてありがとう」
「いいっていいって、じゃあ楽しい旅行をね」
カリーネはこれからギルドに出勤するのだろう
軽く手を振ると、堅牢な建物の密集する地区の方向に歩いて行った。
「じゃあ、タマが戻るまでちょっと休もうか」
そう言って街路樹となっているマロニエの根元のベンチに座ると、右側にミケが、左側にギルリルがちょこんと座った。
小川が街路沿いに流れているおかげで優しく吹いてくる風が心地良い。
石畳の街路を行き来する様子を眺めて楽しんでいると、左側からやって来た、いかにも貴族の子弟とその取り巻きの騎士という感じの集団が目の前で立ち止まった。視線はというと、皆進行方向を注視している。
右方向からは、いかにも旅の武芸者といった風体の、髪や髭はぼさぼさ、ぼろを纏い両手剣を背負った男がやって来る。
「見つけたぞクソ野郎、この間は良くも恥をかかせてくれたな、やっちまえ」
貴族の子弟風の男は、およそ貴族とも思えない言葉を言い放ち、取り巻き連中は一斉に剣を抜いた。
男は意に介する風もなくゆっくりと歩み寄ってくる。
剣を抜いた取り巻き連中は飛びかかって行く。
貴族の子弟風の男は腕を組んでせせら笑っている。
「あーあ、実力も測れないんですかねぇ」
ギルリルが呆れた様子で
「私だったら10人で距離を置いて弓使うですよ」
「惜しいな、遊撃隊の力なら4人で十分だよ」
そう言いながらギルリルの髪を撫でていると、一番最初に突っ込んで行った取り巻きの一人が頭を割られて仰け反った。
「あれだけ大きい剣に振り回されないのは大したものだな」
男が進みながら剣を振り下ろす場所に寄せられるように入って行く。
上段からの斬撃なので細身の剣を持った取り巻き達はセオリー通り突きに行くのだが、全く決まらない。
腕を組んで高みの見物を決めていた貴族の子弟風の男は、さすがに旗色が悪いと見たようで、その場から逃げ出してしまった。
「ギルリル、ちょっと呼んで来てくれ」
「はいです」
男は死体をものともせず無邪気に駆け寄るギルリルに驚いていたが、一言二言言葉を交わすと、血潮の付いた剣を右手に下げたまま近付いてきた。
「剣を納められないので、このまま失礼する」
「余計なお世話だとは思うが綺麗にさせてくれ」
ミケがキュアで一瞬にして男の汚れや小傷まで綺麗にする。
「それは青銅の剣だろう、それも使い込み過ぎて刃もなく、いつ折れても不思議ではない」
「その通りである」
「ミケ、何か良い剣はなかったかな」
「太刀はいかがでしょう」
「いいね」
男の目の前に刃渡り75cmほどの太刀が現れた。
「普段の鍛錬と先程の見事な試合に敬意を表し、その太刀を下賜する」
「いいのか、もらっても」
「そのかわりその青銅の剣と鞘をくれ。そういう歴史がこもったものを喜ぶ奴がいるのでな」
「ああ」
男は素直に剣を鞘に納めて背中から外して置いた。
武器は吊るよりも背負うのが好きらしく、太刀も背中に縛り付けた。
「こっちだこっち!」
貴族の子弟風の男が喚きながら駆け戻ってきた。
援軍でも連れて来たのかと思って見たら、やって来たのは娘2人だった。
「こいつが人殺しだ、ひっ捕らえろ!!」
娘は男の喚き声を意に介せず道路に転がる遺体を一瞥し
「剣を握ってますね。どう見ても果し合いでしょう」
「あいつだ、あの男だ。早く捕らえろ」
「私闘なら知ったことじゃないですよ」
「な、なんだと!、僕のパパンは伯爵なんだぞ!!」
「だから?」
黙っていたもう一人の娘も憐れむような眼で
「相手はまだいるんでしょ、勝手に戦ってくたばりやがれ」
と背を向けて戻り始めた。
「いいぞ、最高だ!」
思わず手を叩いて喜ぶと、娘たちは振り返り
「お父様!」
と駆け寄ってきた。
今度は武者修行風の男の方が驚いている。
まあ、見た目は父娘に見えないから、それは仕方ない。
「こちらにいらっしゃったのですか」
「ああ、お前たちの言うところの私闘を目の前で楽しませてもらった」
「そうだったのですね」
「あまりに戦いぶりが見事だったので、太刀を下賜したところなのだ」
「いったい、どんな戦いだったのですか?」
「そこにいる元貴族のバカ息子が取り巻きを焚きつけ、先に剣を抜いて襲い掛かった。この人は飛んでくるハエを叩き落としただけだが、突きで来る連中を恐れもなく上段から叩き潰していったのだ」
「すごい」
「だろ」
「私たちも戦ってみたいです」
「そうだな、どうだろ、気が向いたら王都に来ないか? 娘たちに稽古をつけてもらえると助かる」
男は頭の上に?を付けたような表情をしている、無理もない。
「ねえねえ、みんな集まってどうしたの?」
タマがヴァイオレットを連れてやって来た。
目の前に現れなかったのは、転移が人目に触れないよう気を使ったのだろう。
「あ、ちょうど良い所に来た。タマ、死臭がひどくなる前にそこら辺に転がってる死体を持って行ってくれないか? 今ならとことん使い込まれた青銅の両手剣もつけるぞ」
「なんだって! お、まだ新鮮だね。もちろんいいよっ」
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