それこそ高過ぎる位置から見たら遠過ぎる話の結末

 結果から言おう、かの貴族に花嫁は現れなかった。

 何も知らされていない弟は未だ傷心の最中にあり、部屋から一歩も出てこない引き篭もりと化した現状から何も変わっていなかった。

 両親は捨てたはずの兄の所に使者を向かわせ、事の真相を確かめようとしたものの、家は者家の空になっており、元より家具の類も何もなかった家は、文字通りの空き家となっていた。

 普通は考えるべきだし、真っ先に憂慮すべきであったはずなのに、考えなかった両親はハッキリ言って馬鹿だ。

 異形の子供を捨てた事も、その子供に金と野望を託した事も、そのために裏で何も手を打たなかった事も、何もかもに対して浅慮で、馬鹿だ。

 結局、彼らは自分達を高い位置に置き続けるために実の息子を貶めた結果、自分達より遠い場所にいる子供がどのように動き、何をするのか見えなかったのだ。

 自分達の面目を保とうとして、子供の面目が理解出来なかったが故に負けたのだ。

 大量の投資をしてまで弟を外に出そうとした貴族の目論見は失敗に終わり、唯一の接続先である捨て子の居場所も失った結果、貴族の衰退は決まったようなものであった。

 彼は、そんな家族の行く末を案じて心配していたけれど、こちらから見れば彼らの自業自得と浅はかさが招いた結果なのだし、気にする必要性など見出せない。

 それでも自分の家族だったのだからと微笑む彼を憐れむ気持ちは無きにしも非ずだったが、同時、放っておけないと思った事も事実である。

 だから災禍エンシェティアは、彼らの行く末を見届ける事にした。

「不思議な物だな。まるで我を開放すれば、こうなる事を知っていたかのようだ」

「偶然サ。だが、こちらもお陰で面白い結果が見られたヨ。魔を絶つ災禍、その触れ込みは伊達や酔狂ではなかったと証明出来たからネェ。おまけに、異形の人間のDNA情報もたんまりダ。報酬としては充分だッタ」

「魔術師殿。その、何とお礼申し上げればよろしいのか……本当に、ありがとうございました」

 そう言って頭を下げる彼は未だ車椅子に乗っていたが、脚は二本しかなかった。いや、二本だけになっていた。元の人間の姿になっていた。

 更に彼だけではない。彼と共に異形の人間として見世物にされていた者達が、彼の後ろにいた。彼らで言うところの、普通の人間としての姿を有して。

「感動するのは早いヨ。これからおまえ達は、普通の人間が味わう苦しみを味わいながら生きてイク。死にたいと嘆く輩もいるくらいの人生ダ。その中で幸せを感じた時、その時に初めて感動するとイイ」

「はい、そうします」

「では、頼んだヨ。今からおまえは災禍エンシェティアではなく、彼らの保護者、イルフィドール・ティアビルとして生き給え。さすがに、災禍と同じ名前では困るからネ。おまえを復活させたと伝わっては、私としても迷惑ダ」

「わかっている。恩には報いよう。しかし、意外だな。おまえはてっきり、自身の目的以外に興味を示さぬ男だと思っていたのだが、まさか彼らの治療と異形の修復をやってのけるとは」

「何を言っているのだネ。興味なんてないヨ。ただ目的以外の事にも目を向けないと、余計に目的が遠くなるし、してみた遠回りが巡り巡って目的への近道になる事もアル。そう考えただけの事サ。もう無駄話も良いだろう。さっさと生き給えヨ」

「あぁ、せいぜい達者でな」

 面倒見が良いのか悪いのか。

 金銭の一つも持たせないで下ろした先にあるのは、何処かと思えば奴隷推奨の王国だった。

 だが、他の国と比べれば奴隷の権利はまだある方で、有能であれば一定以上の賃金は貰えるし、善人に当たれば相応以上の優遇だってして貰える。

 まずは奴隷として飼われ、その後改めて人間になれ、という事らしい。人間になれるか奴隷のままかは、結局は自分自身の努力次第だという秘匿性の欠片も無いメッセージ。

「ではすまないが、ここからはおまえ達の能力次第だ。我――いや、私は一足先に行く」

「……本当に、あなたにも何とお礼を言えば良いのか」

「何、私はただ、おまえ達の魔を弄ったに過ぎぬ。そこを魔術師がどうこうしただけの話。私は魔を断じる者として、かつての災厄をほんの少し使ったに過ぎないよ」

「いえ。あなたは私達に、諦めるなと言ってくれた。機会を掴むきっかけを与えてくれた。私達の心に勇気を与えてくれた。私達のために憤り、泣いてくれた。これ以上の感謝はありません」

「……貴族として成功した時、おまえ達がまだ売れ残っていたなら買ってやるさ。失敗して、共に奴隷に落ちたなら、その時は、よろしく頼む」

「えぇ、待っていますよ」

 その後の事は、語るまでもない。

 どっちに転んだのかは想像に任せる。

 ただ一つ言える事があるとすれば、彼らは自らの足で、自らの意思で、ずっと遠かった普通の人間という世界に自ら跳び込んだ。跳び込む権利を得た。

 全員が全員幸せに終わった訳ではないだろうし、知らないけれど、封印された災禍の端末が与えた人としての権利と権威を得るための努力を、彼らはし続けた。

 そんな、当たり前の事をするだけの人間達の話など、興味もあるまい。

 だから語らない。

 それこそこんな話、高くから見下ろす人達からしてみれば、遠過ぎる話だ。

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