外道vs魔導
この世に現存する魔術のすべてには、会得難易度を示した三つの階級が割り振られている――と思われているが、実際には五つの段階が割り振られている。
魔術師でなくとも会得可能な最低限の魔術を示す第三位。
魔術師として勉強し、数年の鍛錬を積めば会得可能な第二位。
魔術師としての勉強と鍛錬は必要不可欠であり、尚且つ才能をも求められる会得難易度の最も高い第一位。
それら三つの他に二つ、世界政府が隠匿する階級に割り振られた魔術がある。
一位より上に、会得自体は出来るものの、大きなデメリットがあったり命の道徳を穢すような理由から、使用を禁じられた禁忌の零位。
三位より下に、理論上は可能とされているものの、未だ実現した者がないため、机上の空論とされている空位の二つだ。
外道魔術師の作るホムンクルスは零位の魔術に該当し、青髪含めたホムンクルスらは、存在自体が禁忌である。
故に彼らを戦争に導入した帝国は、未だ全世界の各国から白い目で見られているのが現状だ。
だが魔術師にはあと二つ、到達したくともし得ない、未だ空位に座す魔術が存在する。
永遠の命を齎す、賢者の石。
永遠の英知を齎す光、
過去に存在したという史実と履歴こそ存在するものの、過去数千年以上前の話。現代に実現出来た者など、未だ一人もいない。
かつてはホムンクルスも空位の一つであったが、今ではこの二つが空位の中でも魔術師がいずれ実現を目指す最大の目標とされている。
全員が全員目指している目標と言うわけではないが、魔術師と呼ばれる者達が一度は夢見る、未だ誰でも座る可能性を持った、空に位置する栄誉である。
「誰もかれも。魔術を学ぶ者が一度は目指し、志す終着点。諦めるも良し。進み続けるも良し。しかし進み続ける上で、捨てるべき物がある。
首を傾げた直後、頬を焼き切る閃光が、避けた拍子に舞った髪の束に風穴を開ける。
橙色の髪が焼き切れて、毛先が黒く焦げてしまったのを見る【魔導】の魔術師に、特別気にする様子はない。
髪などまた生えるもの。ましてや自分の髪など、もう何の実験にも使えないことも実証済み。そんなところだろうなと、【外道】の魔術師は同類ながらに彼女の内心を理解していた。
クトゥル・イヌヌ・エイボン。
魔女という言葉の語源になった魔術師の生まれ変わりと呼ばれており、魔術の道を究めた【魔導】の異名を与えられた、世界最強の呼び声高い魔術師。
元は王国の宮廷魔術師だったが、現在その国の女王であり、事実上、国を乗っ取った女だ。禁忌に指定される零位の魔術さえ、一部ながら使用を許される、傾国の魔女。
そんな彼女相手に真っ向から対峙して、五分以上もの間五体満足でいる博士は、【外道】の魔術師としての実力の半分をも出していなかった。
互いに未だ本気でないというのに、すでに周囲は灰燼と化して、歴史的価値の高い遺跡もそこに隠れるよう内設されていた彼女の工房もすべて溶解し、消え去っている。
すでに遺跡自体消え去って、地図から遺跡を消さねばならぬことはすでに確定しているというのに、未だこの二人は本気ではなく、もはや地図から遺跡を消すだけでは済みそうにないことに、世界政府の面々は戦慄を禁じ得ない。
ただし二人が戦う理由も、戦っている間に交わされる会話の内容さえも、彼らには想像の余地もなかっただろう。
魔術師ならば命を賭してでさえ聞きたいだろう、零位と空位の魔術の話だなんて。
「それは保険かネ? おまえもやっていることだから私は悪くナイ。私だけに責任を押し付けるナという言い訳の前置きなら、やめておきナ。私の機嫌を、損ねるだけだヨ」
「それは怖いなぁ?」
明らか、微塵にも怖いなどとは思ってないだろう彼女のほくそ笑む顔に、仮にも女の顔に容赦なく、博士の指先から赤い熱源が放たれる。
それこそ箒に跨って空を飛ぶ魔女の如く、軽やかに跳び上がってそのまま浮遊する彼女の目の前に、黒い塊がシャボン玉のようにフワフワと浮かび上がって来た。
いくら覗き込んでも中身が見えない、小さな漆黒の球体。正体を知らなければ、直後起こる現象に気付くことなく死んだだろうが、魔女とさえ呼ばれる彼女は知っていた。
自身に掛けている浮遊の魔術をさらに強く重ねて掛け、わざと過剰に飛空して飛び退く。
直後、漆黒の球体が発する引力に遺跡の残骸が次々と引き寄せられ、圧縮。ものの数分で、夜空に輝く星々には遥か劣る程度の小さな――街一つを丸々圧し潰せる程度の星もどきが完成した。
危ない危ないと言わんとする顔で安堵する魔女だったが、またすぐに判断を煽られる。
出来上がったばかりの星もどきが、生誕の産声たる轟音を響かせながら大気との摩擦で熱を持って、母でもないし受け止められるはずもないというのに、小さな魔女の胸の中へと飛び込まんと突進してきていた。
零位の魔術の中にさえ、あっただろうか。隕石を作って投げるだなんて。
しかもそれだけの大規模な魔術を、たった一人の人間に向けて放つ上、詠唱も媒介も必要とせず、目の前のランプに火を灯す程度の手間だと誤認させかねないくらいに簡単にやって見せる。
魔女だの最強だの呼ばれるエイボンでさえ、思わざるを得ない。
この
握り締めるは金色の槍。もはや内容さえも忘れた、ずっと昔の実験で出来た副産物。
周囲の大気を一挙に吸い込んで、自ら霹靂を作り上げてまとった槍を、躊躇なく投擲する。
燃え盛る隕石と、霹靂をまとった槍の衝突。
さながら、神話を記した古書の一ページを飾るかのような光景に、絶句する者さえない。災害にも等しい抗いようのない暴力同士の衝突の最中、当人らは次なる一撃のために構えていた。
掌で渦巻く小さな空気に、魔女の妖艶に膨らんだ唇がふぅ、と息を吹きかけて飛ばす。
空気の渦は旋毛風へ、さらに竜巻へ、さらにストームへと巨大化し続け、大気摩擦による雷と炎と、上空に発生した積乱雲から降り注ぐ雨とでグチャグチャに掻き混ぜられ、もはや天変地異の四文字が、その場一体に凝縮された形で繰り広げられていた。
一方で、外道の手が触れた大地が千本の槍の如く鋭く伸び、降り注ぐ落雷を避雷針となって受け止める。それらが繋がって巨大な魔術陣を描くと、光輝く巨鳥が現れて空高く飛翔。
嵐の中を平然と浮遊する魔女へ、暴風も落雷も竜巻に巻き込まれて燃える炎さえも受けながら、再生しつつ鋭き嘴を突き刺さんと突進してくる。
浮遊の魔術と天変地異を起こす大気操作の魔術を解いて、魔女は巨鳥の突進を落下して躱し、描いた魔術陣にて巨鳥を生み出した魔術陣をも掻き消し、巨鳥を消失させ、地面に激突する直前で再び浮遊。ゆっくりと着地した。
「天変地異まで出して、仕留めるどころか反撃されたなんて初めてのことだ。今のは
「その称賛は命乞いかネ? それとも挑発かネ。戯言も言い訳も心のない称賛もうんざりダ。さっさとこちらの質問に答えてはどうかネ」
地面から突如伸びて来た何かが、未だ博士より高い位置を維持し続ける彼女の四肢を縛る。自生していた
いつの間にか、足元に描かれている魔術陣。
天変地異の中、着地地点まで計算されて設置されたトラップなのだとしたら、恐ろしいばかりだ。なんと脅威的な計算能力。
魔術を呼吸するかのように操る展開速度と来たら、誰にも真似など出来るはずもない。
四肢に絡みついた蛇が、
全身を駆け巡る細胞が警報を発し、毒の混入を警告する。しかも四肢に絡みついた蛇の全てが、それぞれ違う種類の毒を兼ね備えていて、解毒にはかなりの時間を要す上、四肢を縛られた現状では更に時間を必要とすることは否めない。
そして毒の一つには即効性の高い麻痺毒も含まれており、更に更に時間が掛かる――などと言うのは、相手がただの魔術師ならばの話。
ホムンクルスを作る術を持たない彼女の実験体が、一体何だったのかを想像すれば、そんな簡単な手口が通用する相手などとは思うまい。
彼女は自分自身を実験体に用いており、今までに数百種類の毒を体に取り込んでいた。故に四種類の毒の抗体もすでに持っており、実際、毒の効果などないに等しかった。
解毒に時間を要することには違いないが、それも本当にわずかな間だけである。
ただしそのわずかな間にも、外道の魔術師は簡単に、彼女を殺してしまえるのだが。
「仕方ない……もう一度だけ問おうかネ」
彼女の周囲に聳える岩の柱。
数個のブロックが積み重なって出来た柱のブロック一つ一つに顔があり、すべてが魔力弾を凝縮して解き放つ瞬間を待っているぞと脅す。
普段ならまったく怖くなどないのだが、状況が状況だ。毒の巡りが思ったよりも早く、麻痺毒が防御と回避を遅らせることは充分にあり得る。
「良かろう。
「おまえの、最終目標ダ」
沈黙。静寂。
しかし博士は、抵抗とは見なかった。
彼女が、若干かつ一瞬ながら、核心を捉えられたと言わんばかりの表情を見せたからである。
「賢者の石でもナイ。
今度は、沈黙も静寂もなかった。
一拍遅れてだが、彼女が笑ったからだ。
嘲笑でもなければ、追い詰められたが故の強がりでもない。
純粋に、外道魔術師と呼ばれた男が、その質問をしてくることが、おかしかった。
「欲しいものはないし、したいこともない。が、見てみたいものはある――強いて言うなら、ヒトだ」
「サルのことかネ」
「無論、違う。私が求めるのは人間じゃない。この世界と生物、摂理と原理のすべてを構築した神が最初に作ったヒト。賢者の石も、
「アルダマーナとイヴァリアース。原初のヒト。すべての種族、人間の祖か。それをおまえが作り出す、ト? そういうのかネ」
「人間もどきを作るより、よっぽど貴く美しい目標であろう?」
人間もどき。
その言葉が彼女の口から出された時、外道魔術師の大きく振りかぶった拳骨が、魔女の脳天に叩き落された。
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