外道魔術師と自立破壊人形

「不信心殺して信心なし」

 エスタティード・オレンジと、まともに名乗れもしないヘタレ令嬢の、一方的試合にもならず、練習していた魔術の練習にしかならなかった決闘もどきから、早一週間。

 学園では、とある話題で持ち切りであった。

「自立、破壊人形……」

「オレンジ、知らないの?」

 首をフルフルと横に振るう。

 スライムのアザミが己の形状を変え、図書館の中でもずっと高い本棚に収納されているファイルの一つを取り出して来る。ファイルには年号が記されており、その年に世界各地で配布された新聞が保存されていた。

 千を優に超える厖大な枚数の中から、アザミは特定の記事を迷うことなくすぐさま見つけ出し、広げて見せた。

「この世で最初に災禍として認定され、この世で三番目に古いとされる災禍――自立破壊人形、ファントマ・アリア。世界最小の災禍とも呼ばれているわ。それが先日、破壊されたの」

「破壊……誰かに壊されたのですか」

「壊されたのか、壊れたのか。政府は断定してないらしいけど、推定でも四百年以上動いていたのだもの。今更、なんの理由もなく壊れただなんて考えにくいし、何より人形が消えたという時点で、壊されたと考えるのが妥当だわ」

「消えた? そりゃあ壊されたって方が妥当だわ――あいたっ!」

 図書館での飲食は禁止です、と背後からラミアの図書委員が無言で注意する。

 ラミアの尻尾に強く叩かれた頭をさすり、ディマーナは食べていたサンドイッチをそっと、バッグへと仕舞った。

「ワルツェはどう考えてるわけ?」

 次の授業に提出する論文を作成するワルツェは、意識半分程度でしか聞いていなかった。

 が、半分も聞いていれば充分に対応できる話だ。ワルツェなら尚更、対応にも返答にも困りはしない。

「うん……アザミと同じで誰かの仕業だと思うけれど、犯人まではね。でも、四百年間誰も破壊出来なかった人形を持っていくのだから、犯人は限られるだろうね」

 と、誰にでも言える事実を言えばいいだけの話なのだから。


   ▼  ▼  ▼  


――もしもこの手が、幾万もの命を奪ったとしたら、この手で貴方を抱き締めることは、果たして罪になるのでしょうか。


――もしも幾万もの命を喰らったこの口で、貴方に「愛している」と紡いだところで、貴方の耳はこの言葉を、受け入れてくれるのでしょうか。


――もしもこの足が、幾万もの命を足蹴にしていたら、この足で貴方の隣を歩くことは、貴方を穢すことになり得るのでしょうか。


 自立破壊人形、ファントマ・アリア。

 思考回路は存在するのか。記憶回路は存在するのか。そもそも、生命としての機能は存在するのか否か――詳細のすべてが不明の、自立型破壊術式起動人形。

 指のすべてが、長く伸びる細いナイフ。ヒールはもはや剣刃ブレードで、血に濡れた青いドレスは、錆びた鉄のような色で所々濁っている。

 世界で最初に発見され、現在発見されている中で三番目に古いとされている災禍。

 元は人間であったのか。そもそも人間を模して造られただけの人形なのか。

 わかっていることは、彼女が常に背後の社を護るようにして、近付く者を容赦なく殺戮し、喰らってきたと言う事だけである。

「ホムンクルスの私が言えた義理じゃないけど、あんたも相当イカれてるわよね。お互い、作り手に恵まれなかった不運を呪いましょうか」

 大雨の中、赤髪のホムンクルスが炎をまとって対峙する。

 返答はないものの、人形は四百年経ってもさび付かない刃の指を動かし、赤髪の方を向いて応答した。

 睨み合うは人形とホムンクルス。互いに生き物を模して造られた存在もの。生物を模した兵器と、兵器を兼ねた生物。

 殺し続けることを目的に作られた物と、目的のために殺すことを命じられる者。

 似て非なる存在の対極の対峙は、双方無言ながら、降り頻る豪雨と吹き付ける暴風とで起こる喧騒の中でされていた。

「悪いけど、あんたとあんたが護ってる物に用があるの。不信心を殺し続けて、信心さえ殺したあんたを殺して、用事済まさせてもらうわ――!!!」

 赤髪のホムンクルスが、煉獄をまとった剣を抜いた。

 この抜刀が、七日間にも及ぶ戦いの幕開けの合図となった。

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