「その気持ちにもしも、嘘を感じられなかったなら」

 虹の天輪。

 紫髪の夢であり、憧れる未知の現象だ。

 人類が歴史として記し始めた時代の中で、数回しか見られていない現象で、どういった条件で発生するのかもわかっていない。

 しかし史実によると、まるで空を覆うような巨大で美しい虹が、輪っかの形で現れると言う。昔の人々はそれを神の降臨と謳い、崇めていたそうだ。

 紫髪は神など信じていなかったが、昔の人々が神の降臨だとさえ謳ったその光景に憧れた。その光景はきっと美しく、全種族の人々が等しく神々しいと思ったが故に、そう呼ばれたに違いない。

 しかしこの数年、数十年、数百年、見た者はいない。

 故にもはや伝説上の存在――それどころか、確証も得られない神話時代の空論とさえ呼ばれ、誰も信じない代物になってしまった。

 見たいと言ったところで、それはサンタクロースや神様を見たいと言っているのと同じで、誰にも実現不可能なもの。何よりサンタクロースや神と違って人型ですらないため、変装などという子供騙しもできやしない。

 故に見たいと言われたところで、見られればいいねと返すしかなく、駄々を捏ねられたところで何の術もない。

 さらに外道の魔術師なんかに訊いてしまえば「馬鹿だねぇ、そんなもの見られるわけがないだろう。くだらないことを言ってるんじゃあないヨ」と返されるのがオチなので、紫髪としては悲しい気持ちになるばかりだった。

 だが牛の人獣、グーガランナと出会って同じ話をしたとき、彼は誰とも違う反応を見せた。

「なるほどねぇ、虹の天輪か。いいじゃねぇか、夢のある話だぜ」

 でも誰も、博士でさえもそんなもの見られるわけがないって言うの。

「ならそれはチャンスだ。だってこの数百年、誰も見てねぇんだろ? つまりは誰もあると証明できてねぇが、ってことだ。だからおまえが見て、本当にあるんだと証明するチャンスってことじゃあねぇか」


「すげぇことだ。おまえの発見が、歴史を引っ繰り返すんだぜ?」

 誰も見たことがないが、絶対にないという証明にはならない。そんな発想は紫髪の中にはなかった。今までの誰も示してくれなかった。

 故に彼女にとって、誰もが恐れる牛の人獣は唯一、自分の夢を応援してくれる人になった。

「どうだ、何かわかったか?」

 本を見つけたの。虹についての本……古い本だけど、これが読めれば天輪についてもわかるかもしれない。

「そうか。なら、ちゃんと勉強しないとな。頑張れよ」

 グーガランナと紫髪が会ったのは、博士がホムンクルスを作るのに要したわずか十日間の間だけだ。だというのに、紫髪はすでに彼との間で、他の人の数倍以上の交流を重ねていた。

 その中で、彼と彼が欲する女性との馴れ初めも、出会いたい理由も知った。

 世界を知らない彼女に、世界を見せてやりたい。

 その願いは誰が聞いても、素晴らしい願いに聞こえることだろう。だが紫髪の中ではさらに深く、また特別な意味で響いていた。

 故に誰よりも強く、彼の願いを応援した。自分の夢を応援してくれる代わりに、精一杯応援した。

「いてて、あの野郎……思いっきり斬りつけやがって」

 痛そう……毎日斬られたり突かれたり、痛くないの?

「痛ぇさ。何せ剣ってのは、相手を殺すつもりで振り下ろされてるんだからな」

 でも、牛さんなら負けないよ。大丈夫だよ。

「なんだ、励ましてくれてんのか? ありがとよ、お陰で痛みも少しは楽になったぜ」

 大丈夫、花嫁は博士が必ず作る。

 だから牛さんも頑張って。私も、頑張って牛さんを応援する。

「はっはっはっ! そりゃあいい! 他の戦士には応援歌もあるもんだが、俺にはねぇからなぁ。いいチアを見つけたぜ。他のどの人間よりも別嬪な……っと、それを言っちゃあ、あいつに悪いから、二番目ってことにしておくぜ」

 と、グーガランナは紫髪の顔を覆っているフードに指を伸ばす。

 だが先に察した紫髪がフードを深く引っ張り、脱がせまいと抵抗を見せた。

 そうなると無理矢理脱がせようなどとはしない。だがそれでも、グーガランナは溜め息を漏らした。

「もったいねぇなぁ。チラッと見えるだけでも、随分と綺麗な顔をしてるように見えるんだがなぁ。虹について語るときの顔なんて可愛げもあるし、本当にもったいねぇ」

 博士は、私を顔だけって言うの。虹の転輪なんて夢物語に現を抜かしてるバカだって。

「おまえ、それにちゃんと言い返したか?」

 紫髪は黙り込んで、何も伝えてこようとしてこない。

 いつも通りの無言だったが、グーガランナは首を横に振った。

「いいか。おまえが虹の転輪ってのを見てぇってのはわかる。だがあの博士にはきっと、おまえがどれだけそれを見たいのか、どれだけ本気なのかって言うのが伝わってねぇんだ。言葉が一切話せなくても、それだけはちゃんと伝えなきゃいけねぇと俺は思う」

 でも、博士は私よりもいろんなことを知ってる。その博士にないって言われたら――

「あるってことは、おまえの力で証明すればいい。問題はおまえがどれだけ本気か、あの外道に伝わってねぇってことだ。外道と呼ばれてる男だが、あいつだって人間で、必要とされれば俺みたいな怪物にも花嫁をくれる奴だ。おまえのその気持ちにもしも、嘘を感じられなかったなら、あいつもおまえのために何かしてくれるんじゃねぇか?」

 自分の夢のため、何年も戦い続けてきた男は言う。

 その傷だらけの血と獣の臭いが混ざった体は問いかける。

 おまえの夢は、おまえの思いは、気持ちは、本物か。一瞬の幻想に囚われた嘘偽りか。ただの小娘の我儘か。

 それは自分の全身全霊をかけてでも、叶えたい願いではなかったのか。

 そうでないならいつでも諦められる。そうならば――

「おまえも、おまえの戦いをしろ。俺も戦う……次が、最後だ。応援してくれや」

 そして翌日、闘技場は歴史上最高潮の盛り上がりを見せていた。

 前人未到。誰もなし得なかった千回連勝に王手をかけた剣闘士の戦い。

 たとえそれがミノタウロスと呼ばれる怪物であったとしても、関係はない。

 世界最高の軍事力によって世界の頂点に座する国の民は、激しく戦う戦士の姿に興奮を覚える血を未だ絶やさず受け継いでおり、それが化け物であろうが悪魔であろうが、飛び散る血飛沫が見え、戦士の勝利の咆哮と断末魔が聞こえればそれでよかった。

 故に博士は、この国の人達を野蛮人、もしくは原始人と言う。オレンジには感覚的にだが、そう呼ぶ理由がわかった気がした。

 同時、博士が何故帝国に取り入ったのかもわかった気がした。単に劣勢にあったからというだけではない。そういう野蛮で、残酷な血が流れている種族の多い国だったからだ。

 故に外道と呼ばれる禁忌を、他の国よりも容易く受け入れた。オレンジは先代の王を知らなかったが、それでも酷い人だと言う印象を受ける。

 だからなのか、闘技場の歴史で初めて王族専用の傍観席に座ることとなった現帝王のアロケインに対しても、同じ印象を抱いていた。彼のことを何も知らないため、先入観だけの印象でしかないが、好きになれそうにはない。

「気分でも悪いのかネ?」

「い、いえ……なんでもありません」

「人に酔ったとしても、吐くんじゃないヨ。こっちまで飛び散ったら汚いからネェ」

「あの、紫髪さん、と他の皆さん、は……?」

 観客席に座っているのは、博士とオレンジの二人だけだ。

 二人がいるのは特別席で、もし一般席にされていたら他の人達にぎゅうぎゅうに押し詰められる形で見ていたことだろう。故にその心配もなく、さらにいえば帝王が直々に用意してくれた席なので、料金も発生していないはずだが。

「青と黒はいいとしても、他の奴らはダメだネ。赤は炎の精霊の血が混じってるし、緑は見た目通り獣人の血が入ってる。金や銀は格好が目立つから、妙に注目されると鬱陶しい。だからそもそもこの国にはおまえと青、黒、そして紫の四人しか連れていく気はないんだヨ」

 そうだ。

 数日前、博士が帝国で拾って来たと言っていた獣人の女の子達を思い出した。

 この国は、人間以外の種族を下に見ている。他の種族の血が混じっている赤と緑は、帝国に入った時点で白い目で見られ続けることだろう。

 帝国に行くと言ったとき、二人が露骨に嫌な顔をしていたのが印象的だったが、ようやく理解した。

 金髪と銀髪についてはまだ知らないことも多いが、全身甲冑に軍服だ。大いに目立つ。特に人見知りの金髪は、動けなくなってしまうだろう。

 やはりわからない。

 世界から外道と蔑まれるこの人が、こんなにも自分の作り上げたホムンクルスのことを考えて、実験に使うと言いながら連れてきた獣人の女の子達の手当てを言いつけていて、さらに記憶喪失の少女を一人にさせまいと極力側に置いてくれている。

 本当に、この人は外道と呼ばれる人なのだろうか。むしろ観客席で、早く始めろと騒いでいる人達の方が、よっぽど怖い。博士の言う、野蛮人という言葉を体現しているように思える。

「あ、グーガランナさん」

 グーガランナが出てくると、観客席は狂気すら混じった声で吠えた。闘技場全体が声の振動で震えあがり、熱を発していると感じてしまうほどの大音量だ。

 そしてそれから二人の対戦相手が出てきた。

 本来は一対一なのだが、グーガランナ相手に一人ではまったく話にならないらしく、彼だけは特別に二人以上が相手をすることになっているらしい。

 一人は筋肉質な拳を構える男。一人は双剣を握る華奢な女。

 双方年齢は同じくらいの成人で、実戦経験値の高さは体に刻み込まれた傷の数が物語る。

 さすがに千勝目――無罪放免での釈放がかかっている戦いとあって、強者が用意されているようだが、オレンジは博士がアロケインの方を睨んでいるのに気付いた。大きく舌打ちする。

「オレンジ、今から走ってこい。おそらくだが、紫髪はあの牛を迎えるために控えの方にいるはずダ。そしてこう伝えろ、あの二体は――」

 運命というものがもしも存在するのなら、グーガランナは運命を恨む。そしてこの運命を強いる帝王を恨む。

 昨日だ。つい昨日、自分は無口な少女に言い聞かせたばかりだったのだ。

 自分の思いが本気なら、その本気を周囲に伝える努力をしろと。それも大事なことだと。

 自分もまた、自分の思いが本気だと信じて戦って来た。ここまで、数年かかった。

 だというのに今、心が折れそうだ。

 この一戦。この戦いに勝てばいいだけなのに、今まで積み上げてきた努力や誓いをすべて放棄して、逃げ出してしまいそうになる。

 何故、何故よりにもよって最後の相手がおまえ達なんだ。

 会ったことはないし、顔も初めて見た。だが臭いでわかる。初めて見る顔でもわかる。

 おまえ達二人が彼女の――だってことくらい、すぐにわかる。

 例えホムンクルスとはいえ、例え彼ら自身がまぐわって産んでないとはいえ、すでに本物は誰もいないとはいえ、これから迎える娘の両親を、この手で殺せと言うのか。

 自分の両親を殺した怪物の腕に、娘を抱き寄せさせようと言うのか。

 今まで何人と斬って来た。倒してきた。その度に浴びる血は生温かくて、反撃の一撃は物凄く痛かった。

 やるからにはやられる覚悟を決めること、それが戦士の礼儀であるというのはわかる。だがよりにもよってこの二人なのか。この二人を斬らねばならんのか。

っがぁぁぁぁぁぁあああああああああっっこの外道が!!!」

 観客席は、彼の言葉などまともに聞こえていない。ただの獣の咆哮として吐き捨て、言語とすら認識していない。

 唯一、それを言語化して聞いていた博士だが、オレンジがいなくてよかったとさえ思った。

 何せここで「博士に怒ってるのですか?」などと問われても面倒なだけだ。

 この状況。果たして戦争の最中にあれらを作った自分が言われているのか。それともそれを利用して最後の戦いに持って来た王を言っているのか。はたまたその両方か。それともこの状況を楽しんでいる全員に言っているのか。

 さて本当に、問われたところで返答の難しい質問だ。面倒に過ぎる。

 試合開始のゴングが鳴る。

 男は軽やかな足捌きでステップを踏みながらジリジリと詰め寄り、女はその背後で双剣を構えて突撃の瞬間を待っている。

 グーガランナも構えてはいるが、攻めさせない構えで精一杯だ。そこから一歩踏み込む勇気が出ない。

 何故、一体、どこから――

 あぁ、やっぱり、おまえは遠い。だからこそ欲しかった。だからこそ、おまえに世界を見せてやりたかった。この野蛮で外道でド畜生で、クソッたれな世界しか知らないおまえに、世界の広さと美しさと、壮大さを知って欲しかった。

 隻腕になってもまだ血に塗れた場所にいようとするおまえに、そのままじゃあ自分の赤ん坊を産んだ時不便だぞと、教えてやりたかった。それで納得させてやりたかった。

 なのに、あぁ、やはりおまえは遠かった。ようやく、ここまで、近付けたと思ったのに。

 男の鉄拳と女の双剣が同時に、自分へと襲い掛かって来る。

 戦うために作られたのだから、彼らに躊躇などあるはずもない。ましてや彼らが、仮初とはいえ自分達の娘と因縁のある相手と戦っているなど知る由もない。

 ましてや語ったところで、戦争のために作られたホムンクルスだ。果たして言語理解能力を、当時の外道魔術師が搭載させていたのか不安な点も多い。

 なんとか戦斧で振り払うが、そこから反撃に踏み込めない。二人共かなりの場数を踏んでいるようで、下手に踏み込むと先にやられる。

 まったくもって、まったくもってなんで、なんで――

 と、グーガランナが手間取っていたそのときだった。

 紫電――紫色の雷電が、グーガランナのすぐ側を通過する。直後に遅れてくる雷鳴と雷光の凄まじさに、博士以外の全員が耳を塞ぎ、目を閉じた。

「ば、バカな……」

 王が見たのは、もはや塵芥同然と化した元ホムンクルスの残骸と、それを踏み締める紫色の髪を揺らめかせる、紫電をまとった少女だった。

 グーガランナはすぐに紫髪だとわかったが、初めて彼女の髪の色を後ろから見た。それは当然で、何せ彼女のフードが脱げていたからである。

 そして彼女のフードの下――つまり彼女の頭では、常時紫電を発生させている黄金の装飾が輝いていた。どうやってフードの中に納まっていたのか不思議なくらいに荘厳で、豪奢な装飾が、紫電を帯びて金色に輝き続けている。

 王はすぐさま言葉を発しようとした。

 まったくもって想定外の出来事に、思考が追いつかない。だが怪物は味方を呼ぶと言う明らかな不正行為を働いたと見做し、即失格。これで計画は無事に遂行できる。

 と考えていたのだが、まるで筒抜けだった。それよりも先に博士が立ち上がり、一人誰も理解が追いついていないが故の静寂の中で、喝采を送ったのである。

「素晴らしイ! 見たかネ、この破壊力! 素晴らしイ出来じゃあないかネ! 今回は前人未到の千勝目ということで、私からサプライズゲストとして用意させてもらったのだが……まるで勝負にならなかったネェ?」

 この外道はどこまで私の邪魔を――と、その言葉は呑み込んだ。そんなことを言えば、次にあの紫電に焼かれるのは自分だと察したからだ。

 故に心から思っていないことを、言わなければならない。最悪な、最も恐れていた事態の引き金となる言葉を。

「さすがは我らが帝国が誇る魔術師殿! もはや旧式のホムンクルスなど使いものにもならなかったようですね。これはなんの文句もなく、勝利と言わざるを得ないでしょう! 盟約の通り……盟約の、通り……」

 怖い、恐い、こわい。

 いつ自分に振りかかって来るかわからない火の粉。いつ自分に襲い掛かって来るかわからない戦斧。いつ自分に落ちて来るかわからない雷電。

 国民のまえだというのに、皆が注目していると言うのに、思わず漏らしてしまいそうだった。

「盟約の通り、グーガランナ・ディアマンテは無罪放免! 釈放とする!」

 誰も文句など言えなかった。

 相手は外道の魔術師だ。逆らえばどのような目に遭わされるかわかったものではない。

 故に皆が物足りないと感じながらも、この勝利を不服としながらも、渋々受け入れて拍手で称えざるを得なかった。

「おまえ……」

 グーガランナが彼女を呼び掛けたとき、振り返った彼女は泣いていた。いや、怒っていたのかもしれない。双眸から溢れる大量の涙は、彼女が流す本気の感情だった。

 グーガランナはそんな少女の小さな頭を初めて、直接撫で回す。

「ありがとうよ。俺の代わりに泥、被ってくれたんだろ? おまえも辛かったはずなのに、本当に……ありがとうよ」


 ▽  ▽  ▽  ▽  ▽


 後日、帝国に長年永住していた怪物は国を出た。

 王の懸念は杞憂に終わったというのに、未だ報復に来ないかと怯え続ける日々が続いている。

 だがそんなことは博士にも、グーガランナにも関係ない。

 グーガランナは博士に報酬の金と一枚の手紙を送ると、何も言わず行ってしまった。彼女の両親を作っていたことを、やはり怒っているのだろう。もうこれっきりだと、無言ながらに言い切っていた。

 そして手紙は紫髪宛てだったが、その内容は彼女しか知らない。何せ彼女には、人に伝える言葉を持たない。だがその手紙を読んだ時、彼女が表情を綻ばせていたのを、オレンジは見ていた。

 さすがに、内容を探るようなことはしない。だがきっと、喜ばしい内容だったのだろう。

 あの帝国から解放された牛の人獣から、とても嬉しい言葉を貰ったに違いない。

 そう、想像することにした。


 ▽  ▽  ▽  ▽  ▽


「そら、見てみろよ」

 傷だらけの人獣は昔、自分の手で斬り飛ばした彼女の手を引っ張り上げる。

 彼の隣に立った彼女はその光景を見て、言葉を失った。

 青々しく茂る緑。日の光を鏡の如く映す水面。澄んだ空気に包まれて、雲の傘を被った山々。頬を撫で、髪を煽る風の冷たさは心地よくすらある。

 血生臭く、鉄臭く、硝煙の異臭で満ちていた帝国にはなかったものばかりが、目の前で広がっていた。

「どうだ。これでもこの広い世界のほんの一部でしかねぇ。この世界にはこれと違う景色、これよりも凄い景色がたくさんあるんだ」

「……私の知る世界は、本当に、ほんの一部分だったのだな」

「そうさ。ここからおまえの新しい人生ってのが始まるのさ。世界を見て、色んなものを見て、感じて、んでもって考えろ。その答えが出るまで、俺が一緒にいてやるよ」

「ありがとう。本当に、優しいな……其方は」

 怪物と呼ばれた牛の人獣と、ホムンクルスの女性の世界を見る旅が始まる。

 数年、数十年、旅を続けて行った結果、彼女がどんな答えを導き出すのか。そのとき自分はそこにいるのか。だが、最後まで見届けたい。

 それが自分と関わったことで殺された、彼女へのせめてもの罪滅ぼし。

 彼女の姿をして、彼女と同じ言葉を話し、彼女の記憶を有するまったくの別人である彼女が、一つの答えを導き出すその瞬間、怪物グーガランナは死ぬのだろう。

 それが彼の、千度の戦いを経て叶えたかった、嘘一つの混じりもない、願いだったのだから。

「さぁ、行こうぜ。世界がおまえを待ってる」

「あぁ」

 一歩、一歩、彼らは進んでいく。

 その先にまた、遠ざかっていく欲するものがあると信じて、力強く。

 一歩、一歩――。

 

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