第28話

「状況の報告を!」

「現在横隊のまま敵を圧迫していますが、7%の損耗が発生しています」

百分率を理解しているとはさすがミケである。

パーセントで報告したのは人数で報告すると心理的に俺がきついだろうという思い遣りであることくらいは分かる。

魔物は生物とは言い難いが、それでも兵士たちを娘のように思っていることをミケは知っている。

損耗計算は後方や指揮所にいるものも含まれるから5,000人の7%ということは350人が死傷しているという意味になる。

「思ったより大きいな。旅団長、原因は分かるか?」

「はい、敵の一部が死体に紛れて背後から擲弾を投げています。擲弾は直撃すれば身体を破砕する威力があります」

元の世界であれば死体のふりをした騙し討ちは陸戦法規違反だが、そもそもこの世界には国際法自体存在しない。古来からの戦いの作法らしきものがあるだけだ。

「対策はしているのか?」

「死体を槍で突きながら前進させています」

一体一体突き刺しながら進むのではさぞや時間がかかっていることであろう。

「ファイアフライは?」

(ファイアフライの火力を利用できれば無駄な確認作業をせずに済むのだが)

「アンビの位置で魔力を回復しています」

(まあ、緒戦であれだけ頑張ってくれたのだから仕方ないな)

距離をとったところに銃砲撃を喰らうよりはましである。

「敵は?」

「後退した兵を集めて隊形をとりつつあります。それとは別に約1,000名ずつ左右に本体から離れて移動する集団があります」

「そうか、旅団長、隊形を変換させよ」

「はい」

「道路を基準に100名ずつの方形陣を作れ。それぞれの陣は50m以上離隔、そのすき間の後方に第二線を作れ。攻撃幅が狭くなるが仕方ない、急がせろ」

方形陣はこの場合、10名で10列の隊形を作ることを意味する。

前後左右に同時に対処できる利点がある。

「狙いはわかるな」

「騎兵による突撃対策ですね」

「そうだ。捨て身の攻撃までして時間を稼いでいるのは騎兵の移動時間を稼ぐためだ。おそらく前からは歩兵、横からは騎士が突入してくるぞ。ミケ」

「はい、騎兵は森の縁ぎりぎりに動いていますね。こちらに気付かせずに真横に出るつもりでしょう。エルフ王にちょっかい出してもらいますか?」

「そうだな。エルベレス、森から矢を放てる位置にいる者がいたら敵の減殺を頼む。無理はしなくていいぞ。敵を森へおびき寄せるのが目的だからな」

「わかりました」

「ミケ、敵の指揮をどう見る?」

「稜線に展開した旅団を見て横隊の弱点を看破、再編成と移動の時間を稼ぐ手腕はなかなかのものと思います」

「現在までの敵の損害は?」

「約48%です」

敵は9,000人だから4,320人を死傷させたという意味になる。

「思っていた以上に減らせたな」

「はい」

だが、いくら平民からなる歩兵や弓兵らを殺傷したところで貴族は歯牙にもかけないだろう。

やはり貴族と子飼いの騎士で編成された騎兵を叩く必要がある。

「旅団長、四方に槍衾を作らせ、中にいる者に遠距離から威力優先で魔法攻撃をさせろ。精度は求めなくていい」

槍を向けておけば騎士が直進を命じても本能的に馬は避けていく性質がある。

このため1列目は地面に柄を託して槍先を上げ、2列目は馬の目線に構える。

槍は基本的に騎士ではなく本能を克服して接近した馬を攻撃する。

80名が槍衾を作り、中にいる20名が魔法担当という事になる。

突撃速度で疾走する相手を精密に狙うのは困難だろう。

どこでもいいので当たりさえすれば周囲を巻き込んだ混乱が発生する。

「はい、隊形変換を命じました」

「乱戦に持ち込めてもこちらの隊形は崩すな。深追いはせず着実に敵を削るんだ」

「わかりました」

「ミケ、他に敵に動きはないか」

「はい、収容部隊を後方に配置する様子はないので。おそらく次の突撃が頓挫したところで軍使を送って来るかと思います」

敵はまだ戦場からの離脱を考えていないという事だ。

平民を磨り潰し騎士で決をつけるという伝統的な戦い方に拘っているのであろう。

「軍使を送って来る目的は戦場清掃のための休戦かな」

敵が自信を持っている騎兵による突撃が失敗した場合、平民の死体が機動を邪魔をしたという結論を導くだろうから、建前は負傷者の救助という名目でも本音は突撃の邪魔になる物を片付けるのが目的だ。

「はい、それと領地からの戦力の補充でしょうね。させませんけど」

「休戦に乗ってもいいが、敵が王都側に逃げ出す可能性もあるな」

「それについては旅団の後方に透明な一方通行の物理結界を展開します」

「物理結界か。よし、それでは敵が発動しそうな突撃の対処に専念しよう」

魔法阻害の結界なら王宮内にあるが、物理結界というのは初めて見る。

魔力量こそ桁違いだが、前帝王が持っていなかったという金色の魔力の質はミケと同じらしいので頑張れば俺でも使えるようになるかもしれない。

「右側の騎兵に弓攻撃、効果はありませんでしたが騎兵の攻撃方向が森に変わりました」

どうやらお誘いの弓攻撃にぱっくりと喰いついてくれたようだ。

「いいぞ、そのまま森の中に引き摺り込め。山に入った騎兵など怖くはない。存分に遊んでやれ」

「わかりました。後方遮断の遊撃隊以外そちらに集めます」

「旅団は右翼を前進させ、左梯隊を作れ」

これが前方の歩兵と左側の騎兵に対する最適な隊形となるはずである。


「あ~う~どうしましょう」

場違いな声が作戦室内に響いた。

召喚者対応の唯一残った画面からである。

目を凝らして見ると、ミリィ(仮名)が仰向けで倒れており、その上に男子が俯せに倒れている。

「エルベレス、状況を報告させろ」

「はい・・・」

「いいえ~獣に襲われたんじゃなくてこいつに襲われたんです~」

(なんだって?)

「まさか勇者に術がかかるとは思わなくて・・・」

「エルベレス、なんだ術って」

「睡眠に誘うものです。普通は乳房に吸い付く程度ではかからないのですが・・・」

「分かった、報告を続けさせてくれ」

「はい・・・」

「どうしたらいいんでしょう~」

「どうしたらいいんでしょう、とは選択肢はあるが選べないという事だな」

「はい、選択肢は目覚めさせるか夢に誘うかですね」

「エルベレス、覚めないように夢を見続けさせることはできるか?」

「それは、あの子では力不足ですので、お命じいただければ私が行ってきます」

「お命じって・・・まあいいか、エルベレス頼む。あ奴を夢の中へ誘ってくれ。夢の内容は後宮で100人の女と追いかけっこというのがいいかな」

「わかりました」

「ミケ、エルベレスを頼む」

「はい」

エルベレスは目の前から姿を消し、モニターに映り込んだ。

男子に掌を向けて何かを唱えると、ミリィ(仮名)は男子の下から這い出して、胸などのはだけた部分をササっと直した。

「終わりました、お願いします」

エルベレスがそう言った瞬間、作戦室にエルベレスとミリィ(仮名)が現れ、画面は消えた。

「これで一生目を覚ますことはないでしょう」

「消滅するまでの短い時間ではあるが、いい夢を見てもらおう。ご苦労だった」

「はい」

「それからお前も長い間よく頑張ってくれた。いくらエルフが森の民だと言っても疲れたであろう」

「え、え、私を労わって下さるのですか?」

「そうだよ。今日は飯食って身体を洗ってゆっくり休め。おい、ギルリル、そこにいるんだろ」

「何で分かったですか」

作戦室にギルリルが入ってきた。

エルベレスが驚いている。

ミケは当然知っていたのでリアクションはない。

旅団長はそもそも関心を持っていない。

「せっかくの自由時間にまた頼み事だが、ミリィに食事と湯と空きベッドを提供してくれ。賓客対応で頼むよ」

「分かりました。明日侍女を申し受けるまで、出来る限りのことはさせていただきますです」

「あ、ギルリル」

エルベレスが優しく言った。

「私はいいから、王宮に慣れるまでついていてあげなさい」

「はいです! どうぞこちらへ」

急な展開についていけずに固まっていたミリィ(仮名)の手をつかんで、ギルリルはパタパタと部屋を出て行った。

「あ、しまった」

「どうしました?」

エルベレスが何事かという表情を向けた。

「ミリィの本名聞くのを忘れた」












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