外道魔術師と翼の無い天使

昇天、或いは墜落

 空は広い。

 広大で雄大で偉大だ。

 時に空は、その広大な器で人を呑み込んでしまう。

 いわゆる羨望。いわば憧れ。

 いつか空を飛んでみたい。魔法でもなく、機械でもなく、何に頼るでもなく、紛れもない自分の力、自分自身の翼で――

 俗に言ういい大人になれば、そんな夢も見ない。

 が、いい子供は夢に見る。それこそ、試してみたくなるほどに。自分にも、もしかしたら空を自由に飛べる雄々しき翼があるのではないのかと、錯覚して。

 奇しくもそうして昇る者がいる。

 憧れ、焦がれ、羨んだ、高い高い空の果てへと。

「いい歳した青年が、相次いで自殺未遂とはネェ。いやはや、世も末ながら年頃のガキの精神状態ほど不安定な物はないネ。自暴自棄になりたがる癖して、結局は自分自身が最愛なのだから困るヨ。自殺するならするで、ちゃんと死んでくれないかネ」

「この事件に対してそんな感想持ってるの、博士だけだと思う」

 自殺未遂に至ったすべての生徒が女子生徒だから、それなりの家系ならばホムンクルス作成の依頼が来るかもしれないと思っての発言である事はわかっている。

 しかし博士の場合、金に困っての発言じゃないから質が悪い。

 最近手に入れた災禍の細胞。その他モンスターの細胞から作れるかもしれない新たなホムンクルスの可能性を試す機会が欲しいだけ――要は、実験がしたいだけなのだから。

「でもこの事件、本当不思議だよね。これまでの事件の……被害者? が、全員自殺未遂で終わってるんだもの」

「だから面倒なのだヨ。未遂でなければ誰かの殺人と断定出来ル。何せ、目的がある程度絞れるからネ。しかしこれは全て未遂ダ。しかも全て、上階からの飛び降り自殺。そして、全て飛んだ直後もしくは地面と衝突する前に浮遊の魔術を行使している。さながら、空を飛ぼうとでもしていたかのように」

「直前で思い止まったとか、そういう事じゃないの?」

「飛んだ後でかい? それこそ手遅れってものダ。だから解せない……これらを仕組んでいる何者かがいるとしたら、その目的は何カ。先も言ったが、殺すつもりなら検討は付くんだヨ。すべて未遂で終わらせている理由……サテ」

 魔術師の拍手が、側にいた青髪が耳を塞ぐ大音量で施設全体に響き渡る。

 数秒後、ドタドタと揃わない足並みで、銀、黒、紫、茶色のホムンクルスが駆け付けて来て、整列。鋭く指を伸ばして敬礼する銀の隣で、二人が真似して敬礼していた。

「呼んだのは銀だけのつもりだったのだが……まぁ、イイ。銀、この自殺未遂事件を調べナ。特別興味を引くような事柄でもナイとは思うガ……」

「畏まりました」

「茶髪。言うまでもないが、おまえはダメだからネ。大人しく紫や金らと遊んでい給えヨ」

「やぁやぁ! 私もお姉ちゃん達と一緒に行くぅぅう!」

「ったく……」

「博士! 僕も行くよ! それなら問題ないでしょう?」

「……まぁ、いい。私は実験室に籠る。白と緑と金に、三日は開けるなと伝えておきナ」

 つまり、調査期間は三日間。

 しかし、それだけあれば充分だ。

 今回は、非常に強力な協力者がいるのだから。


  *  *  *  *  *  


「久し振りに、妹さん達に会えるね」

「うん、とても楽しみだ」

「きっと驚くよ、今の君を見たら」

「はは、そうだな」

「クオンさん? クオン・クロフォードさん、診察室へどうぞ」

「はい」

 かつて、その身には猛毒があった。

 触れた者を犯し、穢し、命を脅かす致死の猛毒。

 しかしその身は愛する者と交わり、投じられた毒と毒とが混ざった結果、互いの毒が打ち消される形で、その身は何の変異も持たなくなった。

 しかしそれから数ヶ月。彼女の中には新たな物があった。

 それは、女性の身ならばいつしか通る可能性。いつしか宿す新たな温もり。

 かつて黒髪と呼ばれ、【外道】の魔術師の下で働いていた元猛毒のホムンクルス。クオン・クロフォードの大きく膨らんだ腹部には、愛する番と共に紡いだ命があった。

 

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