第26話

「点火20秒前!」

ファイアフライの声が響く。

「ミケ、火薬樽爆破用意」

「準備できています」

「10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・点火」

突然轟音とともにマスケットの隊列・火砲及び後方の馬車列に火柱が上がり、衝撃波が発生した。

後退した900名は杭の手前に掘られた壕に飛び込んだ。

彼女たちを追っていた敵兵たちは突然の轟音に驚き、足を止めて振り返った。

「撃ち方はじめ!」

旅団長の声が響いた。

待っていましたとばかりに、無数の光が稜線を越えた敵兵に襲い掛かる。

斃れた敵兵の上に砕け散って舞い上がったマスケット兵の肉片が降り注ぐ。

何が起こっているのかのかよくわからず稜線を越える後続の敵兵に間断なく魔法の弾丸が襲い掛かる。

旋回を終えたファイアフライが魔法弾の掃射によって混乱に拍車をかけるため降下を始めた。

「よし、まずは奇襲成功だな」

前哨線から後退した900名の娘たちは壕を伝って道路の側溝に行き着き、第二線の陣地へ移動を始めた。

現在の状況を敵の司令官側から見たら、通りがかりの竜が大暴れしているが、戦況自体は進展しているように見えるであろう。

「さてと、相手はどう出て来るかな」

竜の攻撃をただの災厄とみるか、縦深にわたる攻撃を受けたとみるか・・・

「なあなあ」

いきなり後ろにタマが現れた。

「アンデッド作りたいんだけど、衝撃で死んだきれいな死体もらっていいかな?」

「戦場清掃の手間が省ける。好きにしろよ」

「やった! ラッキー」

タマが消えた。戦後を見据えた魔物作りという、魔王の仕事をするようだ。

『メルミアです。後方は遮断しましたが、娼婦が戦場への通行を要求しています』

誰にでも聞こえる念話でメルミアが報告してくる。

辺境伯がこれを聞いても900名を追い詰めているという幻想から逃れられず、包囲されたという事実を見逃すようなら単なる無能者である。

まあ、予備隊を使って退路を確保しようとしても道路脇に居座った竜を動かせるとは思えないが。

「エルベレス、メルミアに娼婦を戦場に行かせてやれと伝えてくれ」

「よろしいのですか?」

「人生の最期が好きな男と一緒なら本望であろう」

「わかりました」

「そういえば、最近エリカを見てないな」

「はい。王宮で休ませてあげる暇がなくて・・・エリカがいてくれたから短期間で遊撃隊が編成できたのですし、服も食料も行き渡っているのです。」

「そうか、メルミアもエリカも、帰ってきたらいっぱい可愛がろうな」

「はい」

敵は死体を乗り越え進もうとして死体の山を築きつつある。

娘らは精度や威力より速度を優先して魔法を放っている。

敵はその場に崩れ落ちたり後方に仰け反るだけでなく、様々な方向に弾き飛ばされている。これは高威力で放たれていれば致命傷にならない部位は貫通するだけで済んだのに、威力がないばかりに骨などで軌道が変わり体の内部を破壊しているからである。

「もう少ししたら敵の足が止まるだろう。そうしたらわかっているな?」

「はい、攻勢に移ります」

旅団長は自信満々に答えた。

陣前に出撃するのは陣地を取り返すために逆襲するのとはわけが違う。

障害の隙間から前に出て、隊形をしっかり整えるのに時間が必要なのだ。

隊形は部隊の力であり、各個ばらばらになってしまった歩兵は戦力と言えない。

力を誇る1人の勇者は隊形を組んだ100名の並の兵士に勝てないのである。

「弓兵が出てきたな」

こちら側が見えないため歩兵の後方に控置されていた弓兵が稜線を越えてきた。

漫然と出てきたのではなくて歩兵から支援の要請があったのかもしれないが、こちらにとっては同じことである。敵に矢を番えるだけの暇はないだろう。

敵兵は命令なく退却すれば後方にいる貴族に斬り殺されるだろうし、それ以上に肩を並べる仲間に卑怯者呼ばわりされることになる。

だが、自分の周囲にいる仲間が斃れても、そこに詰めてくるはずの後詰めの兵がいなかったら?そして新たな命令を下せる貴族もいなかったら?

敵兵が呆然となり、生存本能で離脱を始めて戦線が瓦解を始めた時、その時が前進の好機であり、後続部隊がいたとしても投射武器の使用を躊躇っている隙に接近することが出来る。



「陛下」

振り返ると第1王女が部屋の扉の位置に立っていた。

ミケが気にもしていないところを見ると、人畜無害と判断されたようだ。

「どうした? オトーサンが恋しくなったか?」

「違います!」

(お、いい反応するな)

「ギルドの代表という方が人払いで面会を求めています」

「ほう?」

「とりあえず私室に通しました」

「お前の?」

「はい。後宮なら『耳』がつくことはないかと」

「いい判断だが、次からは先に念話で言って来いよ」

「はい」

「ユーイチ、こちらは任せて」

まあ、戦場はミケや旅団長に任せても心配はない。

後宮への訪問者に当然気付いて監視していただろうから、安全上心配ない相手だからゆっくり話して来いという事か。

「分かった。頼んだよ」

ミケに軽く口付けをして部屋を出た。

「内政の方はどうだ?」

「面白い」

先導して歩く王女は、最近見た目の重要さに気付いたのか、よく手入れされた髪から仄かな花の香りが漂ってくる。

「好き勝手やってるような気分になる、なります」

まあ、自分が決めた事業に自分で予算を吻合させて執行できるのだから万能感は半端ないだろう。

「お前が小心者でないことはよくわかったよ」

多分王女は独断専行型のタイプなのであろう。

こういう奴は大筋を示しておけば細部は自分で工夫を重ねるし、派手に失敗したときだけフォローをすればいいので扱いやすい。

「待たせたな」

王女の部屋に入るとソファに座っていた客が立ち上がり、振り返った。

「女か!」

艶やかな長い黒髪の女性は、その場で優雅に礼をして見せた。

「男なんて言ってないでしょ」

王女はにひっと笑った。



















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