第25話

「おはよう、ミケ」

「おはようございます。ユーイチ、よく眠れましたか?」

「うん、あれ? ミケはエルベレスの部屋覗いてなかったのか?」

「こちらで少し動きがあったので、それに集中していました。もし覗かれていた感じがしたのなら、おそらくタマです」

「そうか。エルベレスは侍女と一緒に無理をさせてしまったので、少し遅れる」

「はい」

「で、少し動きとは?」

「召喚された2名ですが、1名足を滑らせて滑落、もう1名は彼を見捨てて進んでいます」

「見捨ててって、谷底にでも落ちたのか?」

「いえ、途中の岩棚に引っかかってますので声も通りますし、エルフもいるので助ける気になれば応急処置も含めて1時間とかからないかと」

「それを見捨ててという事は、エルフにそいつを見殺しにするように強要したと言い換えていいな」

「その通りです」

「俺より鬼畜ではないか、その勇者様は」

「エルフが最も嫌う魂の腐った奴ですね。先導のエルフが気の毒です」

「ああ、せっかくのイケメンなのに、残念な奴だな」

「イケメン?」

「ああ、外見が良くて女にもてる男って意味だよ」

「あれのどこがですか?」

「えっと、向こうの世界では顔が良くすらりと背が高くて、運動が得意で金を持っている男というのが女にもてる条件なんだ」

「ユーイチ、それは自己紹介ですか?」

「え?」

「だってユーイチ、それ満たしている上に魔力を半端なく持っていて魔法が使え、敵には容赦なく味方にはとことん優しい。私に言わせればその、イケメンとかいうのはユーイチのことですが」

「そうなのか・・・ははは」

(どうやら異性を見る基準が違うみたいだな)

「滑落した方はどうしましょう、監視だけつけておきますか?」

「落ちたのは宝物を欲しがってた方か?」

「はい」

「なら本人の周囲に金貨でも撒いてやれ。消滅するまで短い時間の慰めにはなろう」

「わかりました」

「親衛旅団長」

「はい」

5,000の魔物達を統括する指揮官である「娘」が振り返った。

「我が方の状況を述べよ」

「はい」

言葉を整理するためか少し間をおいてから、よどみなく報告を始めた。

「旅団は防御準備を完了、900で道路上に前哨線を作り、4,000を我が方斜面へ一線に配置しました。900は前哨任務終了後予備として第二線で控置します」

「いいぞ」

「敵方斜面に天幕と資材その他、餌を撒き終わっています」

「前哨には無理をさせるな。マスケットは近距離だと侮れないぞ」

「ご心配なく。攻城戦用の大口径ですから展開してから杭を固定する必要があります。大砲も移動状態からなので展開に時間がかかります。そこでお願いがあるのですが」

「なんだ?」

「離脱援護にファイアフライの支援をお願いします」

「わかった。竜の一撃はそこにこそ使うべきだろう」

「ありがとうございます」

「では、ファイアフライに言っておくか」

「下調整はさせてありますので、実行を命じて下されば」

『全軍に命ずる。ファイアフライと協同せよ』

「あら」

「どうした?」

「いえ、今の念話、敵に筒抜けだと思いますが」

「それで良い、情報が入ってこなくなった900名が何かを企んでいると勝手に解釈するだろう」


敵が戦場に進出してから映電は味方陣地斜め後方上空から双方を捉えられるよう、角度の微調整を行っている。

「優一」

「どうした、エルベレス」

「あまり戦闘に詳しくないので教えていただきたいのですが」

「うん」

「この布陣だと、敵が見えてないのでは」

「そうだね。一部前に出しているが、離脱してしまったら全く見えない」

「どんな狙いがあるのでしょうか」

「うん、それよりまず大前提を教えるよ」

「はい」

「この戦いにおいて、敵の勝ち目は兵力と兵器だ。敵の兵力は9,000名で約2倍だが、相手はこちらを900人だと思っているので全く警戒していない」

「はい」

「相手は王城を破壊するつもりで大砲とマスケットを持ってきているが、こちらをただの歩兵だと思っているので弓と歩兵で押して馬で包囲すれば殲滅できると思っているだろうね」

「はい」

「で、こちらの勝ち目は娘たちの持つ魔法能力だ。魔力を指先に集めて固めて飛ばすものだが、遠距離を精密に狙えはするが、ずっと魔力で相手を追っていなければならないのと視覚が頼りなので隠れられたり煙幕を張られたりすると弱い」

「はい」

「だから反斜面に陣を張って、何かが現れたらそれに向けて魔法を放ち誘導はしない。固めた魔力の底に瞬間的に力を加えるだけなので、すぐに次放つ魔力を準備できる。相手が馬だろうが柵と杭を混合した障害を越えるのはまず不可能なので自然と横を向くことになる。つまり接近すればするほど敵には不利、でかつ大砲などの支援は受けられない」

「敵が丘の上に大砲を上げてきたら危ないと思いますが」

「あー無理無理、大砲もマスケットも先に壊滅させるから」

「それだと全く・・・」

「そう、ここを戦場に決めた時点で奴らが勝てる要素はないんだ。辺境伯の能力が高ければこちらの布陣に気付いた時点で兵を引こうとするだろうが、出口にはエルフの遊撃隊と竜の巣で退路を遮断するというわけだ」

「なるほどですね」

「自ら好んで戦場に入り込んだ奴らだ。生かして返す必要はないよ」

「わかりました。存分に狩りを楽しむよう伝えます。森を抜ける逃げ道は全て塞いでいますので」

「よろしく頼む」

「ユーイチ」

ミケが何かを見つけたらしい。

映電の画面に目をやると、のそのそと縦隊で行進してくる敵から一騎先行して近付いてくる。

装甲した重騎士ではない。

交渉を担当する辺境伯の身内といったところか。

「あー、奴らご貴族だからな。多分降伏勧告だろう」

降伏勧告に続く宣戦布告、話し合いの最中に部隊が展開というパターンだ。

「どうしましょう」

「奴らの流儀に従う必要はない。戦場だから相手が何人だろうが敵は敵だ」

 騎士は威容を見せつけようとしたのだろう。

剣で斬りつけられる心配のない、50mほど離れた位置で馬を止め、横向きになって睥睨して見せた。

その瞬間、剣しか持たないはずの歩兵部隊から槍が放たれた。

一本目の槍は馬の腹を貫き、落馬した騎士に二本目の槍が突き刺さった。

問答無用という態度に怯んだのか敵の歩兵は足を止め、後方からマスケットの部隊が超越を始めた。

投槍を見てマスケットを前に出して来たのはこちらの思う壺である。

歩兵はマスケットの後方で横に横に展開を始めている。

敵の騎士を1人潰すことによって展開を強要できたので前哨としての任務は成功である。

『下がれ! 後退しろ!』

旅団長が叫んだ。

当然敵も傍受している。

マスケットを見て大慌てで逃げているようにしか見えないであろう。

敵の歩兵は陣形を崩し、稜線を越えて後退して行く900名を追い始めた。


こうして辺境伯との戦いの幕が開いた。














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