魔眼一族の双生

 魔眼とは、そもそも生まれ持った才能である。

 かつて、魔眼研究の第一人者たる有名な学士にして、有名な魔術師がそう断言した。

 魔眼とは、その人が生まれ持った魔力が何かしらの要因で目に蓄積された物で、生まれた後に開眼する事は不可能に近しい。

 魔眼は取り除かれれば効力を失い、仮に移植したとしても魔眼としての効力は引き継げない。

 かつて己が妹の魔眼に惹かれ、焦がれ、両目をくり抜いて移植した結果、ただ妹の目が自分の中に収まっただけに終わり、最愛の妹の両目を奪った罪に自決へと追いやられた男の話は、魔眼に通じる家系ならば誰もが知っている話だ。

 しかし恐ろしい事に、学士の発表から数百年後、魔眼を移植するのではなく、再現すると言う形で引き継ぎに成功した男が現れた。

 自らに施す事など興味なく、元から目指して等いなかった男は、あろう事か死人の目からわずかな魔力の残滓を獲得し、生前と同じ魔眼を有するホムンクルスの作成に成功したのであった。

 男の名は、アヴァロン・シュタイン。

 世界屈指、五本の指に数えられる【外道】の称号を持つ魔術師にして、裏の世界の人間。

 故に世間は知らない。魔眼を持ったホムンクルスの作成に成功したなんて、魔術界において前代未聞の神の御業に近しい偉業を。悪魔の仕業に近しい大罪を。


  *  *  *  *  *


「え、エスタティード先輩!」

 オレンジは振り返る。

 今度はちゃんと、自分が呼ばれた事を自覚した上で振り返った。

 だが、呼ばれた理由はわかっていなかった。ほんの数日前に決闘を申し込まれ、負かした魔眼の一族の双子の片割れが、自分を呼び止める理由なんて、見当が付かない。

 もしもまた勝負を挑まれたなら再び受けて立つだけだが、今度は何か様子が違って見えた。

 とりあえず、スカートの裾を持ち上げて、貴族に対して無礼のないよう頭を下げる。

「御機嫌よう、コナン・アーティ・ジュエリア様。此度は如何なる御用でしょうか」

 周囲からしてみれば、また異質な光景であった。

 どこから話が漏れたのか、オレンジとコナンの決闘についてはすでに学園中で伝播しており、決闘の結果まで、ほとんどの人間が知っていた。

 故に、例え相手が貴族だからと言って、勝者が敗者に腰を低くして頭を下げるなど、異質な光景に違いなかった。実力こそが物を言う魔術の世界では、猶更の事だ。

 が、コナンはすでにオレンジと言う人間はそういう人なのだと割り切っているようで、もう動じるような事はなかった。

 驚いたのは、頭を下げる動作を見せた最初だけで、すぐに平静を取り戻す。

「少々、お時間を頂けないでしょうか。廊下で立ち話出来るような話でもないので、出来れば、カフェテリアか何処かで」

「……では、私の部屋で。そこなら、他人に聞かれる心配はないかと思われますが」

「へ?」

 いいのですか、何て問えなかった。

 魔術師は、自分の体得する魔術に関して秘匿したがる物だ。一族に係わる一子相伝の秘術だとか、自分で開発した魔術だとか、多くの人間に教えたくない秘密の一つや二つ、持っていて当然。私室など、まさにそう言った神秘が隠匿、秘匿された宝物庫も同然なはず。

 だが目の前の先輩は、私室に招くと言う。隠す物などないと言う事か、それとも見られたところで簡単に会得出来るような代物ではないという宣言か。

 いずれにせよ、挑戦状を叩き付けられていると思っても良かったが、何故か、オレンジが相手だとそういう風に考えられなかった。

「わかりました……では放課後。姉も連れて伺いますが、よろしいでしょうか」

「お待ち申し上げております」

 一から十まで、何を考えているのかまったく読めない。

 普通なら、私室に魔術結界でも張って防御していると考えるところだが、学園の規則でそれは禁じられている。万が一の事態になった場合、学園の対処が遅れる可能性があるからだ。

 そうした完全無防備な懐へと飛び込むための勇気を必要とされたのは、姉妹揃って初めてだった。さながら、怪物の口の中へと飛び込むが如く覚悟を決めて、放課後、二人はオレンジの部屋の扉をノックする。

「どうぞ」

 呼びかけに応じた声が聞こえて、恐る恐る扉を開ける。部屋の中には、制服を脱いで部屋着に着替えたオレンジが、紅茶を淹れていた。

 度々部屋を訪ねて来る友人から、私達の他にお客が来たら何か出さないと、と言われて取り寄せた物で、実はなかなかの値段がするものなのだが、オレンジはその価値を知らない。

「お待ちしておりました。お茶菓子も何かご所望でしょうか。と言っても、期待に応えられるだけの品を揃えている自信はありませんが……」

「い、いえ……大丈夫、です」

 正直、お茶菓子程度でも食べ物が喉を通る気がしなかった。紅茶だけでも怪しいくらいだ。

 それくらいに、双子は揃って緊張していた。

 二人は勧められるままに揃ってベッドに座り、ティーカップに紅茶を注がれる。

「……では、お話をお伺い致します」

 話が早くて助かる。

 この緊張感の中、無駄話で場を和ませる事など双子には無理難題に等しかった。

「単刀直入にお伺いします。先輩は【外道】の魔術師、アヴァロン・シュタイン様と関係があるのではないですか?」

「……何故、そのように思われたのでしょうか。質問を質問で返す無礼をお許し頂ければ、理由をお伺いしても?」

「先輩は、

 上手く誤魔化したつもりもなかったが、一応、彼女達のプライベートに係わるだろうからと隠してはいた。ホムンクルスには、生物にはしない独特な臭いがあるから、すぐにわかったのは事実である。

 それでも、姉妹揃ってホムンクルスであるとわかった時には、内心驚いたものだが。

「はい。私は、あの方に拾われて育ちましたから」

「では、先輩は、その……ホムンクルスでは……」

「残念ながら。つい最近、捨てられた魔女の一族だとわかったばかりで」

「ご、ごめんなさい! その、えっと……」

 聞いてはいけないことを聞いたと思ったらしく、姉のカナンが平謝りを繰り返す。

 構わない、とオレンジが返事を返しても、カナンは涙目のままだった。

「えぇ、つまり……用件はホムンクルスであると言う事実の秘匿、と言う事で、よろしいので、しょうか……私は、別に開示する気もないので、構いませんが」

 そもそも、開示したところでオレンジにメリットなど存在しないのだから当然だ。

 むしろ開示したとなれば、ジュエリア一族全員を敵に回すかもしれないデメリットすらある。開示しないのは二人だけでなく、オレンジ自身のためでもあった。

 が、どうも二人は歯切れが悪そうに俯いて、チラチラと互いに一瞥を配り合って、どちらが切り出すか決めかねている。

 しかしやはりと言うべきか、そこは強気なコナンが切り出した。

「私達二人に、魔術を教えて欲しいんです!」

「お、おね、お願いします!」

「え、っと……え……」

 さすがに、言葉が出て来ない。

 貴族の子が一般家庭の子に師事するのは、別に珍しい事ではない。が、自らの家柄に囚われ、一般家庭の子の師事など受けるものかと、頑なに拒む者も少なくない。

 勝手ながら、オレンジは双子の――少なくとも妹の方は後者だと思っていたのだが、むしろ気位が高いが故に研鑽を惜しまない質か。いずれにせよ、双子の決断は意外過ぎて、すぐに答えを返せなかった。

 せっかく貴族への対応のためにと用意していた流暢な言動の数々が、崩壊していく。

「何故、私、に? 私……あの方に拾って頂きましたが、別に、魔術を習った訳ではないですし、誰かに何かを教える、だなんて……その、した事、ないし……」

「私の魔眼を看破するだけの魔術師で、しかも私達の秘密まで知って下さっている。より強い魔術師になるために、私達には先輩が必要なんです! お願いします!」

「します!」

 未だ、魔術師と言うのはどうしてそこまでして高みを目指すのか、よくはわかっていない。

 ただ、魔術師と言うのは誰もが、魔術の先の魔法に夢を見る。誰がいち早く魔法という領域に近付けるかのレースに、誰もが自然と参加している不思議。

 一体どのように解釈すれば良いのか。学園で過ごしてもうすぐ一年になろうとしているのに、未だに理解が届かない。

 が、彼女達が真剣である事、必死である事は見ればわかる。悪戯に無下にする事は出来なかった。

「……その、私に何が出来るか、わかりませんが……出来る事なら、その、協力、します」

「ありがとうございます!」

「ご、ごじゃいましゅ!」

 噛んだ事については、言及はしない。した方が場は和んだかもしれなかったが、生憎と、言及出来るだけの気概は持ち合わせていなかった。

「……何が教えられるか、わからないけれど、よろしく、ね」

「「はい!」」

 双子らしく、自然と返事が揃った。

 双子ならではのシンクロニシティとでも呼ぶべきか。少なくとも、母と呼べる者すら存在しないままに作られ、生れ出た姉達では、決して見られないだろうなと、窓の外に意識を向けた。


  *  *  *  *  *


「あぁあぁ、もう一人僕がいたらなぁ」

「何だイ、藪から棒ニ。おまえがもう一人いたところで、何も変わりはしないヨ。おまえと同じ仕事量を持つ者がもう一人いたところデ、おまえと同じ時間の使い方をして、おまえと同じだけの時間を持て余すだけダヨ」

 空を浮遊する実験施設にて、【外道】の魔術師と彼の手によって作られた青髪のホムンクルスとが、何気ない会話を挟んでいた。

 ただし会話を挟む魔術師の手には、煌めくように輝く目玉が試験管に入った状態で浮かんでおり、魔術師の事を興味津々と言った様子で見つめているようだった。

「それ何? モンスターの目……じゃないよね?」

「アァ。これはかつて、滅の魔眼と呼ばれていた魔術師の魔眼だヨ。もう随分前に摘出した物ダガ、まだ使い道が残っていル。魔眼など、そう取り出せるものではナイからネ」

「また、魔眼のホムンクルスでも作るの? ……そういえば昔、変なお仕事があったよね。魔眼を持ってる双子の姉妹が、崖から落ちて死んじゃったから、ホムンクルスとして作ってくれって。しかも、魔眼の複製までさ――って痛っ!」

 突如、魔術師の拳骨が青髪の脳天を突いた。

 不意の一撃に青髪は椅子ごと倒れ、堆積した埃が舞い上がる。魔術師はすでに試験管の方へと戻っており、時折試験管を揺らしては、フワフワと揺れ動く目玉を凝視して経過を見ていた。

 そこで青髪はようやく、目玉を入れている試験管の中身が、ただの液体ではないのだと察し、滅の魔眼と呼んでいた目玉の正体を

「あぁ、そっか! その目か!」

「今更思い出したのかネ……ったく。そうだ。これが滅の魔眼。そして、もう一つの破の魔眼。これを合わせて破滅の魔眼――とは、皮肉な話ダ。この二つの魔眼の結果、ジュエリアという魔眼一族は、文字通り破滅したのだからネェ」

「え? どゆこと? さすがにそれは聞かされてないんだけど……うん? そんな事件、あったっけ?」

「世間には公表されていないからネェ。ま、秘密にする理由はないものの、語ってやるのも面倒だ」

「えぇ! 教えてよぉ! 博士ぇ! ねぇったらぁ! ――痛っ!」

「うるさい奴だネ。いい加減にしないと、殴るヨ」

「殴ってから言わないでよぉ。この外道博士めぇ……うぅ……」

 涙目で訴える青髪も無視して、魔術師は再び実験に取り組む。

 そのまま語り出す流れもあるにはあったが、やはり面倒だったので語らなかった。

 何より、そう易々と語れるようなものでもない。

 ジュエリアという一族が、破滅の一歩手前まで追い込まれた原因たる事件。互いが互いを愛するがために起こった、双子の姉妹による計画的心中など。

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