『類は友を呼ぶ』のなら、奇縁同士が集うは道理
魔術の世界において、血筋、血統は重視される傾向が強い。
優秀な血筋であるほど重要視され、場合によっては最優先で保護される対象だ。
魔術にあまり親しみのない者達からしてみれば、あまりにも理不尽に感じられるだろう。時と場合によっては、偉大な魔術師の血統は、王族や貴族よりも優先されるのだから。
凡俗な血筋が如何に下に見られようと、王族や貴族はいざと言う時に責任を背負い、自然災害や災禍と言った生物による強襲から人々を守るために動き、戦ってくれる。
だが、魔術師という存在は第一に自分の事を考え、真っ先に自分の身を優先し、自分の実験や功績の宝庫たる工房を死守するためならば、如何なる犠牲をも問わずに払う。
そんな魔術師が何故、優先的に保護されるのか。
魔術師の生み出す副産物が、王国専属の兵士をも超える防衛能力を秘めている場合が多いためだ。
魔術師は基本的に我儘で自己中心的な生き物だが、受けた借りと恩に対してはキチンと義理で以て返す場合が多い。
ただでさえライバル、敵が多い魔術師の世界において、国と言う背景を得られる事がどれだけ有益か知っている魔術師は、わざわざ得られた利点を捨ててまで自己中心的には動けない。
平和である間は自由にやらせろ。危険が来たら真っ先に守れ。その代わりお前たちを守る何かしらを用意しよう。それが、魔術師のスタンダードな立ち位置だ。
それこそ、世界屈指の五人の魔術師くらいの規格違いでない限り、自分の保身を自らの手で崩そうとする輩はない。
性格の
経済的にも精神的にも、彼女のひ孫は何一つ不自由のない環境で生活出来ていた、はずだった。
「……」
「“魔婆”様は、なんと?」
「精神的に不自由のない生活など、よく言えたものだ、と」
「……申し訳ございません。ただの独り言にまで、干渉してしまい――」
構わない。もしくは、許す。
そう言った意味合いで、老婆は揺り籠から手を出し、言葉を止めた。
魔女は謝意を込めて頭を下げると、私用があると部屋を退出して行った。
本当は、私用などない。ただ居心地が悪くて、退出してしまっただけだ。
老婆が何を言っているか自分ではわからないとはいえ、表情から雰囲気から、察する事は出来たはず。なのに自分はズカズカと、偉大な人の
魔術師はそう言った自身の領域を侵される行為を最も嫌うと、わかっているはずなのに。
何より今の彼女の心の悩みを、側近たる自分が理解出来ていないはずはないと言うのに。
失態だった。失敗だった。失策だった。軽率だった。
許してくれはしたものの、きっと複雑であったろう内心を思うと、こちらの心境まで複雑と化して、部屋を飛び出さなければ死んでしまいそうだった。
「ねぇ」
それは、螺旋階段の上にいた。
丁度、魔女が上がろうとした上階から見下ろす両目は生まれついて、差し込む光の角度によって色彩が変化する。
さながら、転がす度に色彩と形を変えて輝く万華鏡が如き双眸は、何かしらの魔眼ではないかと言われているが、真偽のほどは誰も知らない。
曰く、その顔は今は亡き“魔婆”様の兄君にそっくりだとも聞くが、それもまた、真偽の程はわからない。“魔婆”様に訊いても、もう忘れたとはぐらかされる。
「ひい婆様は、この先の部屋かな?」
「オルドローズ・ブラヴァスキー……様」
「止してよ。ひい婆様の右腕にして代弁者、“暁の魔女”フィローティルクと同格の、ひい婆様の左腕。代行者、“闇夜の魔女”クロロナトラムに、様なんて付けられるほど、僕は偉くない。ただ僕は、あの人のひ孫というだけだ」
魔術師は優秀な血統、血筋、血族が優先して生活、延いては命を保証される。
が、保護の対象となっている魔術師の全てが、それを快く思っているわけではない。
その数は少ないものの、認められているのは自分自身ではなく、自分自身を形作る遺伝子の
彼もまた、そう言った自己承認欲求の強い人間の一人であった。
「失礼しました。しかし、何故ここに?」
「うん……ちょっと試したくなってさ。魔女のクラスに面白い先輩がいるって聞いたから、話を聞きたくて」
「エスタティード・オレンジ……彼女の事でしょうか」
「“
「それは……」
彼の後ろに、見えた人影。
階段の影響で彼より上の位置にいるが、身長の差で彼とほぼ同じ目線から、“闇夜の魔女”を見下ろしている。
その姿、気配、内包する魔力に既視感を覚えた魔女は、驚きから目を見開いた。
「ねぇ、“闇夜の魔女”殿。あなたの見立てを聞きたいな。彼女とその人、どちらが強いと、あなたはお答えになるでしょうか」
わざわざ彼女の噂を聞きつけ、用意したはずはあるまい。
確実に偶然なのだろうが、奇しくも“
* * * * *
「くちゅん!」
「まぁ、可愛いクシャミね」
「風邪……ですか? 先輩」
風邪、とも言い難い。
オレンジの体を流れる血液の大半は、この世界でも気高い龍族の血だ。拒絶にしろ受諾にしろ、何かしらの反応を示す時があってもおかしくはない。
だがこれは、周囲にあまり知られたくない事実だ。
【外道】の魔術師との関係は、彼のためにも、自分のためにも周囲に知られるのはあまり良い事ばかりではない。
「誰か先輩の事、噂してるんじゃないですか?」
「そ、そうだよね……先輩は、凄い人だから」
「……私、そんな噂されるような人じゃ――」
「「「「「もうそういう人だよ(です)!」」」」」
友人三人と後輩二人から、揃って言われてしまった。
未だ、“
白い制服を身に取った青髪の魔女と、黒い制服をまとった赤髪の魔女とを連れ回している事で、学内では、エスタティード・オレンジという小さな勢力が完成しつつあった事さえ、彼女は知らない。
二人の弟子を引き連れ、魔導の深淵に深く足を踏み入れる小さな魔女は、もはや学内でも有数の驚異ですらあった。
「先輩はもう、この学内の教師と存在の大きさだけで言えば変わりません! 魔女の秘術、“オープン・マイ・ユートピア”による具現化出来る心象風景が複数あるだなんて、先輩の他にいるかどうか……今後、先輩の失脚を狙った謀略さえあり得ます!」
「そんな事……」
あります、と言いたげな目で全員が見つめてくる。
反論は無意味。自分がただ無知なだけなんだと納得して、オレンジは引いた。
学園生活二年目。未だオレンジは、周囲と比べて無知と言えるほど、物事を知らな過ぎる。
ただ、物の見る角度と価値観が、これまでのオレンジの経験から周囲と異なってしまっている事も否めないのだが、オレンジが理解し切れていない以上、周囲も彼女の異常性を測れない。
故に友人でもわからない彼女の異常性を、赤の他人同然の周囲が理解し切れるはずもなく、大半の生徒、教師はちょっかいを掛けるどころか、声を掛ける事さえ憚られて、結果的に半冷戦状態ではあるものの、仮初の平穏が保たれている状況であった。
「失礼な言い方ですけれど、先輩方はよくオレンジ先輩と友人になれましたね……」
「まぁ、悪い子じゃないから」
「特に嫌う理由はないわ」
「ま、オレンジといると面白いから!」
『類は友を呼ぶ』と言っていいものか。
別に、変人と言う意味はないが、魔術師という特殊な人種の中でも際立って変わった人達という意味合いでは、同じ類なのかもしれない。
自分らも彼女達と同じと言われると少し複雑ながら、だからと言って嫌かと言われると、そうはまったく思わないのだから不思議だ。
魔術師としてはまだまだ発展途上ながら、彼女達の領域に至れたならば、どれほどの景色が見られるのか知りたいと思うのだから不思議だ。
自分達と同じ場所にいるはずなのに、見えている景色が違うと思えるから、不思議でならない。
そういう意味では、双子は揃って先輩らと同じ目線に立ち、同じ景色を見れる類になれる事に憧れていた。
だから『類は友を呼ぶ』と言われても、決して悪い気はしない。
「オレンジ。ジュエリア姉妹も、そろそろ魔女学科の授業じゃなかったっけ?」
「ん……ありがと、ディマーナ。じゃ、あ……行きましょう、か」
「「はい、先輩(!)」」
魔眼一家、ジュエリア家。
未だ家の崩壊と、一家の全滅を知らぬ二人は、その看板を背負い続けている。
しかしながら、仮に家が崩壊していなくとも、家の崩壊を二人が知っていたとしても、揺らぐ事はなかっただろう。
類が寄せた縁も絆も、血筋も血統も関係ない。
様々な種類の色と色が混ざり合い、縁はより濃く、混ざり合う。
もしそこに、珍しい種族の稀有な才能を持つはぐれ者ばかりが集まっていたとすれば、そこに明白な理由なく、明確な問題なく。ただ単に、そういう運命だったと言うだけの事だ。
何せ、類は友を呼ぶのだから。
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